火星親善大使タイガ

つわぶき しのぶ

プロローグ

 

―ごめんね…

 幾度となく大きな爆発音が重々しくこだまする。

 地響きを起こすほどのすさまじい爆音は時間が経てば経つほど明らかに強みを増していた。確実にこちらに近づいている。

 そこは酷く冷たい灰色の壁に覆われ四方に窓は一つも付いていない。代わりに人一人が収まる程度の棺のようなカプセルや大型の液晶パネルが幾つも付いた機器が壁際の所狭しと置かれて明らかにどこかの研究室のようだ。

 そして一か所、たった一つの出入口から一番離れた向かいの壁にはダストシュートのような正方形の穴が開いており、そこに敷かれたレールの上にはロケットのような噴射口が付いた楕円形状の大きなカプセルがセットされていた。中の様子は窺えない。

 そしてそのそばには一人の少女が悲しい表情でカプセルを見つめている。大き目の白衣をまとった小柄で幼さの残る長い白髪の少女だ。

「全部片付いたら、ちゃんと迎えに行くから…」

 少女は消えそうなほど儚い声でそう呟くと例のカプセルがセットされた穴のすぐ横に設置されている操作パネルを打ち出す。

 その瞬間、両開き形状の隔壁扉が穴を完全に閉じられ操作パネル上の緑ランプが点灯した。

 少女は小さくため息をつく。その時だった。

 遂に爆音は出入口の扉の向こう側で鳴り響いた。

 それに気づいた少女が出入り口側に振り向くともう一撃。まるで金庫のような分厚い堅牢な扉が爆発と共に手前に大きく吹き飛び床に叩きつけられたのだ。

「噓でしょ。あれだけ厚みのある扉が…」

 土煙が舞う部屋の中で少女は白衣の袖で口元を覆い、少しよろめきながらもなんとか立っていた。

 やがて煙は収まりかけ、吹き飛んだ入口の奥から屈強な体格の人影が幾人も流れ込み少女に銃を突きつける。

 少女とは対照的に百八十センチはあろう高身長で全身を覆いつくす黒いボディーアーマーと重々しいライフル、言うまでもなく兵士だ。

「手こずらせてくれたな」

 兵士から銃を突きつけられながらも怯むことなく毅然とする少女。

「博士、ウェイリィを確保しました」

「見りゃわかる」

 兵士の言葉から少女の名前がウェイリィだと言う事に気付く。

 それと同時にVの字に陣取った兵士達の後ろから野太い声が響いた。

 現れたのはウェイリィと同じ白衣を身にまとった長身で瘦せ形の老人モストロだ。

 しかしその容姿とは裏腹に力の入った鋭い目つきがウェイリィを怯ませる。

「探したぞウェイリィ」

「モストロさん…」 

 ウェイリィは敬遠気味に呟く。

「もう逃げられんぞ。観念しろ! エックスを起動させてやつらを止めるんだ!」

 モストロの強烈な物言いにウェイリィも小さく口をうごかす。

「あなた達が制圧を止めればいいだけの話では?」 

「ふん、もとはと言えば貴様があんな物を生み出さなければこんな無駄な小競り合いを起こす必要もなかったのだ」

「MADIシリーズは争いはしないって言ってるでしょ! あの子たちはただ火星を…私たちの未来を――」

「火星人は!」

 張り上げた大声で言葉を遮られ思わず怯むウェイリィ。

「我々の未来は我々の力だけで変える必要があるのだ! 貴様は自分の身勝手であってはならない禁忌を犯した!」

「身勝手…」

 ウェイリィはついさっきまでの凛とした表情きえて驚愕した様子だった。

「さあ、すぐにエックスを出せ。あの人形どもを片付けるのだ!」

「もうここにはいないわ」

「なに?」

 険しい表情のモストロが更に眉間にしわをよせる。

 その時、上から大きな轟音が鳴り響く。

「貴様…まさか!」

「ええ、今さっきここから逃がしたわよ」

 そう言い放つとウェイリィは再び例の操作パネルに手を伸ばす。

 操作パネルに映し出された映像は一面褐色の空に覆われた野外の荒野。

 その異様な大地から突き出された二本のレールから先ほど楕円状のカプセルがとてつもない速さで飛び出していった。

 カプセル下方に十字の尾翼を突き出し後端のブースターで一直線に上昇していく。

 まさしくロケットそのものだ。

 やがてロケット形のカプセルは速度を落とすことなくひたすらに上昇続け柿色の薄暗い空に消えていった。

「ウェイリィ…貴様――っ!」

 呆然と見届けたモストロが眉をつりあげ怒声をあげる。そしてウェイリィに詰め寄って彼女の胸ぐらを掴みあげた。

「答えろ! エックスを何処にやった!」

「言うと思う?」

 冷たく言い放つウェイリィ

「そうか…なら貴様の身体に訊くまでよ。 連れてけ!」

 モストロの指示に待機していた兵士たちが一斉に動き出し彼女の両脇を乱暴に抱え上げる。

「痛っ、ちょっと、痛いって!」

「おとなしくしろ!」

 そういうと兵士の一人がライフルの柄で抵抗する彼女のみぞおちを鋭く突く。

「かはっっ!」

 やがてぐったりし、動かなくなったウェイリィをモストロたちは連れ出して行った。

 主がいなくなり静まり返った部屋の中で、ただ一つのモニターが青々を光を照らしていた。

 モストロたちは気づいていなかったようだ。そのモニターに紡いでいた一行の文字に。 



 Deatination>RA 1h 3m 22s | Dec +4° 43′ 20″ 


入力された座標は『地球』を指していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

火星親善大使タイガ つわぶき しのぶ @tuwabukishinobu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ