第15話 片想いのライバルが強すぎる。意味がわからない(side信乃)
ふらつく
「せっかくの虎徹様のお疲れ様会ですから。私の屍を越えて楽しんでください」
「そんなこと言われたら楽しみにくいでしょ」
梓をこんなことにした凶悪な玉子焼きはすべて
「私はこてっちゃんのタンドリーチキンでも食べられなかったんだけど」
「そもそもあれは人が食べる想定をしてないレシピだからな」
そういえば元々は虎徹が子どもの頃に、父にイタズラするためにとにかく辛く作ったものだったと言っていた。
「えー、あれなら全然余裕だよ。ちょっぴり辛い感じでお手軽だと思うよ?」
「いや、タンドリーって普通ターメリックの黄色でしょ。真っ赤だったんだけど」
信乃は呆れたように首を振る。思い出しただけで口から火が出そうだった。
「でも食べ過ぎてちょっと眠いかも」
「大丈夫? それ胃が悲鳴上げてない?」
信乃が言うよりも先に、猫のように丸くなった理佳はすうすうと寝息を立て始める。虎徹はバッグの中からタオルケットを取り出して、理佳にかけてやった。
「用意がいいのね」
「帰りの電車では寝るだろうと思ってたからな。
虎徹は手早く弁当箱を片付けると、代わりに雑誌を取り出して広げた。理佳のことなどお見通しで対策はいろいろと打ってあるようだ。
その雑誌をめくる手にそっと触れた。
「やだ。一緒に行こ。家族連れも多いし、りっちゃん一人でも大丈夫だよ。私だって梓ちゃんの試合をネットで配信するの手伝ったよ。私にはお礼ないの?」
つかんだ手が自分の意思に従わずに震えている。自分がやりたいことを人に言うのは苦手だった。今からでも嘘だよ、と言いたい気持ちを飲み込んで、言葉を続ける。
「植物園があるの。一緒に観に行こ」
弱々しい声とともに虎徹の大きな手をためらいがちに引っ張る。こうなると人のいい虎徹は断る言葉が見つからないようだった。
「わかった。それが礼になるなら」
やっぱり優しい、と信乃は思う。ちょっと睨みつければ虎徹をよく知る信乃でさえ、やっぱりいい、とお願いを取り下げるに決まっている。でも虎徹はそんな自分の力で周囲を歪めたりはしない。
誰よりも強いことを自覚しているからこその優しさ。それが信乃には羨ましかった。
「それで、何してるの?」
虎徹はまたバッグに手を伸ばすと手帳を取り出した。本当にどれだけ準備を整えて何を詰めてきたんだろう、と思う。
虎徹は手帳から取り出した小さなシールを理佳の頬に貼りつけた。
「プリクラ?」
そこには満面の笑みを浮かべて虎徹に抱きつく理佳と指名手配書みたいに凶悪な顔をした虎徹が写っていた。だいぶ古いものなのか少し色が
「昔、理佳がどうしても撮りたい、って言ってな。俺はこういうのは使わないんだが、貼っておくと誰も手を出さない魔法の魔除けシールとしては優秀なんだ」
「何それ。使い方間違ってるでしょ」
虎徹は反論できないようで、黙ったまま頬をかく。自分の弱みも素直に話してしまえる虎徹も羨ましかった。
初めて会った日、虎徹を好きだと思ったのは、倒れた自分を運んでくれたことでも、起きるまで一緒にいてくれたことでもない。
絶対に似合わないとわかっているのに、信乃のために折り紙の花を用意してくれた。その他人のために弱みを見せることをためらわない、素直で優しい強さに
「これで大丈夫だろ。でも植物園に行くだけで礼になるのか?」
「そうね。じゃあ歩きながら考えとく」
虎徹と手を繋ごうとして、信乃は手を引っ込めた。理佳だったら迷わず虎徹の腕に抱きついていただろう。でも、信乃にそこまでの勇気はなかった。反対側に理佳が絡みついていたらできたのに、と信乃は思う。
今だって、こうして虎徹を誘えたのは理佳と梓の存在があったからだ。理佳も梓も虎徹に対して積極的で、今のままだと自分一人だけ仲のいい女の子で終わってしまいそうになる。
私はモブじゃない。
虎徹に
理佳や梓と比べると、かわいくもないし、虎徹と趣味が合っているわけでもない。
勝っているところはないかもしれない。
でも勝ち目を見つけていたら、きっとチャンスはどこかへ行ってしまう。だから、今の自分の精一杯で虎徹にアピールするしかない。
「じゃあ、お礼に、手、繋いでもらってもいい?」
「どうした? 足でも痛めたのか?」
「違うけど。嫌だったら別に。ううん、やっぱり嫌でも繋いで」
信乃が手を差し出すと、虎徹は
「じゃあ行くか。ってなんでそんな顔真っ赤にしてるんだ?」
「別に! なんでもない!」
「手を繋いでって言ったのは、お前だろ? 何がいけなかったんだ?」
隣でいろいろと聞いてくる虎徹に信乃はだんまりを決め込む。あまりに手慣れていて驚きと悔しさが襲ってきたのだ。
梓みたいに虎徹を手玉にとるようなことはできそうにない。でも自分のペースで少しずつ歩み寄れたら。
そう思いながら、信乃は頼れる虎徹の腕に体をそっと寄せた。
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