05話.[いいんですかね]
十二月になった。
依然として広木とは仲直りができていないものの、蕾との時間は増えた。
まあでも本当に広人がいてくれてよかったと思う、あの子がいてくれているからまだなんとかなっている。
「はぁ」
だけどそろそろいい加減仲直りをしなければならない。
いまのままだと私が嫌だ、広木と一緒に勉強をしないと姉面もできないから満たされない。
変わったいまでもいまいち蕾のことを信じられていないというのも影響している。
「ぎゃっ!?」
……こうして転んでしまうのも考え事をする時間が増えているからだ。
こういうときだって可愛い声を出せないということにダメージを受ける。
まあ、こんなことで誰かの意識を惹きつけられるわけではないから別にいいと言えばいいけど……。
「大丈夫?」
「ありがとうございます……って、流川先輩って静かに現れますよね」
「だって観察しておかなければどう変化しているのかが分からないじゃない」
ひとつ言わせてもらう、それは観察なんてしなくていいということだ。
この前はついつい変わっているのかどうかを聞いた私だけど、終わった後にらしくないことに気づいて恥ずかしくなったから。
「広人君は来てくれるけれど広木君は相変わらず来てくれないわね」
「そうですね」
先輩の家に行こうとする度に誘っているけど届いていなかった。
家に蕾が来ることも増えたけど自分が言ったことを気にしているのか部屋から出てこない、相手をする側としては一番難しい時期なのかもしれなかった。
「でも、愛花さんが釆原さんといてくれるようになって嬉しいわ」
「あれ、いいんですかね」
「まだなにか気になるの? 相手から来てくれているのだから気にしなくていいの」
「そうなんですかねえ」
だって先輩にはっきりとぶつけられてから来る回数が増えたわけだし、自分の意思だけではない気がする。
舐められたままではいられない子でもあるからね、じゃあやってやりますよとなっているだけかもしれない。
「それで今日釆原さんはどうしたの?」
「女の子と遊びに行きました」
蕾と同じで奇麗な子だった、喋り方は先輩に似ている感じ。
まあ、類は友を呼ぶという言葉があるから違和感はない。
同じように同性が好き、なんて可能性もあるかもしれない。
いまあの子が誰かを好きではないのなら、好きになる前に積極的に動いてなんとかできるのであれば初めての彼女の誕生、なんて可能性もゼロではなかった。
「流川先輩の家に行っていいですか? ゲームの続きをやりたくて」
「構わないわ」
セーブデータを作らせてもらってゆっくりと進めていた。
仲間を増やして冒険していく内容だけど、あれみたいに自分の意思で残したり解放をしたりを現実でできればいいのにと考えるときがある。
でも、現実の場合は私がそうされる側なのだ。
こっちができるのは願うことぐらい、自分らしくできることをして期待しておくことぐらいで。
「私はね、恋をしている女の子が好きなの」
「え、私は一度も恋をしたことがないですよ?」
「見れば分かるわ、でも、そういう子だからもっといいんじゃない」
矛盾しているものの、ツッコむことはせずにゲームに集中をする。
とにかくレベル上げだ、ぎりぎりの戦いは好まないからボスをぼこぼこにできるぐらいのレベルにする、アイテムも気にせずにどんどん使っていくタイプだった。
これは二週目、三周目と何周でも遊べるシステムになっているらしいけど、一周だけで終わらせるつもりだからね。
「ああなるほど、だからやたらと私の近くに蕾をいさせようとするんですね」
「あ、分かった?」
「はい、私と違って恋をした回数が多いですからね」
「まあ、ゼロと比べたら一回でも二回でも多いということになるわね」
「ちなみに今回のあれは五回目です」
そして全部失敗に終わっている、好きになると途端に積極的に動けなくなる子だから無理もないのかもだけどなんかもったいない。
「よかったです、私に興味があるとかそういうことではなくて」
「申し訳ないけれどあなたはそれ以前の問題というか……」
「お互いに利用しているだけ、引きずらないいい関係ですよね」
私がいま先輩といる理由は
それ以上でもそれ以下でもない、蕾といるときより気持ち良く過ごせる。
言葉でぐさぐさ刺してくるところはたまに気になるけど、まあそこは利用させてもらっているということで片付けよう。
「っと、今日はこれぐらいにしておきます、ありがとうございました」
「ええ、気をつけなさい」
「はい」
チョコのお菓子を買ってから家へ。
制服から着替えてからにしたいけど部屋に戻るとやる気がなくなるからご飯作りをすぐに開始した。
相変わらず静かなリビングだ。
「広人? もうちょっとでできるから広木を――広木だったんだ」
一緒にご飯は食べているからずっと広木の顔を見られていないとかそういうことでもなかった。
でも、分かりやすく笑顔とかが減っていて正直いまの広木とはあまりいたくない。
「……いま帰ってきたの?」
「うん、流川先輩の家でゲームをやってきたんだよ」
「最近すぐに帰ってこないのって俺のせい?」
なんとなく彼氏と彼女の会話みたいだなとか考えた、関係が切れそうになっているときにこういう会話をしそう。
「違うよ、私が寄り道をしたいだけ」
「……俺、このままじゃいやだ」
「嫌だって言うけど、広木が避けてきていたんだよ?」
結局あれだって実行していないのだから。
くだらないとはっきりと切り捨てられて、そのうえで蕾からもやめろと言われたらどうしようもない。
ただ、誰かになにかを言われて変えないとか言っていた自分はもういなかったと言うよりも、弟大好き人間としてはそもそもできなかったことになる。
「だ、だから仲直りがしたい」
「はは、そうなんだ?」
「あっ、面白がっているでしょ!」
「違うよ」
これでもう仲直りできたようなものだから広人を呼びに行くことにした。
そうしたらベッドの上でお腹を出しながら寝ている広人が、その瞬間に嫌な予感がしてきて慌てて起こす。
「うわあ!? い、いきなりなんだよ!」
「ご飯ができたよ、どうせなら温かい状態で食べてほしい」
「はぁ、びっくりしたぁ……」
冬なのにちゃんとしてくれていなくてこっちがびっくりしているよ。
やっぱり広木の方がこういう点はよかった。
「でも、あんまりよくないよね?」
「ふむ、まあ確かに○○に比べて○○はいいとか言われたらなあ」
「私は大丈夫だけど広人と広木がそうかは分からないから気をつけないとね」
今回のことは口にはしていないから大丈夫とはならない、そういうことを考えていたらぽろっといつか口に出してしまうかもしれないからだ。
顔に出やすい人間性みたいだから少なくともそこだけはなんとかしたい。
「それより広木と仲直りできたみたいでよかったよ、これで私も『期待外れ』と言われなくて済む」
「気にしなくていいって」
「いや、流石にあれは気になるぞ……」
あからさまにしゅんとなってしまったから飲み物を奢るために教室から連れ出すことにした。
廊下に出た瞬間に今日先輩はまだ来ていないけどどうせどこかで見ているだろうなと内で呟く。
まあでも、いまの彼女は恋をしているわけではないのだから魅力半減……なのかもしれない。
だけど先輩も馬鹿だよな、だって自らそうならないように動いてしまったことになるわけだし。
「はい」
「ど、どういうつもりだ?」
「姉弟揃って迷惑をかけたから」
甘い飲み物も誰かといられているときに飲んだ方が美味し――関係ないか。
というか自分から縛る必要もなく読書の時間は自然となくなっていた。
なにかをしようとする前に蕾が来るし、クラスメイトと話すことも増えたから。
「ところで気になる同性はまだ見つからないの?」
「そんなにすぐには見つからないぞ」
「ふーん」
今度こそ恋をしているときの蕾をちゃんと見ようとしているのに本人がこれだから困る。
いやほら、ちゃんと見ていればこっちにだってできることがあるかもしれないからそういう機会があってほしいのだ。
迷惑をかけてきてしまったわけだし? 一応私なりにね。
「まだ離れてほしいと思っているのか?」
「流川先輩が言っていたけど恋をしているときの蕾が好きなんだって」
「仮に流川先輩がそうでも他人に影響されて恋はしたくないな」
だけど駄目だな、彼女は頑固だからきっとそんな機会はやってこない。
むしろ彼女の方が誰かに頼まれて協力しそうなぐらいの感じだった。
つまらない、やっと自然といられるようになったらこれかと。
それとも今回も私にだけは大事なことを言えないというやつなのだろうか?
「戻るね」
「はぁ、連れて行っておきながらひとりで帰ろうとするな」
私には言えなくても広人とか広木に言ってくれたり……もないか。
「そうだ愛花、この前たまたま寄った店に愛花が欲しそうな物があったのだ」
「本? それともぬいぐるみ?」
「石だ」
「え、私、石なんて好きじゃないけど……」
パワーストーンとかなんちゃらとかに頼るような人間でもない。
そうか、弱いところからそういうのが必要な人間だと判断したのか。
「広木にそっくりだったのだっ」
「え、なんでそんなにハイテンション……」
「愛花は広木大好き人間だろう? 今日連れて行ってやるから見て判断してくれ」
で、なんか断るのも違うから放課後に行くことにした。
買えとは言われていないのだから付き合っておくだけでいい。
それにしても広木に似ている石って大丈夫なのだろうか、呪われていないかと言いたくなる。
「で、これ?」
「ああ」
凸凹なだけで広木らしさは微塵もなし。
そうか、私達のせいでそれだけ精神的に疲れさせてしまったということか。
となれば長居している場合ではない、早く連れ帰って休ませないといけない。
「さ、休んで」
「な、何故私は寝させられているのだ……」
「精神的に疲れたからあんなのが広木に見えちゃったんでしょ? だけどそうなった原因は私にもあるんだからせめてこれぐらいはって感じかな」
大丈夫、こっちなら何時間でも付き合ってあげられる。
もちろん帰れと言われたら帰るから問題ない、どちらにしてもある程度のところで帰路に就かなければならないのだから。
いやあ、それにしても蕾がここまで影響を受けるとは思わなかった。
なんと言われても「平気だ」と口にして耐えてしまえる強さがあると思っていたけど、実際のところは無理をしていただけなのかもしれない。
「無理かもしれないけど早く元気になって、いつも通りの蕾がいいんだよ」
彼女は不敵な笑みを浮かべているぐらいが丁度いい。
けど、頑張って耐えていたというだけなら無理をしなくていい。
ちゃんと言ってほしかった、好きな人ができたとかそういう大事な情報はこれからも教えてくれなくていいからそれぐらいはね。
「……愛花も変わったな」
「変わった? 私はいままでの私と同じだよ」
「そうか、ならその変わっていないらしい愛花に頼みがあるのだが」
「うん、できることならするけど」
掃除は得意だ、とはいえ、彼女の部屋は特に汚れていないからそれで役立てそうはない。
「起きるまでいてくれ、あ、そこに布団があるからちゃんと掛けてな」
「分かった」
「もちろん起きたら付き合う、またふたりに会いたいからな」
「うん、じゃあいまは休んで」
読書趣味が役立つときがきた、本を読んで起きるまで待つことにしよう。
部屋は暗いけどスマホのライトで照らせばなんとかなる。
本はやっぱりいいな、読んでいるとひとりでもひとりではない感じがするから。
でも、本当はあんまりよくない、仲直りしてからは広木がもっとくっついてくるようになってしまったからだ。
少しでも帰宅時間が遅くなると「俺のせい?」とか悲しそうな顔で聞いてくるから怖い。
「あっ」
部屋から出て応答ボタンを押すと「姉ちゃんどこにいるんだ?」と広人の声が聞こえてきてほっとした。
まさかこんなときがくるとはね、弟というのは可愛くもあり怖い存在達だ。
「姉ちゃん?」
「あ、蕾の家にいるんだよ、あんまり遅くならないようにするから待ってて」
「腹が減ったんだ、早く帰ってきてくれ」
「蕾も連れて行くからもうちょっと待ってて」
「姉ちゃん、本当にらい姉と――うわっ、なにするんだ広木!」
耳がっ、はぁ、部屋から出ておいてよかった、もぞもぞ動いていたらそれだけで起こしてしまうかもしれないから本当に。
けど今回ばかりはその方がよかったのかもしれないとこれから聞こえてくるであろう声に……。
「姉ちゃん、すぐに帰ってこられないなら俺が作るけど」
「待ってっ、それだけは駄目っ、すぐに帰るから!」
「分かった、じゃあ待ってる」
部屋に戻って申し訳ないけど起こそうとしたときのこと、蕾自身が既に起きていてこちらを見ていた。
「小学生とはいえもうすぐ卒業というところまできているのだぞ? 少しは信用してやってもいいのではないか?」
「あれは私がやらなければならないことだから」
「ふっ、そうか、それなら行こう」
はぁ、まあこれでよかったのだ。
自分が決めたことを守るためには仕方がないことだった。
「しかし、愛花があんなに必死になるなんてな、まるで彼氏に脅されている彼女のような迫力だったぞ」
「……言わないでよ、私だって似合わないことをしたと思っているんだから」
「そんなに広木に逆らえないのか? なんというかそれなら不健全な姉弟だな」
「違うって……」
くっそう、もう少し冷静に対応するべきだったと後悔してももう遅い。
なんかにやにやしているし、なにかを言おうものなら笑われることだろう。
広木も意地悪だ、絶対にまだあの件のことを根に持っている。
「私に対してもあれぐらい必死になってほしいものだが」
「出会ったばかりの流川先輩に期待するのは違うかな、それに恋をしている蕾を見るのが好きなだけで多分自分の相手としては……」
「わざと言っているだろう」
とにかく家に着いたら謝罪をしてからご飯作りを始めた。
で、やっぱり広木はくっついてくるんだよなあ。
「これは姉ちゃんのためでもあるんだ、ご飯作りができるようになれば楽をさせてあげられるから」
「でも、これは私がやらなければいけないことだから」
「寄り道が多いのはこれがいやだからなんじゃないの?」
ぐっ、なかなか痛いところを突いてくる。
弟が相手だから強気にも出られない、じゃあもういいよと終わらせることもできないことを分かっているのだ。
蕾や先輩なんかよりもよっぽど手強いぜ、いつの間にこんなに強くなったのだ私の可愛い弟は。
「違う違う、最近はよく蕾に誘われるというだけだよ」
「ふーん、らいさんはまた昔みたいにしてなにがしたいんだろうね」
分からない、蕾のことなんてほどんど分からない。
先輩からああ言われたことも影響しているだろうけど、その前に「愛花を返してください」とか言っていたからそれが全てというわけではないだろう。
「こ、言葉に棘を感じるな、広木は私が嫌いなのか?」
「この前言ったことは謝る、ごめん。でも、姉ちゃんの側にちゃんといてくれる人じゃないといやなんだよ俺」
「大丈夫だ、私はもう二度と離れたりはしない」
「正直に言うと信じられない、でも、……これからどうなるのかなんて分からないから見て判断する」
「ああ、それでいいから愛花の側にいることを許してくれ」
先輩の目的が恋をしている蕾を見ることだったように、蕾の目的も広人か広木と仲良くするためだったりとか……ないよなあ。
この子は同性が好きなのだ、これから変わることはあるかもしれないけど少なくともいまはそうだと言える。
「姉ちゃん、らいさんを連れてきてもいいからすぐに帰ってきてほしいんだけど」
「広木はもう少しぐらい姉離れをしないとな」
「なんで? 俺は姉ちゃんといたいんだからふつうのことしか言ってないよ?」
「や、やっぱり広木は私が嫌いなのだな……」
あーあ、なんか弱くなってしまった。
まあ、このことも後で謝罪をすることにして、とりあえずはできたご飯を食べてもらうために運んだのだった。
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