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「今日からICTサポーターを務めます、斎藤ヨシユキと申します。よろしくお願いします!」


 初出勤。職員室で自己紹介を済ませた俺は、拍手で迎えられた。


 目の前には十数名のスタッフが並んでいる。しかも、全員女性で美人揃い。明らかに俺よりも若そうなロリ系女子から、色気たっぷりの熟女まで、ものすごくバラエティに富んでいる。まさに女の園だ。そんなところに俺が入ってしまって、本当によかったんだろうか……


 とりあえず、俺はインフラ回りから把握していくことにした。プロバイダから来た書類に目を通し、ルータの設定はどうなっているのか、ネットワークトポロジーは、Wi-Fi は……という具合に、一つ一つ調べていく。

 ブロードバンドルータとレイヤ2スイッチングハブ、アクセスポイントで構成された、よくあるセグメント一本の小規模LANだ。VLAN 切ってたりバリアセグメントがあったりするような、複雑なネットワークじゃない。経理や人事といった機密を要する情報は、法人本部が別にあってそちらが一手に管理しているようで、現場には全く存在しない、とのことだった。


 そもそも、ここにはデスクトップPCが二台しかない。しかもその内の一台はかなり古い。かろうじて最新のOSが動いている、というところだ。立ち上がるまでにめちゃ時間がかかる。もう一つはそこそこ新しいマシンで、みな大体こちらを使っているようだ。他にはタブレットが数台用意されていて、 システムの方には基本的にそちらからアクセスするようになっている。


 続いて俺は、その、例のICTシステムに取り組み始めた。このシステムについてこの園で一番把握しているのは、篠原レイカ主任という人だった。園長、副園長に次ぐナンバー3の立場らしい。実質現場の指揮を取り仕切っているのがこの人だった。とりあえず、俺はこの人にシステムについて色々教えてもらった。


 システムはインターネット上にあるSaaS(Software as a Service) のクラウド形式で提供されていて、タブレットからログインすることで、園児の出席管理や健康状態の記録などができるようになっている。もちろんパソコンからブラウザを通じて利用することも可能だ。俺は管理者のアカウントを主任に教えてもらい、早速色々調べてみた。


 ……。


 全然使われてねえ……


 やれやれ。これはいつか使い方の講習会をしなくてはならないようだ。ま、俺も前の職場でも、納品後に営業に連れられて行って、現場でインストラクションしたことは何度もある。慣れたもんだ。


 俺も全く知らなかったのだが、保育所(保育園)というのは単なる児童福祉施設で、幼稚園は教育機関になるのだそうだ。だから管轄の役所もそれぞれ厚労省と文科省、というように違っているし、そこで働く「先生」に要求される資格も、それぞれ「保育士」と「教諭」というように異なっている。ここのような幼保連携型認定こども園は、その両方の機能を備えているのだ。だから、「先生」も保育士だったり教諭だったり、その両方だったりするのである。もちろん篠原主任は両方の資格を持っている、とのことだった。


 主任はスタイル抜群で俺好みのクールビューティ。大き目でキュッと持ち上がった、見事なヒップの持ち主だ。俺よりも四つ年上で、ほぼスッピンなのにこの美貌はすごい。これで眼鏡がなければさらに俺のストライクゾーンど真ん中に近づくんだが……残念ながら、彼女の左手の薬指には指輪が光っていた……そりゃそうだよな。こんなひとが独身でいるわけがねえよ……


 俺に対しては上司に当たるということで、主任は結構きつい口調だったりするのだが、子供に接する態度は真逆だった。そのギャップがまたたまらない。この人が人妻じゃなかったらなあ……


 だけど、例えこの人が独身だったとしても、きっと俺は何もしないと思う。恋愛に関しては、俺はどうしても一歩踏み出せない。もうあんな思いは二度としたくない……


 ……いかん。あわてて俺は脳裏に蘇りかけたトラウマを振り払う。


 まあでも、何気に職員室内を眺めてみると、男にとって魅力的と思われる女性は主任以外にも結構いそうだ。例えば、今、俺の目の前で新しい方のPCに向かって何か作業をしているのは、立川マイ先生。専門学校を卒業したばかりの二十歳そこそこで、ここの最年少の先生である。かわいい系の顔立ち、背も低く幼児体型で、JK、いや下手すれば JC と言っても通用するくらいのロリっぷりだ。合法ロリというヤツか? とにかくアイドルとして人気が出そうな感じである。


 しかし、ぶっちゃけ俺はそれほどロリ属性があるわけではない。むしろ年上好みだったりする。そもそも、こども園に勤める男がガチのロリコンだったりしたら、めちゃくちゃヤバいだろう。実際、その辺りは面接でもかなりしつこく探られた。まあでも、立川先生は一応成人なので、ギリギリ俺のストライクゾーンに入っているとは言える。だからと言って、別に俺は彼女にアプローチをかけるつもりは全くない。の、だが……


 彼女はずっと電卓を叩きながら、しきりに何かを入力している。

 何をやっているんだろう、と思って、画面をのぞき込むと……


 彼女が開いていたのは表計算ソフトだった。自治体から送られてきた、延長保育を記録するシートに入力しているらしい。の、だが……


 ええと……


 わざわざ料金を、電卓を叩いて計算して、入力している……?

 それ、表計算の意味なくね?


 この業界はICT化が遅れていて、スタッフのリテラシーもかなり低い、とは聞いていたが、まさかここまでとは……どうやらシステムの使い方をそこそこ理解している篠原主任は、かなりのレアケースのようだ。


 しゃあない。少し助けてやるか。


「……すみません、立川先生」


「あ、ヨシユキさん! 何ですか?」


 舌足らずのアニメ声で言いながら、ピョコンと背筋を伸ばして立川先生が振り返る。俺を下の名前で呼ぶのは彼女だけではない。ここにはもう一人「斉藤」という先生がいて、その人がデフォの「サイトウ」なので、区別をつけるために俺は全員から「ヨシユキ」と呼ばれることになっていた。


「ちょっと、場所代わってもらっていいですか?」


「は、はい……?」


 彼女の席に移るやいなや、俺は計算式をセルに打ち込み、さらにオートフィルで一気にそれをコピーする。彼女が十数分かけて半分も出来ていなかった作業は、三十秒で全て完了した。



「はい、出来ました」


「!」俺の後ろから画面を見ていた立川先生の目が、みるみる丸くなる。


「……すっごぉぉぉい!」


 脳天に突き刺さるような彼女のアニメ声が職員室内に炸裂し、その場にいた全員の視線が一斉に俺たちに集中する。


「まるで魔法みたいですぅ! どうやったんですかぁ? あたしにも教えてもらえますかぁ?」


 立川先生の目に、ハートマークが重なっているようだった。


 ……やばい。


 俺、なんかフラグ立てちまったかも……

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