第14話 校外学習7


「矢上さんは友達と行動しなくていいんですか?」

言外に「わざわざ俺に構うな」というメッセージを込めて伝える。そもそも矢上は女子の友人が少なくないはずだ。つまり、誰かから誘われてるのをわざわざ断って来てることになる。


「別に。こっちの方がもっと面白いことが起きるかなーと思って」

 んっん、と両手を上げて背伸びをしながら矢上が答えた。


「いやー、俺といても特に面白いことは起きないと思いますよ」

苦笑いをして気怠げな態度を演じて見せる。

矢上が面白いことを期待しているなら、俺がつまらない人間であると証明しなければならない。

 

 さあ、どうしたものかと思考に耽っていると急に大きな声で「……君。……君。土橋君!」と呼ばれた。


「んあ? ああ、すいません。何ですか?」

「もう!ちゃんと話を聴いてよね!」

「申し訳ないです。ちょっと考え事をしてたので……」


 どうやら、矢上の声が聴こえない程、没我していたようだ。声色は怒ってる雰囲気を出していたが、矢上の表情を見ると何やら含み笑いを浮かべて余裕ある様子。対して俺は背中に嫌な汗が流れ出ているのを知覚する。


 これは不味い。矢上は心理的に余裕がある一方、俺は訳も分からず動揺してしまっている。そもそもこちらは意図しない形で矢上と同行する形になっているのだ。この時点で矢上の思惑にハマっていることになる。ここで会話の主導権を握らなければ、さらに後手を踏んでしまい、矢上の思う壺になってしまう。

 

 「すいません。ちょっとお手洗いに」

 ひとまず落ち着いて冷静に考える時間が必要だ。席を立ちそそくさとトイレに向かう。背後から「いってらっしゃい〜」と愛想の良い声が聞こえた。


*****



 個室に鍵をかけプライベートスペースを作ったところで、ふぅーとため息を吐き一旦小休止を取る。人から離隔された空間は心静まるものだ。

 それにしても、この店のトイレは思ったより快適な空間である。一人しか利用できないのだが、その割にスペース広く設計されシンプルなデザインである。床材は赤茶色のフローリングで敷き詰められ、穏やかな照明で照らされる。


 おっと、トイレを観察してる場合ではない。考えろ。考えろ。この場面、今自分は何をするべきか。


 ——まずは敵を倒すには敵を知ることだ。

矢上はどういう人間性だ? 矢上の行動を振り返る。


****


 まず、4月の新学期最初の日に話しかけてきたな。俺が初日に怒られたのを面白がっているようだった。それからというもの、何度も俺のことをちらちら見てくる。廊下ですれ違った時、授業の合間、昼休み時間、事あるごとに目が合ってしまう。(勿論、俺が彼女を見てるわけではない)

 

 最初は気のせいだろう、俺には関係ないことだ、と歯牙にも掛けなかった。しかし、席替えで矢上が俺の斜め後ろの席になったことがきっかけで、確信に変わった。

 ある日、授業中、教師に当てられて問題を黒板に書いていた。そして、書き終えて席に戻ろうとした時に矢上が俺を見てニヤけていたのだ。確実に俺のことを見て笑っていた。

 

 許せねえ。俺のことを馬鹿にしてるに違いない。怒りが湧いて一気に身体中の体温が上昇し、拳に力が入る。中学の時も嫌な奴はいたが、さすがに面と向かって笑ってくる奴は居なかった。事なかれ主義の俺であっても、自分が馬鹿にされるのだけは我慢できない。

 

 授業が終わり、すぐ矢上に問いただした。奴は隣の席の女子と話をしていたが、関係ない。会話に割り込む形で話しかける。


「ねえ、矢上さん。なんで俺のこと見て笑ってんの?」

 矢上は座り、俺は立っていたので上から見下ろす構図になっていた。急に話しかけられてびっくりしたのだろう、狐につままれたように目が見開き、口が空いていた。

「え、いやぁ別に……何でもないです」

 最後の方は声が聴こえないくらい小さかった。


「いや、俺の顔を見てにやにやしてるじゃないですか。そういうのやめて貰えません?」

 冷たく言い放つと「ぁ、はい……」と声にならない返事が返って来た。


****


 とまあ、こんなやり取りがあったのだが、その後矢上が視線を向けてくることは無くなった。

 それなのに、まさか校外学習で同じ班になるとはな。当初は警戒していたが、午前の班行動は特に何も無く時間は過ぎていき、心配は杞憂に終わった。これでもう矢上が関わってくることは無く、ようやく平和な学校生活を送れるだろうと安堵した。


しかし、そう思っていた矢先、矢上が妙法寺に現れた。なぜだ? 拒絶したにも関わらず、また平然とアプローチして来るとは、一体どういうメンタルをしてるのだろうか。逆にこちらが尻込みしてしまった。そして、その結果今、喫茶店のトイレであれこれ思案する羽目になっている。


「くっそ、なぜ俺が矢上の為に時間を使わないといけないのだ。他人に貴重な時間を割く意味がないだろ」

 思わず、心の声が漏れ出してしまった。だが、それだけ腹の虫が治らない。

「だめだ、だめだ。取り乱してはいけない。集中!」


 さて、矢上の行動を振り返ったはいいもの、メンタルが強いこと以外はっきりしない。肝心の心理が全く分からない。


 そこで、ズボンのポケットからスマホを取り出し、「話しかけてくる女子 心理」と調べることにした。

 正直、他人に興味を持つことが無いので、人の感情という物が理解できない。矢上という人間、そして大枠で女子の思考や感情が何一つ理解できない。そのために、ネットで情報収集が必要になる。


 一番初めに出てきたサイトに箇条書きでこう並べ立ててあった。


1.話を聞いてくれそう

2.好意を持っている

3.相手をもっと知りたい

4.一人でいるのを放っておけない

5.ただ単に人と話すことが好き


 なるほど。

 

 1つ目。思い当たる節がある。どういう訳か、外歩いてると道を聞かれることが多い。半年に2.3回は尋ねられてると思う。

 2つ目。これは無いな。

 3つ目。これはそうかもしれん。やたら話しかけてくるから。

 4つ目。矢上はお節介な性格には見えないが。

 5つ目。ぼっちに話しかける物好きは居ないだろう。


 うーむ、興味関心があるというのは確かであろう。たが、それが好意的なものかは分からない。ただ揶揄ってるだけなのかもしれない。


 結局のところ、本人に確かめるしかないようだ。

 


 

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