第14話 幼馴染が普通の料理を作ってきた。意味がわからない(side虎徹)

 土曜日の自然公園は春らしい陽気を受けて、家族連れがたくさん来ているのが見えた。


「なぁ、俺がここに入ったら事件にならないか?」

「ならないって。この間の雑貨屋さんも大丈夫だったじゃない。こてっちゃんは気にしすぎ」


 信乃しのはそう言っていつものように虎徹こてつの背中を叩く。その度に今日はハーフアップではない爽やかなサイドテールが揺れた。


 理佳ただよしは楽しみで興奮して朝から女になっていると虎徹は予想していたが、迎えに行くと男のままだった。


 フルマラソンでも走ってきたのかというほどの疲れた顔で理佳の母に送り出されたのが気になるが、理由は聞かないで、と目が訴えていたのでそのままスルーしてきた。


 服はダボっとしたゆるめのシャツに綺麗な脚が覗く七分丈のパンツ。途中でTSしても着替えなくていいようにしているようだ。


 そして、さっきから頬を膨らませて、虎徹の顔を恨めしそうに見ていた。


「なんであずささんがいるの?」

「電話してるときにそういう話になったんだよ。そうしたらついてくるって聞かなくなったんだ」

「そもそもなんで毎日電話してるの? 僕にはそんなことしてくれないのに!」


 毎日会って話してるだろ、とは言えず、助け船を求めて信乃を見る。

 信乃は知らない、というように顔を背ける。虎徹のお疲れ様会のはずが、早くも暗雲が立ち込めていた。


「虎徹様には籍を入れてほしい、と毎日お願いしているのですが、なかなか受け入れていただけず困ってしまいますわ。わたくしを組み伏せてあんなことをした責任をとっていただきませんと」


「こ、虎徹がいつの間にか野獣に……」


 理佳と信乃が肩を抱き合うようにして怯える目で虎徹を見る。信用されていないのかと思うと、メンタルの弱い虎徹にはボディブローのようにずしりと効いた。


「誤解を招くような言い方するな! 籍っていうのは迫川はざかわジム所属のプロにならないかって誘われてるだけだ。あと試合で組み伏せてパウンドあんなことしたのは梓の方だろ!」


 そうでしたか? と梓は微笑みを浮かべながらとぼける。間違いなくわかって言っている。理佳や信乃の反応が面白くて、わざと含みのある言い方をしているのだ。


「虎徹様に一番ご迷惑をかけたのは私ですから。一番虎徹様にご奉仕しなくてはならないのは私でしょう?」

「ご奉仕って、なんかちょっとエッチなやつ⁉︎」

「そんなわけあるか!」


 虎徹は早くもツッコミに疲れてくる。ねぎらわれている気が少しもしない。

 花見会場はピークを過ぎているおかげか、場所取りしなくても葉桜の少し混じった木の下がいくらか空いていた。


「ここらでいいか」


 レジャーシートを広げて、重石おもしにバッグを四隅に置く。

 輪になる形で座った四人の中央に大きな重箱が置かれた。


「こてっちゃんが作ったんだよね?」

「別に無理して食べなくてもいいぞ」


 開いた中から出てきたのは、軍艦巻き風に焼きたらこときゅうりの乗ったおにぎり。唐揚げ、ポテトサラダ。そして、約束通りのタンドリーチキン。


「いや、そうじゃなくて。なんか格が違うっていうか。この後に見せるのはちょっと」


 小さな風呂敷包みをバッグから取り出した信乃は勇気が湧かないまま膝上で結び目をいじる。


「では、私から先に」


 そう言って、梓は紙袋を取り出すと、なかから餃子ギョウザ焼売シュウマイの入ったパックを並べていく。


「あ、これ有名中華の店頭販売のやつじゃん」

「ずるーい。僕たちは手作りなのに」


「私、料理は苦手でして。バーベルより重いものは持ち上げられませんの。何も持ってこないのもどうかと思ったので、ここに来る前に買ってきました」

「調理器具でバーベルより重い物なんてないわよ!」


 虎徹の代わりに信乃が突っ込む。ほどけていた風呂敷がはらりと落ちて、中から茶色一色のタッパーが二つ顔を出した。


「煮物か?」

「そう。黒豆。それときんぴら。私っておばあちゃんに料理教えてもらってるから、こてっちゃんみたいな見栄えのいい料理ってできなくて」


「家庭的でいいと思うぞ。俺はそういうおばあちゃんの味っていうのはあまり作れないから」

「本当!? じゃあ食べてみてよ。見た目は地味だけど味は自信あるから」


 言われるままに一つ黒豆を食べてみる。しっかりと染みこんだ甘みとほどけるようなくちどけ。虎徹はじっくりと味わいながら次々に口の中に運んでいく。


「うまい。苗羽のうま、今度レシピ教えてくれ」

「う、うん。私がみっちり教えてあげるよ」


 嬉しそうに何度もうなづいた信乃は視線を残った理佳に向ける。


「なんか、みんな上手だから、笑わないでね」

「りっちゃんが頑張って作ったんだから、笑ったりしないって」


 信乃に後押しされ、理佳は控えめに普段から使っている小さな弁当箱をとりだして開いた。


「おぉ、きれいにできてる」


 想像の数倍の完成度に、虎徹は思わず声を上げた。


 少し焦げついていたり、生焼けでも完食するつもりだった。鮮やかな黄色に焼き上がった玉子焼きは、つやがあり輝くほどに見えた。玉子焼きのうちの半分は刻んだシソを入れているらしく、緑色が表面に少し見えていた。


「じゃあまずは普通のを」


 虎徹はゆっくりと箸を伸ばし、玉子焼きを一切れつかむ。しっかりと火の通った玉子は崩れることなく虎徹の口へと入っていく。


「うまい」


 短く一言だけ。他に何も言えない。感動で頭が真っ白だった。


「本当!?」

「あぁ、火加減もばつぐんだし、塩加減もちょうどいい。とうがらしも入ってない」

「最後は余計だよ!」


 虎徹は理佳を抱き寄せる。優しく包んだ腕の中で頭を撫でた。


「ここまで来るのに大変だっただろ。よく激辛仕様にするのを我慢した。偉い」

「なんかところどころ気になるけど、虎徹が喜んでくれたならいいや」


 理佳は大きな虎徹の胸板に頬を寄せる。そして気付く。


「なんで。なんで僕、虎徹に抱きしめられてるの!?」

「頑張った理佳を褒めてるんだよ」

「そういうのは子どもの頃だけでいいの! 僕だってもう高校生なんだから!」


 叫んだ理佳の体がだんだんと柔らかさを増してくる。虎徹は驚いて、理佳を離した。


「なんで、TSしたんだ?」

「あぁ、もう。やっぱりこの服にしてきてよかった」


 頬を膨らませながら、理佳が虎徹をじとりと見る。自分が悪いと非難されているようだが、虎徹には理由がわからない。


「りっちゃんだけズルいなぁ。私もそのくらい褒めてほしいのに」

「今からでも頼んでみてはどうですか?」

「そんなの無理に決まってるじゃない」


 信乃と梓が何かを言いながら、理佳の玉子焼きに手を伸ばす。

 信乃は虎徹と同じ普通のもの。梓はシソ入りだ。


「あ、ちょっと待って!」


 理佳が止めるも間に合わず、シソ入り玉子焼きを口に入れた梓が、崩れ落ちるようにシートの上にうつぶせに倒れ込む。


「な、なに、これ?」

「梓ちゃん!? ゾンビウイルスに感染して十日目くらいの声してるよ!?」


 慌てる信乃と呆然とする虎徹の横で、理佳だけが乾いた笑いを浮かべている。


「そっちは僕が食べるのに作ってきた、デスソース入り玉子焼きなんだよね」

「み、水」


 笑いをこぼすしかない理佳に対して、梓は今にも気絶しそうな声を上げている。


「頑張れ、俺の正拳突きを喰らったときもガッツで立ち上がってきただろ」

「ってかこてっちゃんのパンチより強いってもう凶器じゃん」


 なんとか失神ノックアウトだけはギリギリで耐えた梓だったが、お花見からは無念のリタイアとなってしまった。

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