第5話 ある日の昼の会話


 その日も四時間目が終わると、自分の席で静かに弁当を取り出して開ける。クラスの半分は学食へ行くか他クラスに行くので残ったのは20人もいない。さらに残った男子も早々に食べ終え、校庭へ向かうので教室に残るのは女子が4、5人のグループが2つと後は俺くらいになる。40人収めるキャパシティを持つ空間ならだいぶ開放的で気楽な空間に転じる。

 

 改めて、状況を振り返ると超ハーレム状態である。女子10人に対して男子は俺一人しかいない。最初は居心地が悪かったが、もう慣れた。ついでに言うと山下は図書室にでも避難してるみたいだ。



さて、昼休みの過ごし方についてだが、ウチの学校はスマホ禁止になっているので基本的には本を読むか、寝ることしかない。勉強をする人もいるが、せっかくの休みに頭を使う気力は俺には無い。また、ぼっち憩いの図書室に行くのも教室から遠いので面倒だ。


 友達と喋っていたり、遊んでいると分からないだろうが、一人でいると50分という時間がそれなりに長く感じるものだ。それに人のいる場所で読む小説はなぜか頭に入りにくい。だいたい20分程度で集中力が散漫になり、本を閉じる。やはり家で一人静かに読む環境がベストだと思う。


 そうなると取れる選択肢は一つしかない、そう寝ることだ。寝たふりだなんて言われることもあるが、瞑想で意識を飛ばすことに慣れている俺は9割方夢の世界に没入できる。ただ、たまに眠れないこともあり、俺の周りの会話内容が耳に入ってくることがある。

「あの人、いっつも寝てるよね」

「寝たふりじゃない?」

「ずっと一人でいるし、友達いないのかな?

「なんか陰気だしね、近づきたく無いよね」

めっちゃ聴こえてますよ!俺の悪口!

顔が赤くなるのを感じながらも、机に伏せたまま時が過ぎるのを待つ。情けないことに当時の俺には怒る勇気はなかった。


 こんな感じで俺の昼休みの過ごすわけだが、一人でいることに辛さや恥ずかしさを感じないのかと疑問に思う人もいる。

ちょうど一週間前昼休みに山下にそう尋ねられた。

「土橋君、いつも一人でいるけど、周りの視線が気にならないの?」


 首を大きく振って答える。

「俺は他人の存在を気にしないタチだから、全然気にならないよ」


 寧ろこっちが聞きたいくらいだ。なぜそんな他人からどう思われるかを気にするのか。


「逆になんで他人をそんなに気にするんだ?

無視すりゃあ良いだけじゃん。」


 語調を強めて言うと、山下は何やら考え込むように首を傾げ難しい顔を見せる。

「それが出来ないから質問してるんだよ、」


 うーん。どう説明したものか。無意識に目線が辺りに移る。


 しかし、自分にとっては当たり前なことすぎて、いざ考えてみると明瞭な答えが浮かばない。難しいな。


 10秒くらい考えて、一つの案を出した。

「多分、必要性がないからだと思うな。」

「必要性?」

「つまり、他人を気にするメリットがない。俺は自分がやりたいように過ごしてるから、そこで自己完結するんだろうな」



「要するに、自分がよければそれで良いってこと?」

数秒の時間を置いて言葉を紡ぎ出すように山下が答えた。


「そういうこと」

大正解。ゲッツポーズをしてうなずく。


 さらに、理解を深めるために俺は疑問を呈した。

「1回冷静に考えてみ、わざわざ人の視線を気にする理由ってある?皆周りの目を気にするけど、なんでそんなこと気にするんだ」

立て続けに言った。相手を説得するときはリズムが大事になる。


「それは、、、相手からどう見られるか気になるじゃん」


「それはなぜだ?」

間髪入れずに聞くと山下は眉間に皺を寄せて、俯いて考え込む。


「相手に悪く思われたくない、から、かな?」

言葉が途切れ自信なさげにつぶやいた。


 あと少しだ。


「でもさ、悪く思われて何か実害がある?

お前のことをいじめてくるのか?」


「いや、そんなことないと思うけど」


「じゃあ、気にしなくて良いじゃん。普通に学校生活を送るだけなら、気にするだけ無駄だよ」


そういうと、山下は首をかしげてどうにも納得いってなさそうだった。俺の言葉を反駁し、頭の中で整理している。


「人はそう簡単に他人の意見に従わない」

これは予備校の現代文講師から言われた言葉だ。

「今までこういうやり方をしなさいと教えてても、その通りにやってくる生徒は少ない。でも騙されたと思って一回本気でやってみて。」

授業中一人一人の目を見ながら必死に説明してたフランス人ハーフの女の先生。

でも、ごめんなさい、やってないです。

そのせいか、第一志望に落ちてしまった。人の話は一度は聴くべきものである。


 かの鉄血宰相はかく語りき。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」


閑話休題


最初のアプローチとしてはこんなものだろう。俺は会話を切り上げて、教室を出てトイレに行った。

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