第3話 幼馴染が急にスカートを履き始めた。意味がわからない(side虎徹)

 虎徹こてつは慌てて朝から理佳の担当医である五倍木ふしのきに連絡を入れたが、昨日検査したから大丈夫、とやんわりと断られた。


 着替えてきた理佳ただよしがダイニングに入ると、向かい合わせで用意していた朝食のフレンチトーストの皿を持って、虎徹の隣に座った。


「わざわざこっちで食べなくてもいいだろ」

「今日はこっちの気分なの」


 理佳は俺の肩に頭を乗せる。前からこうやって甘えることはときどきあったが、そういうときは決まって虎徹をからかうときだ。なのに、今日の理佳は何も言わずに虎徹の腕に頬ずりしている。意味がわからない。


「弁当、サンドイッチでもよかったか。さすがに米を炊く時間はなかった」

「いいよー。虎徹の料理はなんでもおいしいから」


「それじゃ、学校行くか。本当に体調は大丈夫なんだな?」

「もちろん。今までだって何もなかったでしょ」


 理佳と並んで家を出る。通学路を歩いていると、虎徹たちは非常に目立つ。


 かたや市内どころか県内でも有数の体格に、警察官も目を逸らすほどの厳つい顔。かたや栗色の髪をそよ風になびかせて、瞳の中に星でも飼っていそうな目をしている美少女。

 理佳一人で歩いていれば、徒歩30分の通学路で玉砕覚悟の告白が三度は行われているだろう。


 美女と野獣でももう少し格差が少ないだろう、と思われるほどだった。


 教室に着くと、視線が理佳に集まった。


「今日は女子九石さざらしだ」

「やっぱ雰囲気がちょっと変わるよな」


 やや声の弾んでいる男子を睨む。ひっ、と喉の奥から声が漏れて視線が一斉に逸らされた。


「おはよー」

「お、おはよう」


 理佳は何も気にせずクラスメイトに声をかけるが、誰もが理佳と視線を合わせずあいさつを返す。そんな中一人の女子生徒が恐れを知らず、虎徹の背中を殴りつけた。


「ほら、デカイのがドアの前で突っ立ってないで、早く入って」

苗羽のうま。わかったからどなるな」


 学校中から恐れられる虎徹に言いたいことが言える人間は上級生、教師を含めてもほとんどいない。その数少ない一人がクラス委員の苗羽信乃のうましのだった。


 去年、ある事情から虎徹と仲良くなり、虎徹にとっては理佳以外に校内で気楽に話せる数少ない友人だった。そして何より女性であり、虎徹が介入できない女性として必要なことを理佳にやってくれる貴重な存在でもあった。


「今日はりっちゃん、女の子なんだ」

「うん。朝にちょっとね」

「こてっちゃんの顔が怖くて驚いたんじゃない?」


 けらけらと笑いながら信乃はさらに虎徹の背中をバンバンと叩く。周囲は戦々恐々としているが、虎徹も信乃もまったく気にしていない。


 真っ黒でつやのある髪をハーフアップにまとめて、左右に編み込みをアクセントに入れている。去年会ったときは、大きな武骨なメガネに三つ編みで髪をまとめた、いかにもなクラス委員だったのだが、今年になってクラスが一緒になると、メガネをやめて急に外見が大きく変わっていた。


 どんな心境の変化があったのかはわからないが、口下手な虎徹は未だに理由を聞けていない。


「人を豚ホルモンみたいに呼ぶなよ」

「えぇー。かわいいのに」


 信乃はそう言って笑う。その笑顔はなかなかかわいい、と虎徹は思うのだが、隣に寄ってきた理佳の魅力にかき消されてクラスでその魅力に気付いている人間は少ない。


「しーちゃん、今日の昼休みに」


 理佳が信乃に何かを耳打ちしている。虎徹の位置からではよく聞こえない。


「えぇ!? 私は全然いいけど」

「どうした?」

「虎徹には秘密!」


 内容を聞こうと立ち上がったが、理佳に両手を向けられて拒否されてしまった。こうなると虎徹の豆腐メンタルではもう二度と聞くことはできない。


「昼休みに何があるんだ」


 虎徹は理佳のことが気になって授業に集中できないまま、昼休みを迎えることになった。


 その昼休み、虎徹、理佳、信乃の三人で弁当を食べたが、食べ終わるとすぐに二人は連れ立って教室を出ていった。最後まで行き先は虎徹に告げてはくれなかった。


 何度も教室のドアに目をやる。十回目の確認でようやく理佳が戻ってきた。

 廊下で歓声が上がる。嫌な予感を感じて慌てて教室を出る。

 目の前の光景に、虎徹は飲んでいたミルクセーキを吹き出すところだった。


「えへへ、どうかな?」


 スカートを履いた理佳がくるりと回って虎徹にウインクする。膝上丈のスカートがふわりと揺れて、触れるだけで折れてしまいそうな細く真っ白なももが露わになる。


「いや、なんで⁉︎」


 虎徹がえると、集まっていた生徒が一斉に周りから逃げ出した。

 理佳がこの学校を選んだのは、女子もスラックスを選択できるユニセックス制服であることが一番の決め手だった。


 外見は男の時でも可愛らしいが、理佳は女っぽく扱われるのが好きじゃなかったはずだ。だから制服も男子のスラックスしか持っていなかった。

 それなのに、なんで今頃になってスカートを履こうなんて思ったのか。意味がわからない。


「こーてーつー。似合ってるかって聞いてるんだけど? スカートって初めて履いたんだけど、なんか不思議な感じ」


 理佳は裾をちょこんとつまんで、ひらひらと揺れるスカートを興味深そうに見ている。少しずつスカートから伸びる理佳の脚が長くなっていく。遠巻きに見つめる男子の生唾を飲む音が聞こえた気がした。


「わかった。似合ってる! だからスカートめくるのはやめろ!」

「えー、大丈夫だよ。下にスパッツ履いてるし」


 そう言って理佳は自分のスカートを一気にめくりあげた。確かに黒い三分丈のスパッツを履いている。違う、そうじゃない。


「ひゃっほー」

「ありがとうございます。ありがとうございます」


 廊下の左右から感謝の叫びがこぼれる。全員の記憶が消えるまで殴ってやろうか、という殺意を抑えながら、虎徹は天を仰いだ。

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