08話.[怒りますからね]
「がっ!? へ、平均七十三点……」
「珍しく低いな」
「うわーん! テストがあるときに蕾が急に変わるからだよー!」
「い、いや、愛花も同じだと思うが……」
「じゃあ何点なの!?」
うわっ、さっと鞄にしまいおったっ。
酷い存在だ、まるで私のせいではないとでも言いたげな顔をしている。
くそ、それにしても私がここまでやられる弱い人間だったとはとそのこと以上に自分に腹が立っていた。
「まあいいや、赤点ではないからね」
「ああ」
終わった終わった、過去は変えられないから次だ次。
やっと頭の痛さからも解放された気がするし、あとは冬休みまでの時間をゆっくり過ごすだけだ。
蕾と過ごすのもいい、ひとりで過ごすのもいい、可愛げの塊である弟ふたりと過ごすのもいいだろう。
自分の行動、選択次第だ、私はもう失敗をしない。
「手動のかき氷機で氷でも削ってかき氷を食べるからもう帰るね」
「え、まだ冬なのだが……」
「だから手動だよ、それにお店のやつは高いから」
元々なかったけど範囲の広さにひーひー言うこともなくなる。
出された課題を問題にならない程度にやっておくだけでいい。
冬休みはそれで決まりだ、あ、ただ大晦日とかはどうしようか。
出ることになっても出ないで暖かいお布団で寝るのもいい。
「釆原さん、お疲れ様会をしよ!」
「え、あ、私は……」
「まあまあまあ、大高さんだって帰る気満々なんだからさ」
楽しめ蕾、私は家で楽しむから気にしなくていいのだ。
かき氷は冗談だけど、いまはとにかく休みたいから寝転ぶだけだ。
残念ながらすぐに弟ふたりは帰ってこないものの、だからこそできることというのがある。
「寝ることだー……」
あれから広人も広木もやたらと元気がいっぱいだから相手をすると疲れる。
頭が痛いときにやられたときは叫びそうになったけどなんとか我慢した。
「……ぴんぽんぴんぽんうるさいな、いまだけは電源消しておきたいな」
できるかどうかは分からないけど。
まだ止まらないから一階に移動して開けてみると、
「こんにちは」
「なんだ、流川先輩だったんですか」
冬に似合う冷たい顔をして先輩が立っていた。
連絡先を交換しているのだから連絡をしてからにしておくれよと言ってみても「あなたは反応しなさそうだから」とかなんとかで受けいれようとしなかった。
まあ、最低限の常識として飲み物だけは渡しておく。
「釆原さんは女の子達と遊びに行ったようね、で、あなたは引きこもるだけ?」
「どういう立場からの発言ですか、せめて蕾を誘ってからにしてくださいよ」
それで電話をしてきて煽るなら分かるけど、残念ながらそうではないから微妙な状態になってしまっている。
「あのねえ、私は恋をしている釆原さんが見たいわけ、ただの友達と遊びに行っているところを見てもつまらないのよ」
「前にも言いましたけど、それってあなたじゃ駄目なんですか?」
「駄目よ、自分が相手だったらちゃんと見ることができないじゃない」
面倒くさい拘りだ、ここまで面倒くさい人間にはならなくてよかった。
しかも可愛い弟ふたりがいてくれるとか勝ち組だろう、そこに蕾も加われば自然と最高ということになるわけで。
「しかも馬鹿ね、もう取られたくないと考えてしまっているくせに」
「そんなの蕾の自由じゃないですか」
変えるつもりでいるけど、同情とかで選んでほしいわけではなかった。
一番いいのは付き合えることだ、でも、最悪友達のままでも構わない。
前にも言ったように今度はちゃんと応援をすることができる。
「ふふ、素直になりなさい」
「あ、それよりいまからご飯を作りますけど、食べます?」
「ええ、いただくわ」
いい、先輩はこのままでいてくれないと調子が狂うから守ってほしい、いい人になってしまったら利用だってしづらくなるから。
やっぱりやりやすいのはそういうところからきているのだろう、先輩も文句を言いつつ来てくれるから甘えてしまっているのだ。
ならせめてこれぐらいはしなければならない、が、姑みたいに文句を言ってきそうで嫌だなと。
「文句を言ったら怒りますからね」
「私はあなたと違って利用しておいて文句を言うような人間ではないわ」
か、可愛げがないなっ。
こうなったら先輩のオムライスだけ激辛仕様にしてやろうとしてやめた。
テストが終わったいま、いちいち小さなことでいらいらしたりするべきではない。
気の持ちようだ、そして、いかに上手くやるかだ。
「よっ、ほっ、とっ、完成!」
「ぱちぱち」
「ありがとうございます、どうぞ」
「ありがとう」
うーん、ケチャップをもう少し入れてもよかったかもしれない。
一応家族以外の人に食べてもらうということでよりいっそう意識して作ったけど、逆効果になってしまった。
いいのか悪いのか分からない点はお世辞でもなんでも「美味しいわ」と先輩が言ってくれたこと、悔しいから今度は絶対にもっと上手く作りますなんて言っていたよ。
「ねえ、もしかしてまだ素直になれないとかそういうことではないわよね?」
「今回は友達に誘われていたからひとりで帰ってきただけですよ」
「そう、それならいいわ」
先輩は流しに食器を持っていった後に「これでもう帰るわ」と言って出ていった。
危ないから鍵を閉めるために玄関へ。
「流川先輩、ありがとうございます」
「あら、なんに対してのお礼?」
「あなたは文句を言いながらも来てくれましたから」
「そういう……、まあいいわ、それではね」
よし、今度こそ休憩だっ。
そう長く寝る必要もない、ほんのちょっと寝られるだけでいい。
そうすればテスト勉強の疲れなんて吹き飛ぶ――が、階段を上がろうとしたときにどんどんどんと扉を叩かれて飛び跳ねた。
さすがにおかしい、開けて全く知らない人間だったらどうすると考えている間にもどんどんどんと。
「ええいままよ!」
「あっ」
「ぐほべぁ!?」
鳩尾に拳がダイレクトヒット、私はそれに耐えきれずに膝から崩れ落ちた。
「うぅ……」
「す、すまない、先程流川先輩が出てきたばかりだからこれでも問題ないと判断したのだが……」
「い、痛いぃ、部屋まで運んでぇ……」
「分かった」
まあ、開いた扉にがつんと当たって彼女が怪我してしまうよりはいいか。
痛いのは痛いけど運んでもらったりはしなかった。
そういうのは違う、もっと違う意味で甘えたい。
「すまない、捲るぞ――青くなっていたりはしないな」
「手が冷たい」
うーん、お腹に触られているのが違和感しかなかった。
いや、やらしいことをする関係だったら普通のことかもしれないけど、それでも多分お腹に積極的に触るようなことはしないだろうから。
胸とかもっと大事なところに触れるよね? だからその特殊性にうーんと。
「本当にすまなかった」
「もういいって、それよりなんか解散が早くない?」
「お疲れ様会とはいっても食事をしただけだからな」
本番前日までは自分だけで頑張った、勉強をしながら、広人と広木の相手をしながら、あのことを考えながら本当に。
でも、こっちのことに関してはなんにも進んでいないことになる。
「蕾、テストも終わったよ、あとひとりで考えたよ」
「どういう答えが出たのだ?」
「私は蕾といたい、触れて安心したい」
「そうか」
そうか、それで終わりにされても困るわけだけど……。
「だが、そろそろいいよな、一方通行にはならないよな」
「その言い方、怖いんだけど」
「私だって怖かった、でも、やっと愛花を求めることができる」
「なんか回りくどいな……」
「わがままを言ってくれるな、私だって我慢に我慢を重ねてきた結果なのだぞ」
我慢って、こちらを放置して恋をしてくれていたのが彼女だ。
離れていたときにわがままを言ったことはなかった、だからこそ彼女は自由にやれたのだ。
よく考えてほしい、私がどうしてもいてほしいとか口にする人間だったらもっと窮屈な毎日になっていたのだということを。
ただまあ、それだったら全く遠慮せずに距離を作れただろうから彼女からしたらどっちがよかったのかなんて分からないか。
「好きだ」
「お、はは、まさかありえない判定からここまで変わるなんてねー」
「そ、それは忘れてくれ」
「ごめん、ちょっと調子に乗った」
じゃあこれからは自由に手を握ったり、髪を撫でたり、抱きしめたりも問題ないわけか。
それだけではなくキスだって相手が嫌ではないなら可能なわけで。
「よし、とりあえずいまはお昼寝をしよう」
「ま、待て、愛花から聞けていないのだが」
「言葉ではなく行動で示していくから安心してよ、はい寝転んで」
「まあいいが――いや、くっつかれていたら寝られないのだが?」
「大丈夫」
これだよこれ、やっぱり私には必要な温かさだった。
何故か「せめて反対を向かせてくれ」と頼まれてしまったからすぐに正面から抱きしめる時間は終わったけど。
「後ろから抱きしめているとまるで蕾が抱きまくらになったかのような感じが――いいね、抱きまくら」
「こ、怖いからやめてくれ」
「嘘だよ、広人と広木が帰ってくるまで寝よ」
焦っても仕方がないから目を閉じる。
布団の暖かさもあってすぐに夢の世界へと旅立ったのだった。
「もうキスとかしたの?」
「先程関係が変わったばかりなのにしているわけがないだろう」
「興味ないの?」
広木が部屋に来ているみたいだ、それで蕾は質問攻めに遭っているらしい。
ちなみに私は先程から起きるタイミングを見失ってしまっているというのもある、面白いから寝たふりを続けてもっと聞き続けたいというのもあった。
「あ、これは……」
「邪魔をしてやるな」
「どうしてもはずかしいならねているときにすればいいと思う」
ばれたか、さすが私と一番長くいる広木だ。
なんかずるいから目を開けて挨拶をした。
変な話をしていたわけではないからなのか、本当に寝ているものだと考えていたのか蕾が慌てるようなことはなくて一安心。
「やれやれ、広木から守っておかないと愛花の唇が奪われそうだ」
「しないよ、言ったでしょ? 好きな人を困らせることはしないって」
「ふっ、それなら嫌いなきのこも食べられているのだな?」
「そ、そういう意味でではないから」
「何故だ? 好きな人が作ってくれたご飯なのだから同じだろう」
その点については問題ない、嫌いな物を無理やり食べさせたりはしない。
私だってあるからあまり偉そうに言えないというのもある。
まあ、自分の口や胃に合わない食べ物というのが現実にはあるから仕方がない。
「だいじょうぶだぜ、広木がきらいな物は俺が好きな物だから」
「双子なのに不思議だな」
「多分、そういうのを支え合うための兄弟なんじゃないか?」
「なるほど、広人の言う通りかもしれないな」
ここに来たのは話すためではなく広木に用があったみたいですぐに出ていった。
これで先程と同じでふたりきりになったわけだけど、少し気恥ずかしい。
「なあ、帰宅してすぐに躊躇なく姉の部屋に来るというのはいいのだろうか」
「今日は私が部屋にいたからだよ」
「いや、私がこの家に来ていたときは部屋で過ごしていただろう? そのときもすぐに来ていたから気になってな」
「自分の部屋の手前にあるからとはいえ、寄ってくれるって可愛くない?」
「はぁ、鈍いな」
これはつまり……不安になってしまっているということか。
とはいえ、私は彼女の前で広木に断ったから不安になる必要はないと思うけど。
まあ、確かに蕾がいなかったらどうなっていたのかは分からないけど、現実はそうではないのだから気にするのはね。
「もう関係は変わったのだ、それに広木は愛花に告白をした人間、これまで通りに対応することはできない」
「そうなんだ」
「ああ、だから相手が弟とはいえ気をつけてほしい」
な、なんかいきなり独占欲を発揮させてくるじゃん。
え、なんか怖いな、他の子と話しているだけでつねられそう。
それで私はその度に違うよと重ねていくのか。
「というかさ、私は蕾が離れることを選択しない限りずっと近くにいたのに敢えて難しい選択をしていたのはやっぱり私のせい?」
「それしかないだろう、最初からいまみたいに受け入れてくれていたら迷うことなく愛花を求めていたさ」
「なるほどね」
「だが、私が好きになった人間に限って好きな人間ができて離れていくという逆神業を見せることになったが」
「それね、あれは不思議だったよ」
ひとりぐらいはと考えていたのにひとりも無理だった。
でも、彼女が異性を好きになって動いていたらこうはなっていなかったはずだ。
だからもったいないことをしたということになる……のかなと。
「蕾、一緒にご飯を作ろ」
「ああ」
「これからもこういうことができるといいね」
「できるさ、昔とはもう違うのだから」
「そっか、そうだね」
何度も言うけどもう同じような失敗はしたくない。
だけどそこまで難しく考える必要もない、あくまで自然な感じでいい。
彼女とならできる、まあ、それも弟ふたりとか先輩がいてくれたうえでの話だ。
とにかく、そこさえ崩れなければ大きく変わってしまうようなことは絶対にないと言えた。
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