18
「……!」
頭をぶん殴られたような衝撃だった。
「そりゃあ、彼女たちだって君の前ではあからさまに反目し合っている様子は見せないさ。男の前で女の被る猫の皮の厚さは、かなりのものがあるからな。だけど……周りは結構彼女たちの確執に気づいていたぞ。一番早く気づいたのは、シヅコ先生だ。もっとも、私も彼女に言われるまで気づかなかったから、あまり人のことは言えないがな」
「……」
「君だって、よく彼女たちを見ていれば、そういう雰囲気は感じられたはずだ。だけど、君には全く気づいている気配がなかった。気づいていれば、それなりに対応もとれただろう。だけど……君は彼女たちに全くフォローも何もしなかったな」
「……」
「どうも君は……機械やネットワークに対しては人一倍興味があるようだが、人間の感情の機微に対しては……いや、人間そのものにも、驚くほど関心が無いように見える。君の前の職場ならそれでよかったのかもしれないが……この職場は、いくら子供とは言え、やはり人間が相手なんだ。そして、そこで働くスタッフたちもみな人間だ。人の気持ちの理解に乏しい人間は……やはり、園長の言うとおり、この職場には向いてない……としか言えないんじゃないかな」
「……」
何も言い返せなかった。主任の言うとおりだった。いつしか、俺の視界が涙でにじみ始めた。
「まだ君が、あの三人の中から一人選んで付き合っていたりしたら、状況は変わっていたかもしれない。だけど……君はいつも、あの三人からのアプローチをのらりくらりとかわし続けていたな。そうなると……彼女たちの
「……うぐっ」
もう限界だった。俺は嗚咽を漏らす。涙が次から次へとカウンターのテーブルにこぼれ落ちた。
「……すみません……ぐすっ……本当に、すみません……」
「本当は、な」主任の手が俺の肩に置かれる。「私だって……こんなことを君に言いたくなかった。君がどんなに頑張ってきたか、身近でずっと見てきたからな……でも、もうどうしようもないんだ。君が園にいる限り、あの三人はギスギスし続ける。そして……正直に言うと、やはり君よりも子供の世話が出来る彼女たちの方が、園にとっては大事な人材なんだ……すまんな」
「ぐすっ……ひっく……」俺はただ、しゃっくり上げることしか出来なかった。
「まあ、君も前の職場では胃に穴が開く寸前までこき使われたわけだからな。人間嫌いになっても仕方なかったのかもしれんが……異性に対する生理的欲求、というものはまたそれとは別だろう。さすがの君も、あの三人の気持ちには気づいていたんだろう?」
「……はい」
「だったら、なぜ……君は誰も選ばなかったんだ? 私が見る限り、あの三人はそれぞれタイプが違うが、どの娘も男にとっては十分魅力的な女性だと思うんだが……君は三人の気持ちを適当に弄んで、ハーレム気分を楽しんでいたかったのか?」
「違います」俺ははっきりと応える。そんなつもりは最初から全くなかった。だが……結果的に、そう思われても仕方がない状況を招いてしまったのも確かだ。
「そうだろうな。私も君がそんなふざけた人間とは思えない。だとすると……まさか君は……その、『ウホッ』とかいう世界の人なのか?」
主任……よくそんな用語、知ってますね……
「それも違いますよ。俺はノンケです。昔は彼女もいました。主任、BLとか好きなんですか?」
「そんなことはない」
と言いつつ、主任の目が一瞬泳いだのを、俺は見逃してはいなかった。実は主任、腐女子だったりして……いや、結婚してるから貴腐人か……
「まあ、私も君はソチラの人間ではないだろうな、とは思ってもいたんだ。だって君は、アヤノやマコの胸をちらちら見てたりしてただろう?」
「……!」俺はギクリとする。図星だった。
「意外にそういうの、女は気づいているものだぞ。気をつけた方がいい。だが……それであの二人も、これは自分に脈ありだ、と思ってしまったんだからな……つくづく、君は罪な男だよ」
「すみません……」
「まあしかし……そうなると、本当に分からない。いったい君は、彼女たちの何が気に入らなかったんだ?」
「……」
やはり話すしかない、か。
俺は主任に、自分の過去を打ち明けることにした。
前の職場にいた時、学生の頃から付き合っていた、婚約寸前の恋人がいたこと。しかし、激務の中で次第に会えなくなり、彼女に浮気されてしまったこと。しかもその浮気相手が、俺が信頼していた友人だった、ということ。俺が倒れたのは、仕事もそうだがそちらの精神的なダメージも大きく影響していた、ということ。そして……
それ以来、誰かと恋愛したくても、いつかまた裏切られるんじゃないか、と思ってしまい、どうしても一歩踏み出すことが出来ない、ということ……
「そうだったのか……それで君は彼女たちのアプローチに、応えることが出来なかったんだな」主任はやけに神妙な顔つきだった。「分かるよ。君の気持ちは、すごくよく分かる。私もそういう思いをしたことがある」
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