第5話 幼馴染と女友達が俺の彼女のフリをしたがる。意味がわからない(side虎徹)

 理佳ただよしがスカートを履いているという話はまたたく間に広がり、放課後には全校生徒の知るところとなった。教室にはこそこそと隠れながら理佳の姿を探している生徒がそこら中にいる。


「面倒事になる前に帰るか」


 虎徹こてつがいるから大事おおごとにはならないが、理佳と仲良くなりたいと思っている生徒は掃いて捨てるほどいる。


 友達になりたい派、彼氏になりたい派、彼女になりたい派、TS病の謎を解明する実験体にしたい派。


 この学校の水面下では様々な思惑がうごめいている。だから理佳を守ってやらなければならないと思っているのだ。


「理佳、帰るぞ」

「うん。あのね、今日は寄り道したいところがあるんだけど」


 珍しいことを言う。女になってしまったときは病院に行くことがほとんどで、行かないときは俺に守られながらそそくさと家に帰って、そのまま翌朝まで部屋にこもっていることも少なくなかった。


 その理佳が女の姿で寄り道したいなんて、スカートのことといい、虎徹にはますます意味がわからなくなってくる。


「どこに行きたいんだ?」

「んー、特に決めてないけどブラブラと?」


「俺は構わないが、いいのか? 女のままで」

「うん。だって虎徹が一緒だもん」


 そう言われると、虎徹に断る理由はない。これ以上人が集まる前に、と教室を出ようとすると、信乃しのが追いかけてきて虎徹の手をとった。


「私も行く。ついていっていい?」

「あぁ、俺は別に」

「しーちゃんも? 三人で寄り道なんて初めてかも」


 理佳が嬉しそうに信乃の手をとってブンブンと振る。


「クラス委員が寄り道なんていいのか?」

「いいの。たまには私だってそういうときもあるの」

「そういうもんか?」


 虎徹を真ん中にして左右に理佳と信乃が並んで校門を出る。両手に花の羨ましい状態だったが、周囲の生徒には借金のカタに娘を連れていく極道ヤクザに見えた。


「どこに行きたいか決めてくれないと行き先もないぞ」


 虎徹はなんとなく市街地へ向かう足を止めずに理佳に聞いた。

 虎徹が帰りに寄る店など夕食の買い物をするスーパーか、格闘技雑誌を買いに行く家の近くの小さな本屋くらいしかない。


 インスタ映えだなんだと流行の食べ物を食べにいくでもなければ、有名なアミューズメント施設に行くこともない。


「とりあえず駅前のIronアイアンに行ってみよ。なんでもあるし」


 Ironアイアンは数年前にできた大型商業施設で、食料品はもちろん服や雑貨、ゲームセンターに映画館まで入っている。


 何度か名前は聞いたことがあったが、虎徹は数えるほどしか行った記憶がなかった。


「そういえば新しい雑貨店ができたんだって。行ってみようよ」

「うん。かわいい小物とかあるかな?」


 虎徹を挟んで話がまとまっていく。両手を引かれながら、虎徹は雑貨店へと向かった。


 目的の店の前にさしかかると、虎徹は歩みを止めた。


「おい、これ俺が入って大丈夫か?」


 雑貨店と聞いていたが、ファンシーショップと呼んだ方が正しい。薄いピンクベースの看板に、店頭にはアクセサリーやぬいぐるみが置かれているのが見える。客層も女子中高生や女子大学生といった様子で、まだ店まで三〇メートルあるこの場所からでも、虎徹が場違いなことは明らかだった。


「別に平気じゃない? こてっちゃん、こういうの意外と好きでしょ?」

「いや、そうじゃなくて場違いだろ。あの中に俺が入っていったら、下手すると気絶する奴が出るぞ」


「あー、それは私は否定できない」

「経験者が言うと生々しいな。じゃあ俺はここで」


 待っている、と言おうとした虎徹の腕を理佳が全身でしがみつくようにつかむ。


「大丈夫。こうしてれば恋人みたいでしょ。誰も変に思わないよ」

「いや、そういう問題じゃないだろ。苗羽のうまもなんか言ってくれ」


 虎徹は首を一八〇度回して、逆側の信乃に助けを求める。


「そうだよ。二人が恋人設定だったら、私はデートを邪魔しにきた嫌な女になっちゃうじゃん!」

「そういうことじゃねぇよ!」


「んー、じゃあ虎徹が二股してて彼女が二人居合わせたことにする?」

「誰が設定を詰めろ、って言ったんだよ。しかも俺がひどい男になってるじゃねぇか」


 いつの間にか信乃も虎徹の腕に抱きついている。もう収集がつかない。

 こうなったら早く買い物を済ませて逃げよう。虎徹はまだどちらが本命かを議論する二人を引きずりながら雑貨店に向かった。


 いきなり二メートル近い男が入ってきて緊張が走った店内だったが、その両腕に抱きついた二人を見て、すぐに微笑ましそうに顔をほころばせた。それでいいのか、と虎徹は思いながらも誰にも被害が出ないなら自分の悪評くらい気にならない。


「あ、これかわいい」


 信乃はシュシュを一つとって、ハーフアップに合わせながら鏡を見る。


「いいんじゃないか?」

「テキトーに答えてない? こてっちゃん、こういうの意外とセンスあるから選んでよ」

「俺の好みで選んでいいのか?」


 そう言われて虎徹は真剣に信乃の顔を見つめる。艶のある黒髪に日本人らしい彫りの少ない薄い顔だ。少し派手な色合いで冒険してもいいように見える。

 真剣に考える虎徹は信乃が顔を赤らめていることにまったく気付かない。


「オレンジのこれとかどうだ? 苗羽のキャラには合ってるだろ」

「私、こういう色が似合うように見えてる? やった。じゃあこれにする」


 信乃は大切そうにオレンジのシュシュを持ってレジに向かう。そこで虎徹は理佳の姿がないことに気付いた。

 あまり広くない店内を回ると、理佳は髪留めの一つを光る瞳で見つめている


「理佳、いいのがあったのか?」

「あ、ごめん。そうなんだけど、よく考えたら今日はスカート買ったからお金なくなったんだったよ」


 理佳はてへへ、と笑うが視線は未練ありげに髪留めに向けられている。元々癖っ毛な上に女になると髪が伸びる理佳は手入れが難しく、今日も前髪が跳ねている。

 以前はそういうものだから気にしない、と言っていたのに。


「また今度来ようね。お小遣いもらったら」

「ここはもういいよ、俺は」

「ダーメ。絶対また来るからね」


 粘る理佳に折れそうになった虎徹たちのところに信乃が戻ってくる。


「おまたせ。りっちゃんはいいのあった?」

「あったけど、今日はお小遣い足りなかったよ」

「そっか。じゃあまた来ようね。今度までにこてっちゃんの設定考えとかなきゃ」


 そんなもんいらねえよ、と虎徹は心の中でツッコミを入れながら、ようやく雑貨店を離れられてほっとしていた。

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