06話.[全く痛くないよ]

「フライパンか、最近引っ付くようになってきたから買おうかな」

「それは愛花の金でか?」

「うん、まあ調理をするのは好きだからいいかな」


 面倒くさく感じてしまうときがあっても許してほしい。

 その日の気分によって、体力次第によって分かりやすく変わってくるからだ。


「自分が楽になるし、それで美味しいご飯を作ることができるなら全く痛くないよ」

「すごいな、流石に私はそのために金を使いたくないが」

「まあ、そんなものでしょ、じゃあ買ってくるね」


 本当なら高いフライパンの方がいいのかもしれないけど結局大事なのはどう利用するか、どう管理するかということだと思う。

 言ってしまえ高ければいいというわけではないわけだ。


「って、当たり前のように寄り道をしているからまた広木に怒られちゃうよ」

「大丈夫だ」

「いや、なにを根拠に?」


 今日は家に来ないから彼女は聞かなくても済むけどこちらは怒られることになるのだ……って、さすがにこれは情けなさすぎる。

 だけどそれだけ心配をかけてしまっているということになるから大丈夫と言っても説得力がない。


「だって大好きな姉が自分のしたいことをしているのだぞ?」

「自分のしたいことをしているって、これも蕾に誘われたからなんだけど」

「だからそれがそうだろう、最近の愛花は私といたがっているからな」


 なにを勘違いしているのか、ただくだらない自分ルールを捨てただけでしかないというのに。

 それとね、この子は何故急にこんなに変わったのだろうか。

 まあでもどうせここでそういう風に見られるようになったのとか聞いたところでありえない判定をされて終わるだけだろう、だからずっと変わらない。


「正直、広木は怖いから家に来てほしいぐらいなのだが」

「じゃあご飯を作って食べた後に行くよ」


 それなら広木も文句はない……はず。

 いや、あくまで拘っているのは帰宅時間とご飯作りの時間だけだからそこを付き合っておけばなんとかなる。

 彼女に対してゆっくりできることをして返していくと決めているのだからこれぐらいはしなければならない。

 そこまで待つことになってもいいのであればこちらは構わなかった。


「き、貴様は何故ここまで変わったのだ?」

「え? いや、嫌なら嫌って言えばいいじゃん」


 変わったとかそういうことで話を逸らそうとするのはやめてほしい。

 回りくどいのは嫌いだ、ありえないとぶつけてきたときみたいに真っ直ぐに言葉を投げつければいい。

 それとも、普段抑えているものを抑えられなくなったからあのときははっきり言えただけなのだろうか。


「……昔ならありえなかった、誘っても別にいいとか口にして受け入れてくれなかったのにどうして……」

「昔の話はいいよ、後で行くからご飯とか食べて待ってて」

「あ、ああ、待っている」


 途中で別れてひとりで歩く。

 でも、やっぱりひとりの時間も好きだ。

 誰かといられなければ嫌だとか、つまらなくなってしまうとかそういうことは一切ない。


「ただいま」

「姉ちゃんおかえり!」


 可愛い弟め、わざわざ玄関まで来てくれるとか最高だな。

 可愛かったからわしゃわしゃ髪を撫でておいた、そうしたら「ぐしゃぐしゃになるからやめてくれ」とか乙女みたいなことを言っていた。


「そうだ、今日は広人に手伝ってもらおうかな」

「いいぞ! 広木は今日疲れたのかねているからな!」

「あ、そうなの? じゃあお願いね」


 なーんだ、寄り道をしても一応意識して早く帰ってきたのにこれでは意味がない、こともないか。

 お腹を空かせているはずの広人に食べさせてあげられるから悪くない。

 まあ、手伝おうとさせているけどそこは確認をしたいということで許してほしい。


「広木な、最近は学校でも楽しくなさそうなんだ」

「え、仲直りしたのに」


 想像していたものとは全く違った。

 そもそもどうやって過ごしているのかも大して知らない。

 いつもこうやって聞くようにしているけど、毎回毎回教えてくれるというわけではないから分からないことばかりだ。


「多分、あれで姉ちゃんがもっと好きになったからだと思う」

「それはありがたいけど、友達と仲良くやってほしいかな」


 そのうえで甘えてくれるのであれば大歓迎だ。

 ちょっとあれだけど姉面もできる、そうすれば満たされる。

 あとは色々な話をできて、触れられればもっといい。


「広人、学校ではなにもできないからお兄ちゃんとしてお願いね」

「うん、だけどこうして家にいるときは俺も姉ちゃんに甘えるって決めたんだ」

「え、広人は甘えてくれないでしょ、蕾と流川先輩がいればいいんでしょ」


 やだやだ、なんか嫉妬しているみたいで嫌だ。

 でも、それは事実なのだ。

 これまでだってたまたま同じ空間にいるときしか話しかけてこなかったのだから。


「前にも言っただろ、姉ちゃんとかがいてくれるうえでの話なんだ」

「ふーん、奇麗なお姉さんなら誰でもいいのかと思ったけど」


 そして短時間の間に繰り返していく。

 ふーんとか弟に言うことではない、小学生ならなおさらのことだと言える。

 恋愛経験がなさすぎるせいでこういうことになるのだろう、でも、仲のいい男の子もいないから卒業してもずっとこのまま……? それって大丈夫なのだろうか……。


「確かにらい姉もほまれ姉もきれいだよな」

「うん」

「でも、きれいならいいというわけじゃない、そうだろ?」

「まあ、そうだね、中身とかも含めて好きになるものだからね」


 って、広人がなんか大人の発言をしているけど……どうしたのか。

 あれか、年の離れた人よりも身近にいる異性の方がそういう意味で見やすいということか。

 毎日いられるというわけでもないし、そういう人と比べたら、ね。


「それに俺は早く部活をやりたいんだ」

「何部に入りたいの?」

「サッカー部! でも、広木は野球部に入りたいみたいなんだよな」

「あらら、見事に別れたね」

「だけどいいんだ、中学校でいっしょにいられなくても家に帰ればいっしょにいられるんだから」


 できた、あとテンションが上がっているいまだからこそ言うべきだ。


「広人、食べたら蕾の家に行ってくるからね」

「え? さっきまでだってらい姉といただろ、まだ足りないのかよ」

「蕾に頼まれてね、だけどよかったよ、広木に聞かれなく……て」


 ああ、一番いいタイミングで口にしたのにこうなるのか。

 それとも広人に騙されていたとか? 本当は寝ているというのは嘘で話を聞かせていたのかもしれない。


「それ、俺も行く」

「駄目だよ、遅い時間に出たら危ないでしょ?」

「それは姉ちゃんだよ、その点俺は男なんだから全く問題ない」


 こうなったらもう駄目だ、蕾には悪いけどこっちに来てもらおう。

 大丈夫、ちゃんと迎えに行く、多分そうすれば蕾も受け入れてくれる。

 その後は好きな時間まで付き合えばいい、そうしない内に弟ふたりは眠たくなるはずだから送るときはもっとやりやすくなる。


「いやいい、それならすぐに行くから家で待っていろ」

「それはできないよ、だって約束を破ったことになるんだから」

「気にしなくていい、それにどうせ迎えに行くつもりだったからな」


 いや、最近私に甘いのなにこれ……。

 変わったのは彼女の方だ、しかもそれは自覚していないと。

 まあいいかとはできないからやっぱり出ることにした。


「あ、すれ違いにならなくてよかった」

「はぁ、なにをしているのだ」

「これぐらいはね、あ、それともこのまま蕾の家に行っちゃう?」

「やめておいた方がいい、また広木に怒られるぞ」

「それね、出てくる前だって……はぁ」


 今度は自宅に向かって歩いているときに「今日は泊まるからな」と。

 正直、朝ご飯を作らなければならない身としては泊まるわけにはいかないからこれはありがたかった。

 ありがたかったから初めて横からがばっと抱きついてみたら彼女は足を止めた。


「怒らないでよ、同性同士ならこれぐらいのこと普通にするでしょ?」


 逆にいままでが触れなさすぎただけだ。

 んー、彼女に対しては初めてしたけどこんな感じなのか。

 相手のことが好きになったときに抱きしめたくなる気持ちも分かる気がする。


「……やっぱり――」

「待った待った、ごめん、だから行くのをやめるとか勘弁してください」

「違う、やっぱり私の家に来てほしくなったのだ」


 十八時になったら母は帰宅するから弟ふたりだけ、とはならない。

 ご飯も食べた、別に彼女の家でお風呂に入ることになっても構わない。

 でも、すぐに帰るから待っててと口にしたのに破ったりなんかしたら……。


「なんてな、このまま行くよ」

「そっか」

「愛花の家でもふたりでゆっくり話すことはできる、だから今日は夜更かしに付き合ってほしい」

「分かった、ありがとね」


 って、それには反応してくれないんかい。

 ま、いいか、今日もトラブルなく終えられそうだからそれで満足しておこう。




「まったく、貴様が寝てどうするのだ」


 布団を結構早めの時間に敷いていたのが逆効果となった。

 広木を落ち着かせてお風呂に入ってきたらもう寝てしまっていた。

 さすがの私でも起こすような意地悪なことはしない、が、文句も言いたくなるから先程からこんなことを繰り返している。


「あーあ、せっかくなにかが変わるかもしれなかったのに」


 珍しく蕾の方から『家に来てほしいぐらいだ』とか言ってくれたのにこれだ。

 そういうチャンスを潰して潰して潰して、それで結局変わらずに終わるところが容易に想像できてしまった。


「本当に奇麗だな」


 なんかもう根本的に違うという感じがする、中途半端な私が触れても壊れないそんな魅力がある。

 もし私が彼女のことを好きな人間だったのであれば、なにをしていたかな。

 寝ているのをいいことに頬に触れてみるとか? いや、髪を撫でるか。


「いま大丈夫?」

「はい」

「廊下に出てちょうだい、釆原さんを起こしてしまったら可哀想だわ」


 すごい能力を持っているとかそういうことではなく、このことを全て先輩に連絡したからこその発言だった。


「流川先輩、いまから来ませんか?」

「本気で誘っているの?」

「当たり前じゃないですか、決して蕾が寝てしまって暇だからとかじゃありませんからね?」


 本当にそれだけではない、最近は先輩とゆっくり話せていないから眠気がこないいま相手をしてもらいたかっただけだ。

 いつでも利用しようとするわけがない、信じられないということならそういうことにしていいから来てほしい。


「ふふ、今回も利用したいということね」

「いいじゃないですか、あなたが好きな蕾を見られるんですよ?」

「それなら迎えに来て」

「分かりました」


 弟ふたりはもう部屋に戻って静かになり始めているから出るのも楽だ。

 遠いわけではないからささっと迎えに行って帰ってこよう。

 それで今日はいてもらう、夜更かしにも付き合ってもらう。

 誘っておきながら寝てしまうという悪いことをした蕾へのソレは明日でいい。


「冗談よ、いまから行くから待っていなさい」

「あ、そういうのいいんで、自分の性別を考えてください」


 だけど暇だから通話状態のままにしてもらった。

 で、話しながら歩いているときに馬鹿なことをしていると分かった。

 先輩もじっとしていられない人だ、あんまり頭はよくないのかもしれない。


「馬鹿ですね」

「いきりなりね、そんなこと言ったらあなたもそうじゃない」

「私は違います、何故なら私を襲うような人間はいませんから」

「分からないじゃない、私に襲われるかもしれないし、釆原さんに襲われるかもしれないでしょ?」

「前者も後者もありえませんよ、性欲より睡眠欲優先なので」


 正直、三大欲求の中で性欲だけいらないと思う、生きていくうえで全く重要性がないからだ。

 とはいえ、誰かがやることをやってくれないとどんどん人口が減ってしまうのも事実なわけで、まあそこは興味がある人だけ頑張ってくれればいい。


「ただい――」

「ほう、まさか同性をお持ち帰りしてくるとはな」

「あ、起きたんだ、じゃあ蕾も夜更かししようよ」


 メンバーは多いほどいい、仮に誰かが寝てしまっても誰かが起きていれば続行可能だからだ。

 それにしてもなんでこの子は怒っているのだろうか、自分が寝たから私がいま動くことになったのにちょっと自分勝手がすぎる。

 あれも演技で試していたのだとしたら失敗したことになるけど、約束を破ってまですることではないだろうと言いたい。


「お邪魔します」

「すみません、愛花が迷惑をかけたみたいで」

「私も暇だったからいいのよ」


 嫉妬とかそういうことではなく先輩がいるならいいかなとか考えてしまった私はひとり広人達の部屋へ。


「って、駄目か……」


 まだ二十時前なのに寝てしまっているから相手もしてもらえない。

 蕾はともかく寝ているところを起こすのは悪いから大人しく部屋へと戻る。


「ああ、それで愛花は……」


 彼女は自分の家のように自由に歩けると知っているから違和感はない。

 先輩も同性だし、ここに入られたってなにも問題には繋がらない。

 でもね、もう休もうとしていたところにこれだから肩を落とすことになった。


「ええ、構ってほしくて仕方がないのよ」

「入浴まで終えている状態だったからついつい寝てしまったが、申し訳ないことをしてしまったことになるな」

「って、なんで私は頭を撫でられているの?」

「先程の仕返しだ」

「ああ、私が蕾を好きでいる状態ならこんなこともするかなと実行しただけだよ」


 頬を突くよりも相手が寝たままでいてくれそうだから。

 ただ、髪を撫でるよりも先程みたいにがばっと抱きついた方がいい気がした。

 好きならそうだ、と言うより、私ならというところか。


「あら、キスでは駄目なの? 普段はうるさくても寝ている状態なら釆原さんに対しても余裕だと思うけれど」

「うーん、私がキスしているところ想像できます?」

「できるわよ、寧ろあなたみたいな子が普段は無理だからって寝ているときにするものなのよ」


 いや、私が本気でするならそんなことは気にせずに堂々と真っ直ぐにやる、相手がたじたじになってしまうぐらいにはやってやるつもりだ。

 これまでは機会がないだけ、それでできていなかったというだけで、これからどうなるのかは分からない。


「ま、待て、うるさいとは誰のことだ?」

「たまたま釆原さんの名字が出てきただけであなたがうるさいわけではないわ」

「ほ、本当か? 私がうるさいと言われているようにしか聞こえなかったのだが」

「細かいことはいいじゃない。それよりここでもう寝させてもらうわ、話したいならあなた達はリビングに行ってちょうだい」

「「えぇ……」」


 呼んだのはこちらだから先輩が悪いということでもないか。

 仕方がないから蕾の手を掴んで部屋をあとにする。

 それであともう一段下りれば一階に到着するということで引っ張られて戻された。


「一階まであと一段だったんだけど……」

「何故流川先輩を呼んだのだ」

「だって寝ちゃったから、私だって蕾が起きてくれていたら呼ぶようなことはしていなかったよ」


 なにかが変わる変わらないはただの妄想だけど、普通に会話をすることができたのなら少なくとも悪い雰囲気になることはなかった。

 勢いだけでしか触れられないというわけでもないし、ふたりなのをいいことに手を繋いだりなんかもできたかもしれない。

 私としては安心したいからそうするものの、それができるのとできないのとでは全く変わってくるわけだ。


「客間で寝よう」

「いいよ」


 実は部屋より客間の方が広かったりもする。

 畳も落ち着く、布団を敷けば一緒に寝ることもできる。

 さすがにベッドにふたり寝転んで寝るわけにはいかないから助かった。


「多分、舞い上がりすぎて疲れてしまったのだろうな」

「いや、これまでも誘いを断っていたわけじゃないよね?」

「それとこれとは違う」

「えぇ」


 なにがどう違うのかを説明してほしかったけど目を閉じてしまったから電気を消して寝ることにした。

 距離も特に近くないからどこか物足りなくてつまらなかった。

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