第16話 やっぱり私は主人公にはなれない。意味がわかる(side信乃)

 植物園はちょうどチューリップが見頃で、色とりどりの花が一面に絨毯じゅうたんのように広がっていた。家族連れやカップルの姿が見えて、信乃しのは手を繋いでいることが少し恥ずかしくなる。


 対する虎徹こてつは全然そんなことは意識していないようで、信乃は恨みを込めて虎徹の腕にぶつかった。


「そういえば二人っきり、だね」

「いや、周りにも結構人はいるぞ」


 そういう意味じゃないでしょ、鈍感豚ホルモン。

 ツッコミたい気持ちを我慢して、信乃は虎徹の体の向こう側にいつもいる友人の幻影を見た。


「いつもはりっちゃんがいるから。こてっちゃんと私の二人だけって全然ないでしょ?」

「そう言われればそうだな」


 虎徹も空っぽの右腕を見る。そのくらい理佳ただよしはそこにいて自然なことだと思っているのだろう。


 花壇に並ぶ色とりどりのチューリップにかがんで顔を寄せる。和名で鬱金香うこんこうと呼ばれるだけあって、きれいな見た目とギャップのある香りが漂っていた。


「私は花って好き」

「俺も好きだぞ。きれいだし、かわいいと思うし」


 虎徹も信乃の隣に屈みこむ。花の一つを傷つけないようにそっと撫でた。


「花は枯れるから好きなの。枯れる姿も美しいと言ってもらえるし、枯れることが決まっているからこそ全力で咲くことができる。人間なら一度一番になったって、それが続かなきゃ運がよかったとか偶然だったで済まされちゃう」


「そんなことはないだろ。一番じゃなくても努力していれば見てくれる人はいるさ」


 そんなの認められているから言えることだよ、と信乃は思う。


 虎徹は校内試験も入学してからずっと一位だし、プロに誘われるほど格闘技も強い。周囲に認められて結果も出し続けている。顔が怖いと恐れられるのだって、意識されないよりは何倍も羨ましい。


 それに、もしそのどれも持ってなかったとしても、虎徹は理佳にとっての一番に変わりはない。そんな虎徹には私の気持ちはわからない、と信乃は見えないように自分の服の裾を握った。


「こてっちゃんはさ、りっちゃんが男の子になるのと女の子になるのどっちがいい?」

「理佳にも同じこと聞かれたな。理佳は理佳だよ。男でも女でも変わらない」

「それは嘘だよ。男と女じゃなきゃできないことだってあるでしょ」


 理佳もTS病が治ったら男になるから、と思っていて虎徹へ気持ちを伝えることができなかった。それは虎徹も同じだと思っている。


「たとえば、どんなことだよ?」


 少し動揺して立ち上がった虎徹に信乃は普段から思っていた不満をぶつけた。


「私のことだけ名前で呼んでくれない。あずさちゃんはすぐに名前で呼んでたのに」

「梓はその、男の時があるから名前で呼びやすいからな。その流れで女の時も」

「ほら、男とか女に一番こだわってるのはこてっちゃんじゃない?」


 でもそれは言い訳だよ、こてっちゃん。


 りっちゃんはもちろん、梓ちゃんも魅力的で積極的なだから、優しい虎徹は名前で呼ぶことでそれに応えているだけ。私は何もできないまま、ずっと停滞しているから。だから私はずっとモブの苗羽のうまのまま。


 虎徹の顔を見上げる。背の高い虎徹の顔は遠くて、背伸びしても届かない。だから精いっぱい手を伸ばす。


「私はこてっちゃんが好き。りっちゃんに負けないくらい」


 伸ばした手で虎徹の頬を包む。温かいぬくもりが返ってくる。


「私のことを女の子だって思ってるなら、意味はわかるよね?」


 手のひらが熱くなるのは、自分と虎徹のどちらの体温が上がったからなのかわからなかった。


 突然のことに困惑する虎徹は、何も言えないまま、ただ信乃の顔を見つめていた。

 最初は顔を見るだけでも悲鳴を上げてしまうほどだったのに。今はまばたきの増えた鋭い三白眼が愛おしく思える。恋って不思議だ。


 どれくらいの時間見つめ合っていただろう。耐えきれなくなったように口を開いたのは虎徹の方だった。


「ごめん」


 たった一言。それでも信乃に対する答えとしては十分だった。


「そっか、やっぱり私じゃダメか」


 頬に触れていた両手を離す。心まで遠くなるような寒気が背筋を走り抜けていった。


「いきなりごめん。でも言わなきゃって思ったから。私、先に戻ってるね」

「待て、俺はまだ」


 虎徹はまだ何かを言っていたが、続きを聞いてあげられるほど、信乃の心は穏やかではなかった。


 初めての告白は粉々になるほどの玉砕だった。負ける可能性の方が高いと覚悟はしていた。それでも耐えられるかは別の話だ。


 不思議と涙は出なかった。この先に理佳が待っているという気持ちがそうさせた。

 ただのモブが泣いていたら、主人公たちにいらない心配をかけてしまうから。


 少し小高いところに敷いていたレジャーシートが見えてくる。そこにぐっすり眠っていたはずの理佳の姿はなかった。


 驚きに理解が追いつかないまま、信乃は来た道を走って戻る。途中、ゆっくりと歩いていた虎徹にぶつかるようにしがみついた。


「りっちゃんがいない」

「なんだって⁉︎」


 二人で急いでレジャーシートに戻るが、タオルケットを残したまま、理佳の姿は消えていた。


「どうしよう。私が一緒に行こうなんて言ったから」


 慌てる信乃の頭を虎徹がそっと撫でる。


「心配するな。絶対に見つけてくる」


 人を振っておいて、すぐにそんなカッコいいところ見せるなんてずるいよ。

 信乃は言葉を飲み込んで、虎徹と手分けして理佳を探すことにした。

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