第19話 勉強を教えようとすると幼馴染がTSする。意味がわからない(side虎徹)

 理佳ただよしの勉強は意外と苦労しそうだった。テスト範囲は一年の三学期から二年の四月まで。それほど広くない。ただ、理佳の場合は授業を休んでいて前提の勉強が理解できていない部分があり、虎徹こてつはそこからの説明を求められていた。


「えー、こんな公式聞いたことないよ」

「聞いたことないってことはないだろ。授業受けてないときはちゃんとノート貸してやってたんだから」


 新しい問題に進むたびに理佳の手が止まる。テストまで一週間だが、範囲を網羅もうらするのが精一杯になりそうだ。


「でもさ、わかるところはわかるんだよね? 科目の好き嫌いって言うよりは単元ごとって感じ。珍しいね」


 フォローするように信乃しのが聞く。例えば数学なら二次関数はさっぱりなのに三角関数は割とすいすい解けるといった具合。そのせいもあって虎徹も信乃もどこがわかっていないのかをつかめない。


「まずは一通りやってみよ。それからテストに出そうでわからないところを集中的にやれば赤点にはならないって」

「大丈夫かなぁ」


 理佳が不安そうな声を上げる。持っているシャーペンをくるくると回しながら、進まない問題を眺めている。


「何かご褒美ほうびを用意してくれたら頑張れるのに」


 チラリと理佳が視線を向ける。

「激辛料理はダメだぞ」

「えぇー。ネットでおいしそうなお店をたくさん調べたのにー。一緒に行こうよー」

「いや、それは私もちょっとなぁ。食べられないし。それより補習が無かったらいろんなところに遊びに行こ」


 信乃になだめられながら、勉強を続ける理佳に、虎徹は不安ばかりが募るのだった。

 結局全体の十分の一も終わらないうちに明日の約束をして今日の勉強会は終わりになった。


 自分の家に戻った虎徹は自分のテスト勉強をしながらも気になるのは理佳のことだった。思い返してみると、いつも理佳はテスト前に体調を崩していた。今回も無理して体調を崩すようなことがなければいいが。


 ふと、廊下から足音が聞こえる。今日は父親も残業で遅くなるはずだ。母親のいないこの家には虎徹しかいない。


「俺の家に泥棒とは、ずいぶん命知らずだな」


 ゆっくりと立ち上がる。同時に虎徹の部屋のドアが開いた。


 瞬時に体をひるがえし、体を横に振って相手の攻撃に備える。そのまま腹に正拳突きを叩きこもうとして、泥棒の体があまりに頼りないことに気付いた。


「あいかわらず僕だってわからないよね」

「理佳だったのか。勝手に入ってもいいが、一声かけろ」

「部屋に入ってからでいいじゃん。勉強教えてもらいに来たんだ」


 そう言って、理佳は慣れた手つきで部屋の壁に立てかけてある折りたたみ式のちゃぶ台を広げる。虎徹の攻撃に理佳は一切驚いたりビビったりすることはない。本人が言うには、虎徹なら必ず僕だって気付いてくれるから、だと言う。驚いてTSすると負担がかかるんじゃないかと心配だが、理佳がこれでTSしたことはなかった。


「ほら、ここがよくわかんなくて。パパもママも教えてくれないし」

「まぁな。高校生の勉強は難しいらしいからな」


 虎徹も中学生くらいから父親に勉強を教えてもらえなくなった気がする。空手は変わらず教わっているが、仕事で使わない知識は忘れていくらしい。


「どこだ? 見せてみろよ」

「うん、ここ。ってなんで隣に座るの?」

「こっちの方が見やすいだろ。今は信乃もいないし」


 虎徹が理佳に体を寄せる。その分だけ理佳が逃げるように体を離した。


「どうした?」

「だって、今は勉強を教えてもらいに来たから」

「だから説明してやるって」


 虎徹は構わず理佳の手元を覗き込む。


「だーかーらー!」


 理佳が虎徹の体を押す。その力が少しずつ弱まっていく。髪の毛が伸び、睨みつける目には長いまつ毛が伸びていく。


「なんで、TSした!? やっぱりさっきので驚いたのか?」

「そうじゃない! もう。やっぱり虎徹に勉強教えてもらうのやめる! 明日しーちゃんに聞くから!」

「なんでだよ!?」


 虎徹が食い下がるが、来たばかりの理佳はさっさと片付けをして虎徹の部屋を出ていった。


「なんだったんだよ、やっぱりテスト勉強で無理してるんじゃないだろうな」


 気になって気になって仕方がない。メールを送っても電話をかけても理佳から反応はない。虎徹は結局集中できないまま、夜を過ごすことになった。


 それからも理佳は徹底して虎徹には勉強を教えてもらおうとはしなかった。そのままテスト期間になり、虎徹は自分のことよりも理佳のことばかりが気になったままテストを終えた。


「理佳、大丈夫だったか?」

「うん。今回はバッチリ勉強できたから」


 やけに自信満々に答える。今回はまったく勉強をみていないのに、余裕がありそうなことに少し傷付く。返ってきた答案用紙を理佳が自慢げに見せびらかす。


「本当にできてる」

「いや、平均点前後の答案見てできてる、って。虎徹は僕のことそんなにバカだと思ってたの?」

「そういうわけじゃないが、いつもよりかなりいいじゃないか」


 赤点を回避してくれればいいと思っていたのに、成果はそれ以上だ。


「でもなんで今回はそんなに調子よかったんだ?」


「今回は虎徹のところにいかなかったから。僕、今までのテスト前のこと思い出したんだよね。いつもテスト前って緊張してドキドキしてさ。女の子になるから虎徹やパパやママがすぐに病院に連れていって。でも今回はそれがなかったから、勉強に集中できたんだよ」


「つまり、俺のせいでずっと成績が悪かったってことか?」


 今までの心配はいったい何だったんだ。虎徹は肩の力が抜けるような気分になる。


「へへっ、これでGW《ゴールデンウィーク》はたくさん遊べるね」


 理佳が楽しそうに笑う。それを見ていると、まぁ別にいいか、と虎徹は思うのだった。

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