19

「……!」


 意外だった。主任は失恋なんかとは無縁な人間だろうと勝手に思っていた。しかし……世の中には主任ですらも裏切るような、酷い男がいるんだな……


「だがな」


 主任は俺の肩を掴んで、無理矢理俺の顔を自分の方に向けさせる。顔には全く出てないが、彼女も少し酒が回っているようだ。普段の主任なら、こんな強引な態度は取らない。


「そんな時はむしろ、勇気を出して、新しい恋愛に飛び込んでみた方が、意外にすぐに立ち直れるものだぞ。世の中、君の元カノみたいなクズな人間ばかりじゃないさ」


「そうなんでしょうか……」


「そうさ。まあ、今回の件では私も君には随分酷なことをしてしまった、と思っているからな。その償い、というわけじゃないが……どうだ、君さえ良ければ、私が女性を紹介しようか?」


「え?」


「いや、そうだな……あの三人の中で、もし君が気に入っている娘がいるのなら、私が仲を取り持ってあげるよ。もちろん一人だけだが」


「ええっ? でも、俺、彼女たちには……」


「冷たくあしらわれたか? 実はな、そうじゃないんだ。あの娘たちだって、君がクビになったからと言ってすぐに手の平を返すような、性格の悪い女じゃない。彼女たちはな……自分たちのいさかいが、君の不採用につながったことが分かっている。だから、君に対しては、申し訳なくて顔向けできない、と思っているだけなんだ。決して君に対する気持ちが無くなってしまった、というわけじゃない。だから……今、君が付き合いたい、と言えば、あの三人なら誰でも受け入れてくれると思うぞ」


「……」


 思わず俺が主任の顔を見つめると、彼女は笑顔になる。


「そうだな、やっぱりマイか? なんだかんだ言っても、男は若い女が好きだからな……プリも相当若かったしな」


「プリ……?」俺は顔をしかめる。何のことだろう。


「あ、いや、何でも無い」何故か主任は一瞬焦った顔になるが、すぐに表情を戻して再び俺の顔を覗き込む。「マイのことはどう思う? ヨシユキ君」


「……」俺は黙って首を横に振る。


「そうか。それじゃ、アヤノか? 君はどうやら『おっぱい星人』のようだからな」


 主任が横目でチラリと俺を見ながら続ける。


「ロリ系よりも母性豊かな方が君の好みか。確かに彼女は『バブみ』に関しては、我が園最強だろうな」


 主任……ちょくちょくそういうネタ、ぶっ込んで来ますよね……


「……」再び、俺は首を横に振る。


「となると、やはりマコか! いや、私も彼女が一番君に似合ってるような気がしていたんだ。彼女はあの中では一番優秀だしな。いいアイデアも出せるし……」


「……」


 正直、俺は少し迷った。俺も、あの三人の中で一人選ぶとしたら、マコトだと思う。彼女とはタメ年で、しかも出身大学も同じ(学部は違う)だったこともあって、色々話が合うし、気も合った。唯一俺とデートらしいことをしたのも彼女だった。と言っても、彼女が奢るから、と言って一緒に食事をしただけで、話した内容もタメ年トークがほとんどで、ロマンチックな内容は全くなかったのだが。


 しかし。


 俺は昼間の職員室の様子を思い出す。マイちゃんやアヤノさんとは、二言三言話は出来た。だが……マコトは俺の方を、一度たりとも向こうとしなかったのだ。


 ……。


 今にしてみれば、その理由がよく分かる。彼女は俺に一番近い場所にいただけに、おそらく今回の件で一番傷ついたのだろう。彼女は意外に繊細だったのかもしれない。ガサツなように振る舞っているのは、そんな自分を隠すための鎧なのかも……

 なのに、俺はそんな彼女を深く傷つけてしまった。だから、俺には彼女と付き合う資格なんか、あるとはとても思えない。


 それに。


 これは三人の誰と付き合うにしても言えることだが、主任に仲立ちされるのは、俺はどうにも気が進まなかった。言っちゃなんだが、俺にしてみれば、主任に比べたら三人の誰もが見劣りしてしまう。そんな気持ちは、おそらく俺の態度に多かれ少なかれ表れるだろう。そしてそれは、彼女たちをまた傷つけることになる。


 三度、俺は横に首を振った。


「……なんだと?」主任の顔が険しくなる。「マコもダメなのか? 君、どれだけ贅沢なんだ……面食い過ぎるのも、いい加減にしておいた方がいいぞ?」


「すみません……」


「あ、それとも何か? ひょっとして、君、あの三人以外に意中の人がいるのか?」


「……!」


 しまった、と思った時には既に遅かった。俺の反応を見て、主任が、図星か、と言いたげにうなずく。


「そうか……私としては、あの三人なら誰でもお勧めだったんだがな……ま、君の好みもあるだろうからな。いいよ、言ってごらん。君の意中の人は誰なんだ?」


 ……。


 ええい、しゃあない。


 ぶっちゃけちまえ! どうせもう、主任と会うのもこれが最後だ。


 俺は主任の顔を見つめながら、ついに告白する。


「俺が好きなのは……主任です」

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