第10話 校外学習3
あれから、5.6分歩いただろうか、小町通りを抜けると右手側に立派な赤い鳥居が見えてきた。6メートルはあるんじゃないか?バカでけえ。
鳥居を過ぎると「源平池」という池がある。春は桜が満開で池にかけられた橋を渡りながら楽しむことができる。橋を渡って参道を進むと正面に鶴岡八幡宮の本宮が見えてきた。61ある石段を登るとやっと御目見得だ。
「赤だな」
それが鶴岡八幡宮の第一印象だった。正確には朱色なのだが、これは魔除けや不老長寿の意味合いが込められてるらしい。俺には
女子達は「大っきい〜」とはしゃぎながら自分と一緒に写真を撮ってる。
しかし、神社と自撮りってどうなの?
かたや、男子は無表情でつまらなそうに眺めてる。
まあね、気持ちは分かる。正直神社を観ても外観の印象しか分からなくて、「デカい」「赤い」以外の感想が浮かばない。
次に向かったのは頼朝さんの墓。感想は特になし。
最後に受験の神様菅原道真を祀る
だが、俺はそんなもの買うつもりはない。そもそも受験というのは自分の力で成し遂げるものである。本気を尽くして勉強すれば、そこに運など介入する余地は無い。仮に運で合格したとして、それは努力の所産である。
運とは努力の結果生じる副次的な産物であり、初めから運を期待してはいけない。運は他人から貰うのではなく、自分で勝ち取る物である。
同様に「落ちる、すべる」という言葉が受験生において不吉なワードとして認知されているが、あれもくだらない。死ぬ気で頑張った人間はそんな言葉の表層に惑わされたりしないのだ。縁起だかなんだか知らないが、人も努力はそんなもんで打ち消されるほど安っぽいものではない。「努力を舐めんじゃねえ」と強く主張する。
こうして全てのルートを渡り歩いた後、班行動は昼食を残すのみとなったが、一つ問題が発生した。
俺たちが店に入ったら生憎4人分の席しか空いてなかったのだ。天ぷらで有名な和食店なのだが、観光客や同じ高校の生徒で店内は人で溢れかえっていた。
「4人分しかないって。どうする?」
矢上が眉尻を下げ困った顔で俺たちに尋ねた。
「別の店に行く?」
「でもここから近い店あんま無いよ」
「それに、繁盛季で他も混んでるだろうし」
「時間あと40分だよ」
皆が口々に思ったことを口にするが、一向に解決策は出てこない。いたずらに時間が過ぎて行く。
ここは俺が身を引くべきだろう。
「じゃあ、俺一人で適当に食べるからみんな4人で食べといて下さい」
今更、別の店を探すのも手間だし、一人余るならぼっちの俺が出て行くのが妥当な判断だろう。それに俺も一人で食べた方が楽しい。
そう言うと、矢上は別の選択肢はないかとみんなに尋ねるも、なかなか良い案は生まれない。結局、俺は一人でご飯を食べることになった。
「「ごめんね、土橋くん」」
申し訳なさそうに萎縮して4人が謝るのを横目に見ながら、俺は一人で行動を開始した。
さあ、何を食べようか。一人席なら空いてる店もあるだろう。スマホで近くの店を調べると「定食屋 夕日」という店が候補に上がった。ここでいいか。しかし、予定外とはいえ一人行動が出来るとはラッキー、やっと楽しくなってきたぞ。
太陽が雲に隠れ辺りが暗く静まり返る。俺は解放感に包まれながら、ウキウキでステップを踏み店に向かった。
****
美食の街と言われる鎌倉だが、どうやらこの店は例外らしい。人の気配がしない路地裏の奥に位置し、ボロくて狭い。店の青色の塗装が剥がれ、コンクリが剥き出し状態になっている。しかも落書きされてるし。まるで異世界に迷い込んだかのようだ。
本当に店開いてるのか心配でそーっとドアを開け店内を一瞥すると、恐らく70を越えてるだろう老人の店主と客が一人そこにいた。日の当たらない店内は薄暗く、カウンター席が4席のみが設けられていた。そしてなぜか「時には昔の話を」が店内に流れていた。紅の豚のエンディングテーマに採用されたあの曲だ。
「いらっしゃい」
低く年期の入った声で老人が呟くように言った。
ふむ。あまり愛想の良い店主ではない。投げやりな態度が鼻につく。
席につき何を食べようか、壁に立て掛けられた木製のお品書きを見るが、暗くて見え難い。目を細めて注意してみると「トンカツ定食」「ハンバーグ定食」「生姜焼き定食」「肉野菜炒め定食」などがあった。
トンカツ定食を頼んだ後、店内を観察するように見渡す。木製のテーブルはあちこちに傷やヒビが入り相当な古さを感じさせる。壁には常連のお客さんだろうか、のアナログ写真が何枚も貼っており、当時の活気が伝わる。
店内から漂う哀愁をしみじみと感じていると隣の客から声を掛けられた。
「あれ、もしかして土橋さん?」
それは若い女の声だった。はて、誰だ? と思い、左に首を振ると驚いたことに宮崎学院高校の制服を着た少女が座っていた。腰までかかる長い髪おろし、背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。顔までは詳細に把握できない。
「すいません。どなたですか?」
「同じクラスの
張 秋華。ああ、そういえば、中国人みたいな名前の女子が居たな。いつも教室で本を読んでるような子だ。
「台湾出身の方ですよね。自己紹介で言ってた」
「そうです。土橋さんはなんでこの店にいるんですか?班行動ですよね?」
彼女の声が変になまってるせいか、はたまた店内の情緒的雰囲気のせいか、どうも調子が狂う。なぜか彼女からは親近感を覚えた。
「店が混雑してて、俺だけハブられた結果ここにいる」
「もしかして、虐められてるんですか?いつも一人でいますし」
声のトーンが明らかに下がった。どうやら心配してるらしい。
「いや違う。自発的に単独行動を取ってるんだ。俺の意志でね」
“俺の意志”を強調して言うと彼女はクスッと微笑んだと思う。そして
「じゃあ、私と同じですね。班の皆さんと波長が合わずに独りで歩いてたら、この店にたどり着いていました」
「それは奇遇だね。確かに、張さんは独特の雰囲気があるからね」
「そうですか? 具体的にどんな感じですか?」
「そうだな、張さんの周りだけ流れてる時間が異なるみたいな?」
教室での張さんは周囲の喧騒とは一線を画し、友達と喋ってる様子を殆ど見ない。一人で窓の外を遠く見つめてる姿に儚さすら感じさせる少女。だが、その儚さの中に強い意志を内包してる、そんな少女。
「でも土橋さんも人と違うオーラを出してますよ」
暗い室内でその透き通る目だけははっきりと俺の目に映った。
「そうかな。まあそうか。」
「だって、初日で怒られる人なんて初めて見ました」
思わず苦笑してしまう。やはり初対面での悪印象はインパクトが大きかったようだ。
「おまちどう」
会話がひと段落ついたところで、老人がぶっきらぼうにトンカツ定食をテーブルに持ってきた。
トンカツはシンプルに美味しかった。衣は厚いが、不快な脂っこさではなくサクサクと歯応えを愉しめる。さっぱりした肉汁が口の中で溢れて、肉の質の高さが窺える。口に運ぶ度に両頬に鈍い痛みを感じる。
「うまい」
無意識に言葉に出していた。今まで食べたトンカツの中で一番に美味しい。俺はトンカツ定食を夢中で食べ切った。
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