第12話 校外学習5

「やっぱり、ここにいた」

 俺の目の前には見上げる形で矢上がいた。

一瞬思考停止に陥り、矢上の顔をまじまじと見てしまった。全くの予想外だ。多分呆けたツラだったろう。

「え、ぁ、矢上さん? どうしてこの場所に?」

 狼狽して、一瞬しどろもどろになってしまう。落ち着け、冷静に。深呼吸して心を整える。

「班行動のルート決めの時間、ずっとこの妙法寺のパンフレットみてたでしょ」

「あー、観てましたけど、それが今矢上さんがここにいる事とどう繋がるんですか?」

少し棘のある言い回しになってしまったか。


 だが、矢上は気にせずいけしゃあしゃあとしている。

「一人で寂しいんじゃないかなーと思ってさ。ほら、班行動も男子と何も喋ってなかったでしょ」

「心遣いは感謝しますけど、好きで一人でいるので問題ないです」

 一体、この女は何を考えているのか、皆目見当がつかない。なぜ絡んでくるのだ?

「学校は集団行動を学ぶ場だから、お一人様は駄目だよ。笹島先生にも協調性を持てって言われてたでしょ」

「確かに、言ってましたけど……」

先日、ホームルームで担任の笹島から協調性を持って校外学習に行けとクラスメイトがいる中言われたのを思い出した。公開処刑じゃないか。慣れてるから気にならんけど。


「••••••まあ、良いじゃないですか」

「私も班長として責任があるから放っておくわけにはいかない」

 矢上はまるで子供に説教するように腰に手を当てて前屈みになって話した。


 俺は矢上みたいな人間は苦手だ。俺は人の優しさは表面を取り繕った外面なのか、本心からそうしてるのかすぐ分かる。周りが「あの人、良い人なのに、なんで避けるの?」と思っていても、自分にだけ感受するオーラ、波長といったエネルギー的な何かがあるのだ。その人と話せば、直感的にどういう人間か何となく掴める。やはり、真に優しい人間には包容力を感じる。でも、矢上からは感じない。嘘つきは汚らしいオーラを発してるものだ。

 誰しも、あの人とは仲良くできるけど、この人とはどうも距離が縮められないなと感じる場合があるだろ? 人は無意識にそういうのを感じてるのだよ、ワトソン君。


 話すのが億劫になってきて、そろそろ会話を切り上げようと、腰を上げようとしたその時、「つれないなぁ。せっかく来たんだから、少し話そ」

そう言うと矢上は勝手に俺の隣に座りやがった。だが狭いのでどうしても二人が座ると肩が触れてしまう。腰を折られて、会話を切り上げるタイミングを失ってしまい、渋々会話を続けることになった。


「昼食の時はごめんね。どこで食べてたの?」

 顔が近い近い。俺は極力遠ざかろうとか身体の向きを右にずらし、変な姿勢になってしまう。

「近くの定食屋でトンカツ食いました」

「トンカツ? せっかく鎌倉に来たのにトンカツなんて食べたの!? 海鮮や和食が有名なのに!」

 あからさまに驚いた表情見せる。何かを誘ってるみたいでほんと嘘臭え奴。しぶしぶ会話を続ける。


「まあ、鎌倉だから特定のものを食べないといけないって訳でもないでしょう」

「確かにその通りだね。ところで何でこのお寺に行こうと思ったの? 自由時間に土橋君以外こんな場所に来る人いないよ」


 さて、どう答えたものか。矢上のいう通り、自由時間は好きな人と組んで自由にどこでも行っていいことになっている。高校生は基本は洒落乙な店に行ったり、美味い物でも食いに行くのだろう。古風な寺を好むニッチな奴は居ないだろう。現に矢上が来るまで俺一人だった。

「こういう落ち着ける場所が好きなんですよ。それに、ここから集合の鎌倉駅まで近いですし」

 そう言うと矢上は顎に手をやり、何やら考えている様子。

「でもさあ、この場所に一人でいるって寂しくないの?」

「寂しい? いや全く思いませんね」

「じゃあ、皆と一緒に居て楽しいとか感じないの?」

「基本無いですね」

 あまり、内面に突っ込んでくる質問はやめて貰いたい。てか、質問多いな。肩をすくめてそう答えると矢上はジト目で見つめてきた。

「やっぱ変な人」


 少しイラッと来たので、言い返してやる。

「変、変って言いますけどね、寧ろ一つの価値観に縛られて周りに合わせて行動する方が変です。没個性キャラ多すぎますよ。ほんと下らない」

「斜に構えだね〜。でも気持ちは分からなくはないよ。人の視線を気にするのってつまらない生き方だと思うもん」

 ほう。雑輩だと思っていたが、少しはまともな感性はあるのか。珍しく共感してくれる人がいて、自然と饒舌になってしまう。こればっかりは自分の親でもなかなか理解してくれない。


「大体、いい歳して相手を見ないと振る舞えないないなんて、稚拙ですよ。小学校、中学校が教育理念に「自立」なんてワードを掲げますが、小中学生レベルじゃないですか。あと、どっかの学者が言ってましたけど、日本は恥の文化にあるそうです。他人の非難や嘲笑をおそれ、自律的行動ができないと」

 

 ****


 かく言う俺は、小学校4年までは周りを見て行動するのではなく、自分で考えて行動しましょう」と通知表に毎回書かれていた。

 あと、これは余談だが、最近母校の前を通りかかったら失笑レベルの出来事があった。

母校の中学はモットーを縦型の幕に書いて校舎から垂らしているのだが、その時は『人とのあらゆる衝突は不誠実の表れである』なんて標榜がデカデカと書いてあったのだ。

 笑止千万。人間関係というのは、そんな綺麗な関係では無いだろうに。主張と主張がぶつかり合うことで、人は本質的な理解につながるのだ。ヘーゲルの弁証法を知らないのか? 人間関係もぶつかり合うことで、高次の関係性に発展するのだ。衝突のない関係性に意味はない。



****


「お、急に喋り出した」

矢上を見るとニヤニヤ楽しそうに声が弾んでいた。我を忘れて、つい話し過ぎた。顔が赤くなるのを感じ、咳払いをしてまとめに入ることにする。

「ン、ンゥン。つまりですね、常識や慣習に囚われたり、周りの人間と同じよう振る舞うのは幼児性の現れであり、自主的に自分がやりたいように行動するのが本来的に正しいあり方である、というのが俺の持論です」


 熱弁を振って言い終えると、もう耐えられないという風に腹を抱えて愉快そうに声を上げて笑った。

「あっはははは、本当に変な人。でも面白い。あなたみたいな人初めて会ったわ」

そして、涙を擦りながら「意外とよく喋るんだね」と言われて、馬鹿にされた気がしたので反論する。沽券に関わる問題だ。


「誤解が蔓延ってますけど、ぼっちは全員が別にコミュ障というわけでは無いですから。興味がないから話さないだけで、当然話題や共通項が有れば話しますよ」

「へーぇ、そうなんだ。じゃあ、土橋くんは内容に興味があれば会話するんだ」

「ま、そういうことです」


 後から考えれば、この発言が矢上に言質を与えてしまったのだろう。この時はその意図に気付かなかったが。

 

 もうこの辺でいいだろう。矢上に上手く乗せられてしまったが、そろそろ会話も鼻に着く頃だ。何より、他人に自分の思考や感情を曝け出すメリットがない。手の内を明かすようなものである。逆に言えば、寡黙で何を訊いても言葉を濁し、己を曝け出さない奴には警戒したほうがいい。十中八九、利己主義な奴だろうから。


 行き場のない居心地の悪さを打ち消そうと空を見上げるとドス黒い雲が広がっていた。いよいよ本降りになりそうだ。これは、いい口実ができた。


「雨も強くなりそうなんで、じゃあこの辺で失礼します」

 会釈して立ち上がり、その場を離れようとする。するとなぜか、矢上も一緒についてきた。え? なんで付いてくるん?

そこは偏差で数分あけて、去るべきところだろ。せっかく会話を終わらせようとしたのに気まずい。


「まあまあ、せっかくの校外学習なんだし一緒に行こうよ。ね?」

上目遣いで見てくるのやめて欲しい。しかし、この子、顔は割と整ってる方なんだな。


「いや、でも……ハァ、分かりました」

今日は張さんといい、矢上といい、どうも調子が出ない。彼女らは断ることをさせない雰囲気がある。


 こうしてなし崩しに二人で行動することになってしまった。

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