第13話 校外学習6

 

 5分後、俺と矢上は住宅街の片隅にひっそりと構える喫茶店で休息を取っていた。あの後、すぐに雨が強くなり急いで近くにあったこの店に駆け込んだ。

 

 こういう店のことをいわゆる純喫茶と言うのだろう、昭和レトロな雰囲気を感じさせる。スポットライトから濃い電球色が照射されるのだが、窓から外の光が差し込んで暗すぎないで、ちょうど良い空気を醸し出している。

 焦茶色を基調とした店内にはアンティークな物品で溢れていた。やたら分厚い皮表紙の洋書が本棚に並べられていたり、木製のレリーフ時計が壁に掛けられている。そして、今時アナログなLPレコードでクラシックを流している。

 普段、外食はしないスタンスのため、こういう喫茶店には初めて来た。意外と悪くないな。食事は家で一人ゆっくり楽しむ主義なのだが、偶にはこうした喫茶店に行くのもいいだろう。


 さて、成り行き(半ば強制的に)で矢上と行動を共にすることになってしまったのだが、冷静に考えて女子と2人でいるこの状況は異常事態である。無論、俺はこの状況を楽しむ脳内お花畑とは違い、ずっと緊張状態が続いていた。苛立ち貧乏揺りをしてしまう。


「この子は何が目的なのか、その真意はどこにある? 何がしたいのか」

 ずっと考えているが、あいにく女子の生態系について浅慮であるため、見当がつかない。俺が女子と喋ったのは小学校2年生にまで遡る。あの頃は寧ろ女子としか話してなかった気がする。

 

 妙法寺では動揺してしまい矢上にペースを握られてしまったので、改めて警戒心を高めることに努める。同級生相手に何を警戒することがあるのかと笑う人もいるかも分からないが、安易に人を信用する方が理解できない。アイツら平然と嘘ついて人騙すからな。


 こうして出方を窺っていると矢上が何を注文するか、どこか楽しそうに訊いてきた。

「土橋君は何食べたい?」

メニューを開くと以下の品が書いてあった。


【軽食】ハムトースト、たまごトースト、野菜トースト、ハムサンド、たまごサンドetc.


【セット】 「ビーフカレー、ドライカレー、オムライス、ナポリタン、ハンバーグ、ホットケーキetc.」


【スイーツ】

「バナナパンケーキ、チーズケーキ、プリンアラモード、抹茶プリン、クリームソーダetc.」


【飲料】

「ブレンド珈琲、ストレート珈琲、カフェカプチーノ、アイスカフェオレ、アイスキャラメルラテ、アイスティー、etc.」




 ふむ。やはり、トーストやサンド系は魅力的だと思う。やっぱ喫茶店と言ったらトーストやサンドだよ。初めて喫茶店に来たので少し気分が高揚していくのが分かる。メニューを見るのは少し楽しい。

 今現在2:00を過ぎたところ。昼食を取ってからまだ2時間しか経ってないので、腹はそこまで空いてない。となると、軽食かスイーツになるが、女子の前でスイーツを食べるのもなんか気が引ける。ここはやはり、定番のたまごサンド一択だ。


「たまごサンドにします。矢上さんは何を食べるんですか?」

メニューを渡して尋ねると、「うーん」と幾許か悩んでいたが、一拍置いて「うん」と頷いた。どうやら決まったようだ。


「私はそんなお腹減ってないから、このバナナパンケーキとアイスティーにしようかな」

そう言うと、矢上はスッと手を挙げてすいません、注文しまーす!」と店主に話しかけ、俺の分まで注文してくれた。


 とまあ、こんなやり取りの後は料理が運ばれるまで、手持ち無沙汰な時間を過ごすことになったので、状況を整理することにした。

 

 俺は何をやってるんだろう? どうにも、虫の居所がよろしくない。それもそう、本来の予定では、一人でゆっくり自分のペースで気長に暇にあかす筈だったのだから。この時間どう過ごせばいいんだ? 分からない。


 一人問答をやめ、ちらりと矢上を見れば文庫本を取り出し読んでいた。ブックカバーを掛けており、タイトルが見えない。このブックカバーするのなんなんだろうか。本屋に行った時、店員に「ブックカバーどうしますか?」と訊かれて「いや、大丈夫です」と首を横に振って答えたら、ブックカバーつけられたことがある。皆んなブックカバー頼むんだなーと思って、笑っちゃった。

 別に人に見られたっていいじゃねーか、と思う。本を読む時でさえ人の視線を気にするのか? 無論、公序良俗に反するそっち系の本は隠すべきだが。


 矢上は時折、髪を耳に掛ける仕草をするが、少しドキッとしてしまう。4月には短かった髪が今では肩にかかる程度まで伸ばしていた。なんであんな艶々してるんだろうか? 同じ人間か? 

 さらに観察してみると、どうも肌の色も変わっていた。4月で黒かったのだから、暑くなる今の時期はもっと日に焼けてておかしくない。なのに、彼女はむしろ白くなっていた。てっきり、運動部員だと思っていたのだが、違ったか。


 そんなことを考えていると、矢上がパッと顔を挙げと俺と目があった。そして、「見過ぎだよ〜」と声を掛けられた。咄嗟に視線を逸らし「あ、すいません」と反射的に謝ってしまった。女性慣れしていないのだ、許して欲しい。


 この気まずい状況を打破すべく話題を変えることにした。


 

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