3

 そんな感じで、あっという間に三日間が過ぎた。


 あれから、立川先生は俺を「師匠」と呼び、しきりに表計算について聞くようになった。俺もできるだけ彼女に教えるようにしてきたのだが、元々最年少なだけあって、彼女は物覚えはすごく良かった。すぐに相対参照、絶対参照の違いや関数をマスターし、しまいにはピボットテーブルで集計まで余裕でこなせるようになった。教え甲斐のある弟子だった。ただ、教わるときにあまりにも距離が近くて、何度もドキドキさせられたのには参った。


 俺はと言えば、彼女の件で主任や他の先生方に「出来るヤツ」認定されたらしく、一気に仕事が振られるようになった。もちろん俺は「先生」じゃないので、現場で子供たちの面倒を見たりすることはないのだが、コンピュータを少しでも使うような仕事は、ほぼ全て俺に回されるのだ。

 とは言え俺も表計算で何とかなる仕事は立川先生に下請けに出しているのだが、システム回りについては俺と主任以外はお手上げの状態だった。結局、仕事量的には社畜時代と同じくらいに戻ってしまった。まあしかし、並み居る美女たちに尊敬の眼差しで見られるのは悪くない。それだけが前の職場と違うところだが、その違いは俺にとってはかなり大きかった。


 しかし……


 この三日間で分かったことの中で一番衝撃的だったのは、この園では非常勤も含めてスタッフの中で PC を曲がりなりにも使えるのが、現状では主任込みで四人しかいない、という事実だった。彼女たちは「パソコン四天王」と呼ばれており、もちろん立川先生もその中の一人だった。

 だが、最初の立川先生のレベルから考えて、残り二人のスキルも推して知るべしである。


 これは頭の痛いことだった。それでも、立川先生はかなり色々出来るようになり、表計算以外にもワープロやプレゼン、お絵かきにまで触手を伸ばしはじめている。それで、新しいPCはほとんど彼女の占有状態になっていて、他の人がPCを使いたいときは必然的に古い方を使うことになっていた。


「……ひゃあ!」


 その日、その古いPCを使っていた、「四天王」の中の一人、中島アヤノ先生が突然悲鳴を上げた。


「どうしたんですか、中島先生?」


「いきなり電源が……落ちちゃったの……」


 真っ暗になった画面の前で、中島先生は泣きそうな顔になっていた。この人は俺よりも二つ年上だが独身。この園のスタッフの中ではおそらく最大のバストサイズを誇っている。ただ……その他の部分もそれなりに大きい……のだが、俺としては、まだ「ぽっちゃり」と言えるレベルで、十分許容範囲だ。泣きぼくろが印象的で色っぽい顔立ち。性格はおっとりしていて優しい。


「困っちゃった……明日までに、保護者に渡す遠足のチラシ作らなきゃならないのに……」


「ファイルは他の場所にはないんですか? USBとか」


「このパソコンの中にしかないのよ……昔作ったヤツを、日付とか内容とか、ちょこっと変えるだけでずっと済ませてきたからねぇ……」


「去年のチラシ、残ってないんですか?」


「それがねぇ……余りは全部捨てちゃったのよねぇ……」


「そうなんですか……」


 そうなると、俺はもうお手上げだ。去年のものが残っていれば、俺がちゃちゃっと同じようなヤツを作ってしまえるんだが……


「困っちゃった……どうしよう……」


 そんなウルウルした目で見られても……俺も困ってしまう。


 しゃあない。


 とりあえず、古いPCを診てみるか。直せるものなら直さないと。さすがに稼動可能なPCが一台だけではつらいからな。


「中島先生、場所空けてもらえます?」


「え、ええ……」


 俺はデスクの下にあるPCの、電源ボタンを押してみる。


 あれ、電源入るじゃん!


 ところが。


 BIOS の画面が出るか出ないか、ってところで、また落ちてしまう。


 ……。


 この症状は、心当たりがあるぞ。電源ユニットの異常かもしれんが、もう一つ可能性がある。むしろそちらの方がアリそうだ。


 俺はPCの背面からケーブルを全部抜く。


「わぁ……そんなことして、大丈夫? 元に戻せる?」中島先生が心配そうな顔になる。


「大丈夫ですよ。慣れたもんですから」


 笑顔でそう言いながら俺は、床の上からPCの筐体きょうたいを取り出し、デスクの上に置く。MicroATXのミニタワー。BTOメーカー製だ。これなら楽勝。俺は早速ドライバーを持ってきて、側板を外す。


「……ビンゴ」


 思った通りだった。筐体の中はホコリまみれ。CPUクーラーのファンにホコリが絡みついて回らなくなっており、ヒートシンクがめちゃくちゃ熱くなっている。CPUのオーバーヒートだ。PCを床の上に置いてると、得てしてこういうことになっちゃうんだよな……


「中島先生、ハンディタイプの掃除機ありますか? なければ、でかいヤツでもいいです」


「え、ええ……持ってくるわ」


 中島先生はすぐにハンディクリーナーを持ってきてくれた。それで俺は筐体の中のホコリを全部吸い出す。ファンを指ではじくと、滑らかに回ってくれる。ファンが止まっているのが短時間で助かった。これが長時間になると、コイルが加熱しファンが変形して回らなくなったり、下手すると煙が出て火事になったりするのだ。(読者の皆さんもお気をつけください)


「さあ、これで試してみましょうか」


 俺は側板をはめて元の位置に筐体を戻し、配線をすべてつなぎ直して電源ボタンを押す。


 電源が入った。そしてそのままOSが、何事もなかったかのように起動する。


「……すごーい! ヨシユキくん、修理もできるんだねー!」


 中島先生が、とろーんとした眼差しで俺を見ていた。


 ……もしかして、これもフラグか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る