第6話 班決め

ゴールデンウィークが明け、日中の最高気温が20℃を上回る日も多くなった。校内の桜の木の葉は青々と繁っている。

初夏が到来した教室には暖かい空気が充溢し、時折窓から爽やかな風が吹いて眠気を誘う。


うむ。実に平和である。毎朝起きて学校へ行き帰宅する。昔の人はこうした平々凡々たる日常を求めていたのだ。生きるために必死で、命を懸け狩りをし、農作物を育て、敵と戦った大昔の人は現代の弛緩したこの平和を切望したのだ。それなのに、現代人はなんと欲張りなことか。平和の享受を妨げる事柄を自発的に計画するとは。


 そう、校外学習が迫ってきていたのだ。


 そして、今、我々は校外学習の班決めをしていた。


今はちょうど校外学習で組む班を決める時間である。

宮前学院高校は5月中旬に江ノ島・鎌倉での校外学習を設けている。まあ、校外学習といってもただの観光みたいなものだが。

関東に住んでいれば、江ノ島や鎌倉は一度は行ったことがあるだろう、有名なスポットだ。

どうせ観光するならもっとマイナーで人のいない場所が良かった。


班決めといえば、ぼっちにとって苦痛でしかない時間だが、幸い新たな人間関係が構築するという名目でランダムに教師が選出した。



なん…だと…


予想外だったのは同じ班のメンバーには初日に話しかけてきた少女、矢上夏帆がいたことだ。他の面子は男子2人と女子1人だが、名前は覚えてない。この3人はどうでも良いので仮称A、B、Cとでもしておこう。問題は矢上だ。


俺はどうも矢上という女が苦手だ。初日に会話して以降、なぜか俺のことをチラチラ見てくる。


授業中誰かの視線を感じることがあり、それ以来違和感感じていたのだが、その正体は矢上だった。


彼女は斜め後方の3つ離れた席に座っていた。正体を掴もうにも授業中に後ろを振り向けるわけなく、矢上が犯人だと最初の気付かなかった。


しかし、廊下ですれ違った時に俺と目があった。授業中に感じた人を探るような視線だ。そう、犯人は矢上だったのだ。


その時以降、俺は矢上に対する警戒度をさらに高めた。この女はなぜ俺のことを見てくるのか。考えられる可能性は二つある。


1つ目、俺のことが好きなのか?

いや、それはあり得ない。即答できる。

今の俺の容姿は髪全体が伸び放題で前髪は目にかかるほど長い。それに主に毛量のせいででキノコのカサみたいに膨らんでいる。

どう考えても、モテる容姿ではない。


ただ自分の名誉のために言っておこう。

俺は顔が濃く、目はぱっちりしてる方だ。

「髪型や服装で分からないけど、普通にしてれば悪くないよ」と母親に言われる。

実際、赤ちゃんの頃は雑誌に載せられたことがあり、道ですれ違う人から「可愛い赤ちゃんだね〜」とよく言われたらしい。


まあ、その話は置いといて。


残ったのは、俺の容姿が変で笑ってる可能性だが、やはり俺を馬鹿にしてるのだろうか。

実に不愉快だ。俺は見せ物じゃないぞ。


****


班員で集まり、正体するよう席をくっ付けグループをつくった。


一息付いたところで、右隣に座った矢上が親密な空気を漂わせ話しかけてきた。

「同じ班になったね〜。よろしく」

彼女からは柑橘系の爽やかな香りがする。香水の匂いが鼻の穴を通り、脳を麻痺させる。

心なしか俺の警戒心が徐々に打ち消されていくのを感じた。


いや、矢上の雰囲気に惑わされてはいけない。落ち着け、冷静になるんだ。


俺は壁を作ることにした。仏頂面で「どうも」とだけ短く答え、前を向き話しかけるなオーラを出す。

大抵はこれで話しかけなくなる。が、矢上には効かなかった。


俺の顔を覗き込む様に前のめりになって「連れないなー、楽しく行こうよ!」と話しかけてきた。


身体がぞわぞわするのを感じ、無意識に顔を逸らした。こういう積極的なタイプは大の苦手だ。壁を作っても容易に乗り越えてくる。


だが、俺はあくまで事務的な返答を続けると矢上は観念したのか顔を膨らませ、「ふん」と首を横に振ってそっぽを向いた。


これでいいのだ。人には極力関わらない方がいい。俺は相手が諦めるまで、無関心を貫くことにしている。


その後は、見学するルートを決めて計画表を提出して特に何も起こらず授業は終わった。

 俺は会話に参加せず班員に全て任せた。正直、どこへ行きたいか興味はないので、うわの空で会話を聞き流す。


しかし、矢上もそうだが、思春期女子の生態ほど理解できないものはない。

彼女らはニコニコしながら手を振ってきたり、俺のことを可愛いと言ったり、文化祭で一緒に見ないか誘ってくる子もいた。


何がしたいのか分からないが、そういうのはイケメンだけにして欲しい。


考えてもみろ、ぼっちや陰キャラが女子と仲良くしてる姿を周囲はどう捉えるか。

奇異な視線で見てくるに決まっている。さらに友達とも変な距離が生まれる。八つ当たりされることもあった。厄介ごとは御免である

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