第17話 大切な人のためなら勇気が湧く。意味がわかる(side虎徹)

「どうしよう、ねえ、どうしたらいい?」


 焦る信乃しのを落ち着かせ、虎徹こてつはレジャーシートの状況を見る。

 荷物はそのままで動かされた様子もない。タオルケットも雑ではあるが畳んである。なによりあの魔除けシールは落ちたりしていない。虎徹の睨みを見て理佳ただよしに手を出せるような相手なら、自然公園にいれば嫌でも目立つはずだ。


「とりあえず携帯にかけてみる」


 虎徹が自分のスマホを取り出してコールすると、シートの端に置かれた理佳のバッグの中から着信音が聞こえた。


「スマホを持っていかないなんて、やっぱり誘拐とか」

「いや、寝起きの理佳なら忘れてもおかしくない」

「そうだよね。りっちゃんちょっと抜けてるから。きっと大丈夫だよね」


 声はまだそわそわしているが、思ったより信乃が落ち着いていることに虎徹は少し驚いた。


 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに、今はもう涙を拭って理佳のために動いている。信乃は自分のことをダメな奴のように言っていたが、その強さは誰よりも輝いていて安心できる。

 だから、さっき伝えきれなかったことは必ず言ってやらなきゃならない。


「私、管理センター行ってくるね。何かわかるかもしれないし」

「あぁ、俺は辺りを探してみる」


 虎徹と信乃はそれぞれ別方向に駆けだした。


 虎徹は近くの歩道沿いを走りながら何か理佳に繋がるものはないかと探す。寝起きでぼーっとした理佳なら靴を片足落としても不思議じゃない。

 坂道を上り、高い位置から周囲を見回す。芝生の広場には遊んでいる子どもやくつろぐカップルの姿が見える。その中に理佳らしき人影はない。


「本当にどこ行ったんだ?」


 また視線を歩道に戻す。舗装された遊歩道に見慣れた鋭い三白眼が見えた。近づいてみると、それは虎徹が貼ったプリントシールだった。


「この辺を通ったみたいだな」


 周囲を見回す。歩道から逸れた木々の方を覗きこむ。歩道側からはわからなかったがこっちは急な斜面になっていて、下には沢が流れているようだった。


「理佳ー! いるかー?」


 声を上げる。その声にやまびこではなく理佳の声が返ってきた。


「虎徹ー。助けてー!」

「どうしたんだ?」

「虎徹たち探してたら、足を滑らせて。ケガはしてないんだけど登れそうになくて」


 急斜面には木も生えていて、つかんでいけばなんとか降りられそうだ。管理センターに行ってロープと助けを呼んでくればなんとかなりそうだ。


 しかし、虎徹にはそんな選択は最初からなかった。理佳が助けてと言っているなら、虎徹は何よりも早く助けに行く。それは昔から一度も変わりない。


「今行くから、そこを動くなよ!」


 太くてしっかりとした木を選んで少しずつ下りていく。三メートルほどの高さを下りて理佳に駆け寄る。


「大丈夫か?」

「うん。足を滑らせちゃった。ちょっと木に体をぶつけたけど、そんなに痛くないし」

「バカ。見せてみろ」


 虎徹は理佳が手を押さえている脇腹を見るために、理佳のシャツをめくる。


「今はダメ!」


 めくったシャツが理佳の両手で戻される。


「見てみないとわからないだろ」

「そうだけど。今はダメ。デリカシー! 虎徹はそんな雑に女の子の服を脱がすの!?」

「そうか。悪い」


 言われてようやく虎徹は今の理佳が女の子の体であることを思い出した。ケガの方が心配で、そんなことは頭からすっぽり抜けていた。


「いつも俺に押しつけたりしてるだろ。見るのは脇腹だから。胸とかは隠してて大丈夫だ」

「そういう問題じゃないの! 脱がせるならもっとムードとかあるでしょ」


「そんなこと気にしてる場合じゃないだろ。ってかムードってなんだよ」

「ムードとか順序ってものがあるのっ。痛っ」


 嫌がる理佳が体をよじると、小さく声を上げた。


「ほら、やっぱりケガしてるじゃないか」

「むー、このくらい平気だし」


 諦めた理佳がシャツの裾をめくる。透き通るほどの白い肌が少しだけ赤く熱を持っていた。


「折れてなさそうだし大丈夫だな」

「その基準で大丈夫って判断するのは、虎徹だけだよ」

「わかってる。すぐに手当してもらおう」


 虎徹は理佳の体を軽々と持ち上げて背中におぶる。


「落ちないようにしっかり捕まってろよ」

「登るの? 助けが来るの待ってた方が」

「理佳がケガしてるのに待ってられないだろ」


 理佳からみればほとんど崖のような斜面を虎徹は木の幹を掴みながら登っていく。背中に理佳なんていないかのようだった。


 ものの数分で斜面の上に戻ってくる。


 元より最強というを受けている虎徹が本当に最強になる瞬間は、決まって理佳がピンチのときだ。


 理佳をおぶったまま管理センターに向かう。向かい側からスタッフを連れた信乃と合流した。


「ちょっとケガしてるみたいだから、医務室に連れていってもらえるか?」


 虎徹の言葉を聞いて、スタッフは理佳を引き受ける。ほっとした虎徹の腕を信乃がつかんだ。


「どうした?」

「いや、どうした、じゃないわよ。血が出てる」


 言われて虎徹が自分の左腕を見ると、下りたときか登ったときかはわからないが木に引っ掛けたようで切り傷ができていた。


「このくらいなら平気だ。そのうち血も止まる」

「いいわけないでしょ。このくらいなら私でも処置できるから。早く」


 水道に連れていかれ、血と汚れを洗い流す。その上から信乃の紺色のハンカチが巻かれた。


「おい。これ。血がついて落ちなくなるぞ」

「いいの。買い替えようと思ってたから。地味な紺色じゃ、私はこてっちゃんに見てもらえない。だから選んでもらったこのシュシュみたいなオレンジ色にしようかなって」


 それも意味がなくなっちゃったけど、と信乃は寂しそうに笑った。



 虎徹が名前を呼んだ。


「さっきの続きだ。俺は理佳のことを守るのが俺の役目だと思ってる。だから、あいつの病気が完治するまでは自分のことは考えられない。

 お前のことが眼中にないとか、ただの友達だなんて言うつもりはない。お前の気持ちにはしっかり向き合うつもりだから」


 真顔の虎徹の答えを聞いて、信乃は吹き出す。


「りっちゃんの病気って遅いと二十歳くらいまでかかるんでしょ? あと三年以上も私を待たせるんだ。待ってもらえると思ってるんだ? こてっちゃんってそのくらい自分がモテるって思ってるんだ? 恥ずかしー」


「おいおい。これでも真面目に考えてるんだぞ」


「知ってる。だから待ってあげる。一度しかないJK時代をこてっちゃんを待つのに使うんだから、ちゃんと答えてよ」


 恥ずかしくなって虎徹は顔を逸らす。その唇に瑞々しい柔らかさが触れた。


「これは待ってあげる分のお代ね。りっちゃんばっかりじゃなくて、私だってずっと何でもいいからこてっちゃんの一番になりたかったんだから」


 信乃の顔は真っ赤だった。たぶん自分も同じくらい真っ赤な顔をしている。大切な人のためならいくらでも勇気が出る。それは虎徹だけではなく、信乃も同じなのだ。

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