07話.[よくないけどね]
「ん……もう朝か」
今日も平日だからそろそろ愛花も起きることだろう。
広人と広木のためにご飯を作ったりするだろうから手伝うことにしよう。
「やっぱり私は蕾的になしなの?」
「いきなりどうした」
「それとも、泊まりに行っていたらなにかが変わってたのかな」
彼女は布団を畳んでここから出ていった。
いつまでもいても仕方がないから出て付いていく。
「ごめん、昨日からおかしいんだよ、なんか物足りなく感じたりさ」
顔を洗っている彼女の後ろで立っていたら急にそう言われて驚いた。
おかしい、か、正直に言えばおかしいのは私の方だ。
浮かれて寝てしまうなんて本当に情けない話だった。
「別に謝らなくてもいいが」
「じゃあこのままでいてよ、また離れるのは嫌だよ」
「言っただろう、二度と離れないって」
「そっか、ならよかった」
色々持ってきておいたから一度帰宅しなければならないなんてことにはならない、さっさと済ませて手伝おう。
「あ、蕾は広人と広木を起こしてきてよ、特に広人は美人さんが大好きだから蕾に起こしてもらえたら喜ぶと思うよ」
「あ、ああ」
そういうことで予定変更だ、二階へ。
一応ノックをしてから入ってみるとあんな時間に寝たというのにまだまだすーすーと寝ているふたりがいた。
「……らいさんか」
「ああ、どうして分かったのだ?」
「足音で分かった、姉ちゃんは声をかけるまで俺らを起こさないようにニンジャみたいに静かに入ってくるから」
面白いことをする、自分の声かけで起きてほしいなんてな。
これから泊まることを増やせばこちらにもそうするのだろうかとまで考えて、別に起こしてもらえればなんでもいいかと片付けた。
「はは、それは申し訳ないことをした」
「いいよ、どうせ起きないといけないんだから。広人は任せてよ、らいさんは姉ちゃんといてあげて」
「ああ」
運動不足の体にとっては地味にいい運動となった。
これであとは大人しく愛花が手伝わせてくれればいいのだが、どうだろうか。
昨日がおかしかったというだけならまた元通りになっていてもおかしくない。
それこそ私にとってそれは物足りないことだ。
「愛花、広木が起きていたから広人は任せてきたぞ」
「ありがとう、あ、そうだそうだ」
「なん――……だ?」
「うん、やっぱりこうやって正面から抱きしめた方がいいね」
彼女はすぐに離して「すぐにできるから、あ、蕾のお弁当も作るからね」と。
やれやれ、やっぱり手伝わせてくれる気はなさそうだ。
とりあえずあまり広くはない台所だからリビングのソファに座って待とうとしたときのこと、
「もっと前々からしておけばよかった」
なんて聞こえる声で言ってきて頭を抱える。
「愛花、今日もおかしいのか?」
「うん、継続中なんだよ」
先程触れられたことで風邪を引いたわけではないということは分かっている。
だが、友達としては仮になにかがおかしくても元気でいてくれればそれでいい……のか? こう、解決できるように動いてやるのも友達なのでは……。
「あ、これはなんとか自分で片付けるから大丈夫だよ、こんなことをしておいてあれだけど蕾に迷惑をかけたいわけじゃないから」
「できるのか?」
「うーん、自信はないけど多分?」
違う、やはりこういうときに協力しようとするのが友だ、友達が困っているときになにもしない人間になどなりたくはない。
「ひとりで無理をするな、全く迷惑ではないから私を頼れ」
「それだとくっつくことになるけど、いいの?」
「な、何故だ?」
「蕾にもっと触れたいとすぐに考えてしまうんだよ」
な、なにがあったのだっ!
このままふたりでいるとやらかしそうだったから頼りに――なるかは分からないがとにかく先輩を連れてくることにした。
ちなみに部屋に行った時点で起きていてくれていたから助かった、何故か怒られてしまったが。
「釆原さんを見るためにここに来たのに愛花さんのせいで無駄な時間になったわ」
「すぐに寝たのは流川先輩じゃないですか、勝手に私のせいにしないでください」
そうだこれだ、これが愛花なのだ。
それだというのになにか悪い物でも食べてしまったのだろうか……。
不安になる、でも、同じクラスということは救いだった。
わざわざ移動しなくても簡単に様子が分かる、なにかがあってもすぐに保健室に連れて行ってやれる。
中学生のときは部活も違う、クラスも違うといううえにそれぞれに友達もいていまみたいにはできなかった。
だが、私が馬鹿だったのはそういうことがなくなったのに離れてしまったことだ。
「というか私ではなく蕾のことを名前で呼んだらどうですか、私達はお互いに利用しているだけですよね?」
「それは無理よ、だって恥ずかしいじゃない」
「なに真顔で変なことを言っているんですか、似合わないですよ」
こちらから見ても全く恥ずかしがっているようには見えなかった。
笑ったり怒ったり色々表情が変わる人だから違和感しかない。
「似合わないって、あなたは私のことをほとんど知らないでしょう?」
「そんなこといったら私と蕾のことなんて流川先輩は大して知らないですよね?」
「あなたなんて面倒くさい人間だという判断で十分よ」
あ、露骨に嫌そうな顔をしている。
はは、先輩といれば色々な愛花を見られるというのはいいことだな。
「はぁ、掃除が捗るぜ……」
「どうして急にポイ捨てされた空き缶なんて集め始めたのだ?」
「別に小銭稼ぎをしようとしているわけではないよ? ただね、なんか掃除をしなければならない気分になったの」
内側を奇麗にしたかった、そのためにやらないといけないことだった。
そして意外と意識を向けてみると多く存在していることに気づく。
ゴミ箱がちゃんとあるのにどうしてそこまで持っていけないのか、それが嫌ならボトル物を買うとか対策をしてほしいものだ。
「正直、スチール缶よりアルミ缶の方が好きだな、ほら、握り潰したら強キャラ感を出せるでしょ?」
「いや、拾ったアルミ缶を毎回握り潰していたら怪しい人間にしか見えないぞ」
「潰さないよ、手が疲れるだけなんだから」
よし、今日のところは十缶で終わりにしよう。
ちゃんと正しいところに捨てて帰路に就く。
「そういえば最近心配なことがあってさ、それは広人と広木のことなんだけど」
「昨日も普通に元気だったではないか、なにが心配なのだ?」
まるで毎日連れてきているみたいな言い方はやめてほしい。
ちなみに昨日は勝手に蕾が来ただけで私が家に連れ込んだわけではない。
「いやほら、だってあの子達全く友達と遊ぼうとしないから」
「確かにそうか、喧嘩とかも愛花や広木としていただけ……」
「そうそう、だから本当に友達がいるのかなって不安になっちゃったんだよ」
普段は双子だからこそいいけど、双子だからこそ問題になるときもある。
弟が、兄がいてくれるだけでいいとか考えてしまっていないか、授業を大人しく受けたり提出物をしっかり出しておけば家族以外と過ごさなくていいとか考えてしまっているのではないか、とかね。
自惚れでもなんでもなく私のことが好きすぎるのも問題だと言える。
「だが、それなら問題はない、一昨日ぐらいに異性と歩いている広人を見たからな」
「あ、そうなの? それならお兄ちゃんの方は大丈夫か」
「ちなみにそれは流川先輩だが」
「駄目じゃん! というかあの人はなにをやっているんだ……」
恋をしている女の子が好きというわけではなくて恋をしている人間自体が好きだということか。
だけどそうなると広人が誰かに恋をしていないとおかしい、あ、そこで先輩ということか。
奇麗な魔力に負けてしまったということなら仕方がない、小学生のときに友達だったともあき君も奇麗及び年上の魔力に負けて離れていったしね。
「何故駄目なのだ? 流川先輩だって友達だろう」
「いや、私は小学生の友達がいてほしかったんだよ」
「大丈夫だ、というか愛花が心配するのは違うと思うのだが」
「はいはい、どうせ蕾か流川先輩しか友達はいませんよ」
そのふたりの友達も私が変な選択をしていたら消えていた。
なにが彼女を変えたのかと考えていたけど、もしかしたら私の行動と言葉のせい、おかげ? なのかもしれない。
だってこの前なんて彼女の家に行くと言っただけで「何故そこまで変わったのだ」なんて言われてしまったし……。
「らいさん、いつも姉ちゃんといてくれてありがとう」
「あ、ああ」
「あと、俺達ならだいじょうぶだよ、学校ではちゃんと楽しくやれているから」
「そうなの? それならいいんだけど」
広木に対してはまだ誤解しているみたいだ。
大丈夫、広人も広木も彼女のことが大好きだ。
ああいう発言もちょっと素直になれないだけでしかない。
ただ、相手に向かって「期待外れだ」とか言うのはよくないけどね。
「それにあのときの答えが分かったよ、どうやったらなんて考える必要はなかった」
「あのとき……?」
「ほら、姉ちゃんに好きな子がいるかって聞いたことがあったでしょ?」
「ああ、ゆっくりでいいよって私は返したよね」
「うん、で、いまも言ったように分かったんだ」
どうやったらそういう意味で好きになれるのかを分かっているのか。
ふっ、私より大人だな、私なんてずっと考えても出てこないで終わっているのに。
触れたいというそれが恋心からきているのかすら分かっていない、本当に情けない話だった。
「ふつうに相手と会話をしながら過ごしているだけでよかったんだ」
「ほう、ということはいま好きな異性がいるのだな?」
「うん、姉ちゃんだけど」
いや、ちょーっと贔屓しているところはあったけど私はあくまで勉強を教えていたりしただけだ、それ以外の方法で姉面することができなかったからそういうことになる、うん。
でも、たかだかそれぐらいのことが相手にどう影響を与えるのかなんて分からないということ……だよね。
「はは、またベタなあれだな」
「いや、姉ちゃんのことがそういう意味で好きなんだ」
「な……」
「でも、姉ちゃんはらいさんが好きだということを知っているから」
蕾がばっとこちらを見てきたけど別に目を逸したりはしなかった。
それよりもだ、いまは私の気持ちなんかよりも広木にどう対応するのかが大切――ではなく、はっきりと言わなければならないか。
「蕾が好きかどうかは分からないけど広木、ごめん」
「らいさんがいなかったら絶対に俺が姉ちゃんを幸せにしたのに、ずるい!」
蕾が好きだと言われるよりよかった……のだろうか。
「いいんだ、俺は好きな人を困らせたりしない、急に消えて不安にさせたりもしないんだから。そこがらいさんとはちがうところだ、これからもなにかがあったら守るから安心してほしい」
「ありがとう」
「うん、でも、らいさんの全てが悪いわけじゃないからこっちも安心できるよ」
「そうだね、なんだかんだで優しい子だから」
「ただ、こうして変な顔をしているところを見るとちょっと不安になるけど」
急に色々なことが進めばこういう反応になってもなんらおかしくはない。
とりあえず固まってしまった蕾の意識をこちらに戻すことにする。
だけどどうしよう、触れるのもなんかいまは違うからどうすればいいのか。
「蕾」
「ふぅ、大丈夫だ」
「そっか」
いますぐにではなくていいからちゃんと答えを出したい。
なんというかそうすれば広木のためにもなる気がしたから。
だから一生懸命に向き合ってみようと決めたのだった。
「誘われていたのに本当によかったの?」
「ああ、お喋りがしたいわけではないからな」
「そっか、じゃあ一緒にやろう」
明日からテスト本番だから今日ぐらいは彼女とやるのもいいのかもしれなかった。
ちなみに今回のこれは私から別々にやろうと頼んだからまた再発してしまったとかそういうことではない。
苦手な教科もないからひとりでやっていたというのもあるし、アレをひとりで考えたかったというのもある。
まあでも、テストまでの短い時間では全くこれだという答えが出ることはなかったことになる。
「うぅ……」
目が疲れたし、頭の奥の方が痛くて集中し辛い。
私にしてはずっと机と向き合っていたから限界を超えたのかもしれない。
限界値が他人と比べて低いからねえ……。
「どうした?」
「ああ、ちょっとやりすぎて目が疲れただけだよ、邪魔してごめん」
「謝らなくていい、だが、休んでおいた方がいいと思うが」
「ちょっともう休憩させてもらうね」
ここは家というわけではないから寝転ぶわけにもいかず突っ伏した。
紙とペン先が擦れる音が聞こえる、もっと集中してみれば彼女の息遣いも。
逆効果になったのかな、普通に蕾とやっておけば適度にコントロールしてもらえて少なくとも頭が痛くなるようなことはなかったかもしれない。
ああ、私はこうして何回も選択ミスを繰り返して過ごしてきたのだ。
で、多分それが彼女的には受け入れられなかった、だから「愛花だけはありえないが」と切り捨てられてきた。
過去の私はそれをはいはいとかそっかとかそうやって終わらせてきたわけだけど、燃料を追加していたようなものだ。
「懐かしいな、小学生のときの夏休みを思い出す」
「ああ、あのときは珍しくこっちの方が早く宿題が終わっていたんだよね」
「そうだ、だけど私はやる気を保てるよう誰かにいてほしかった、そうして愛花に頼んだら嫌そうな顔をしながらも受け入れてくれたのだ」
「私、寝ていたけどね」
「はは、自分が悪いのは分かっているが呑気に寝やがって、そう言いたくなったよ」
うわ怖いな、私でも寝ている相手に対してそこまで言ったりはしない。
証拠はある、彼女が泊まった日に文句を言わなかったということだ。
それどころか奇麗とか口にしていたぐらいだから自分で言うのもあれだけど最高だろう。
「でも、あの日は嬉しかった、愛花がどんな形であれ受け入れてくれたのだから」
「でもさ、離れるようになったのはその後からだよね、私はそれまでになにか大きな失敗をしちゃっていたということだよね?」
「いや、私が中途半端なことを嫌ったからだ、誰か他の同性と仲良くするならそっちに集中しようと動いていただけで……」
いまのこれからも中途半端は嫌だということがよく伝わってくる。
良くも悪くも極端だということか、昔の私はちゃんと分かっていたのかな。
勝手に悪く考える、発言をする、誘われてもどうせとか言い訳をして受け入れないようにしていたから……。
「私だけは絶対にありえない発言はどこからきたの?」
「そ、そんな昔のことはもういいだろう」
「何回もそうして言われていなかったら私はもっと早く蕾に――」
「……変わったのか?」
変わったのかだって? なるほど、自由にされたからやり返そうということか。
でも、
「だって私が触りたいと思っちゃっている時点で違うでしょっ」
「お、落ち着け」
そのときにちゃんと言ってくれないと馬鹿だから分からないんだよ。
いまやられたって困る、そうでなくても頭が痛い状態なのに。
どういう顔をしているのかは突っ伏しているから分からないけど、怖くなって顔を上げられなくなってしまった。
「愛花、飲み物を買いに行かないか?」
「怖い……」
「大丈夫だ、だから顔を見せて――大丈夫だ」
初めて涙が出た、初めてそれを彼女に見られた。
ハンカチは持っているけど手を拭いてしまったから目には当てたくない。
ただ、腕ごしごし拭うのも痛くなるだけだからしたくなくて……。
「私が馬鹿だったよ、なにを偉そうにありえない判定を下しているのかという話だ」
「……いまは違うの?」
「違う」
私達に足りなかったのは話し合い、なのだろうか。
いま気づいても過去はもう変えられない、だけどいまからなら変えられる。
彼女がいてくれるのであれば私は……絶対に頑張れる。
「あーもう! これも蕾のせいなんだから!」
「ああ、それでいいから泣き止んでくれ、愛花が泣いているところを見たくない」
「え、この前見たいって言ったじゃん」
「いまので分かったのだ」
よかった、嬉々として泣き顔を見たがる子ではなくて。
さすがにそんな子が相手だと落ち着いて一緒にはいられない。
「分かるのが遅いよ……」
「はは、すまない」
しかもいい顔をしているし……。
自業自得とはいえなんかむかついたから抱きしめることで涙を拭いておいた。
「正面からの方がいいのだな」とか言っている彼女には少し呆れたのだった。
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