04話.[見ることはない]
「らいさん」
……兄や弟はいないというのに男の声が聞こえてきて目を開けると目の前に広木がいた。
双子とはいえ、髪型や声音の違いで間違えることはない、が、どうしてここにいるのかという話だ。
「……どうした、家出か?」
「似たようなものだ」
冗談で言ったつもりがそのような返しをされて言葉に詰まる。
まあ、愛花がひとりで来るよりは違和感はないからすぐに落ち着けた。
とりあえずしたいことを済ませてからリビングに移動する。
いいことではないみたいだから温かい飲み物も用意した。
「愛花が広人を優先するようになった?」
「……うん、昨日から変わったんだ」
あのとき手を繋いで歩いていたのも広人だったが、だけどそれはあくまで広人しかいなかったからだ。
弟ふたり、もしくは片方といるときは姉として振る舞おうとする存在だからそれも違和感はない。
多分、広人になにかを言われて変えたのだと思う。
「で、文句を言ったら広人と喧嘩することになったと?」
「……あと姉ちゃんも広人の味方をするから」
これまで優先されていたからこそか、だから急に片方を優先するようになって不安になってしまったのかもしれない。
だが、結局そこにあるのは姉が好きだということなのが面白い。
「でも、俺も悪いって分かっているんだ、最近はらいさんを連れてきてって何回も言って困らせているから」
「ああ、それは愛花から聞いた」
面倒くさくなったと呟いていたことも知っている。
ただあのときは私のせいでと言われてなんでと答えてしまったが、そういう理由からだったみたいだ。
肝心なところだけ教えてくれないからこういうことが多くなる。
「最初は消えたり来たりするらいさんはいやだった、でも、この前の人を見てからやっぱりらいさんの方が姉ちゃんを支えられるって分かったんだ」
「ん? あくまでそれは友達としてだろう?」
「ちがう」
首を振られてもどうしようもない。
愛花関連のそういう話はなるべくしたくなかった。
だって意味がない、どうにもならないのだからするだけ無駄だ。
「違うと言われても困るぞ、私がそういう意味で愛花を見ることはない」
「じゃあ他の人に取られてもいいのか?」
「愛花がその相手のことを好きなら、相手もちゃんと愛花のことを好きならいいではないか」
「はぁ、やっぱりらいさんは期待外れだ」
はっ、なかなか好き放題に言ってくれるものだ。
広木はそのまま出ていき、いつも通りひとりに……。
「あれ、広木は帰っちまったのか?」
ではない、広木を家に入れた父がいる。
鍵を持っているわけではないのに、父がいないのに入っていたとしたら流石に私でも怖くなる。
「ああ、私は期待外れの人間みたいだ」
「ははっ、小学生は残酷だ」
楽しい話題でもないのに父はいつものように笑っていた。
気を使われるとどうしようもなくなるからこれぐらいでいいのかもしれない、どころか、助けられたのかもしれない。
流石に自由に言われてなんにも感じない人間ではないからだ。
「でも、仕方がないよな」
「仕方がない?」
「だって愛花は友達だが別に蕾は好きじゃないだろ? それに友達だからっていつでもなんでも動けるわけじゃない」
「まあ、そうだな」
「だからいいんだよ、気にするな蕾」
父は「今度広木に会ったら持ち上げてやる」などと呟きながら出ていった。
ちなみに今日も普通に学校があるから困らないように準備を始める。
考えるのは学校に着いてからでも十分間に合う、早く登校してしまおう。
「「あ」」
久しぶりに一緒に登校をすることになった。
早めに出たのが悪かったか、これも知っていたのになにをしているのか。
一緒に登校するとはいっても特に会話というものはない、この前の飲食店にいるときと同じだ。
頼んでも届かない、だからいつからか言うのをやめていたのにこの前も失敗をしたことになる。
「あ、広木がごめん、なんか朝からお邪魔したみたいで」
「私は期待外れらしいぞ」
「蕾は自分のしたいようにしているだけなんだから気にしなくていいよ」
そうだ、私は自分がしたいことを優先して生きている。
まあ、なにもおかしなことではない、それがみんなないなら生きているとは言えないだろう。
「他人からの言葉で簡単に変えていたらそんなの自分の人生とは言えない、ま、私みたいに分かりやすく迷惑をかけている状態で変えないなら屑だけどね」
「愛花」
「そうじゃないと言ってほしくて口にしたわけじゃないよ、私はそういう考えで生きているだけだから。だからまあ友達とかと自由に楽しくやってよ、流川先輩と仲良くしておくのもいいと思うよ」
「だが、あの人は愛花を優先するだろう? それを邪魔していいのか?」
「いいよ、正直私はあの人を利用してしまっているだけだからね」
で、結局ひとりで別行動を始めるのか。
別にこれも面白いことではないのだがなんか笑えてきてひとりで笑ったのだった。
「広人、広木は?」
「まだねてる、というかもういいだろ」
「そういうわけにはいかないでしょ、ちゃんと学校に登校させないといけないんだからさ」
朝も夜も私が親代わりみたいなものでもあるのだ。
まあ、その割には寄り道とかをしていて説得力がないのかもしれないけど、あくまでそういうつもりでいる。
「俺が連れて行くからだいじょうぶだよ、だから姉ちゃんは自分のことをしてくれ」
「じゃあ頼んだからね」
「任せておけ、俺の方が兄貴なんだからよゆうだよ」
家を出る時間も私の方が早いというのはそれはもう上手くできていないことの証明だった。
もし出る直前になにかがあって焦って登校した結果○○みたいなことになったらどうすればいいのだろうか。
でも、同じタイミングで出ようと言っても早いから嫌だと言われて届かない。
高校生の友達すらいないのになにかがあったときに頼れる小学生の友達なんかいるわけがない、つまり外に出てしまえばもうなにも分からないわけだ。
ふたりが中学生だったらもう少しぐらい不安になることだってなくなるけど、まだもう少しの間は六年生のままだから意味がない。
「大丈夫だ」
だって私と違って友達といるのだと分かっているし、なにより元気だ、余計な心配はいらない。
自分のようにはなっていないというだけで安心できる、だからそれでいいのだ。
こちらがなにかをしようとすればそれをきっかけになにかが悪くなる、となれば、あまり干渉しすぎないのがいい。
蕾に対して決めたことを弟ふたりにまでと変えてしまえばね。
「でも、同じ家で過ごしているのに近づかないというのは……」
ちなみに広人は依然として自分から部屋に来ることはない。
リビングにいたときなんかは先程みたいに話しかけてくるものの、ちょっと前までの広木とは違う。
相手が来てくれる限りは相手をするというルールだけど、どうなるのかな。
「なにそれ?」
「えっ? ああ、流川先輩いたんですか」
なにか考えていると周りが見えなくなるのは私も同じこと、振り返ってみれば今日も真顔の先輩がいた。
ただそれも当たり前だ、だってひとりでにやにやしていたら普通に怖い。
さすがの私でもえっ、となって距離を作る、そもそも顔を見ること自体が怖いのだから当たり前と言えば当たり前だけど。
「いいから答えて」
「見ての通りですよ」
「最近のではないわよね?」
「ちょっ、流川先輩も触り方がいやらしいんですけど」
「なにを言っているの? ふざけないでちょうだい」
つ、冷た、冬の気温よりも冷たい気がした。
この前の蕾に対するあれも冗談みたいなものだったけど、蕾と違ってこっちは流してくれないみたいだ。
「ふーん、そういうことをしてしまうのね」
「昔の私は、ですけどね」
「馬鹿ね、そんなことをしても釆原さんは振り向いてくれないというのに」
「いや別に蕾に振り向いてもらうためにしたわけではないですから」
たまたま、事故で手を切ったのがきっかけだった。
それからなんで腕に……、まあ、馬鹿だけどそうなったのだ。
そして何度も言うようにあれは力をくれたことになる。
「いいえ、そもそもそんなことをしてもしなくても振り向いてもらえないわよね」
「そうなんですよ、私だけは絶対ない発言をされているので」
意味がないと分かりつつもそのことを三晩ぐらい考えたことがあった、残念ながらこれだという答えが出てきたりはしなかったけど。
「どうして?」
「さあ……」
私は蕾というわけではないから分からない。
常識がないとかそんな駄目な人間ではないのにこれだからまあもう根本的なところから無理ということなのだろう。
とはいえ、あの子が好きになった子は特殊な子というわけではなかった。
恋している少女しか好きになれないとか蕾特有の面倒くさいやつなのだろうか。
「タイプが違うということなのかしら」
「うーん」
「よし、変えてもらえるように頑張りましょう」
「はい、はい? あ、それは無理ですよ、私から近づかないと決めているので、破ったら読書禁止の罰ですからね」
この先輩も先輩ですぐに変なことを言い始める。
自分の理想通りに行動してくれる人はいないみたいだ、って、当然だけど。
私中心の世界だったら嫌だよ、なんか小さな行動ひとつでも問題になりそうだ。
それだったらいまみたいに約八十億の中のひとりぐらいでいい。
「それは誰が決めたの?」
「私……ですけど」
だから誰かに言われてはいそうですかと言うことを聞くわけがない、だけど調子に乗らないように自分でルールを作らなければならない。
「それならそんなの捨ててしまいなさい、くだらないわ」
「わ、私が相手だと厳しくないですか? 一応後輩が相手なんですから――」
「嫌よ、私ははっきり言うようにしているもの」
仮にそう決めていたとしても他人にはっきり言うのは疲れるだろうから、この先も似たようなことが多くなるからやめておいた方がいいと口にしたら「言い訳をしないで頑張りなさい」と言葉ではたき落とされてしまった。
「流川先輩、私は――」
「流川先輩、愛花を返してください、私がいてあげないと駄目なんです」
やっぱり駄目か、私の言葉では届かない。
先輩と仲良くしておけと言ったのにまだこちらのことに拘っている。
表面上だけだとしても嫌だ、どうせもう少ししたら離れてしまうというのにこういうときだけ友達面は……。
「あなた、敬語になると違和感がすごいわね」
「それなら普通に話させてもらうが、愛花は返してほしい」
「けれどあなたは平気で彼女の前から去るわよね? 短いときは一週間、長いときは一年間、そんなことをされたら私でも不安になってしまうわ」
え、なんでこの人はこんなに細かく知っているのか。
ずっと見ていたとか? まあ、一年生とはいってももう冬だから先輩であるこの人が見ることは不可能ではない。
「二度とそんなことはしない」
「でも、あなたはそっちもこっちも同時にやることは無理よ、それができていなかったから大高さんはこんな考え方をするようになってしまったんじゃない」
「え? だから別に蕾に影響されて変えているわけではないんですけど」
「同性を好きになってしまうというのも問題よね、だって仲良くしたいときに他の同性の大高さんと仲良くしていたら上手くいかないじゃない」
き、聞いてねえ、あと、朝から悪い雰囲気になってしまっているではないか。
これだと一日楽しく過ごせない、いま傷跡を見てもひえとなるだけで意味がない。
「……愛花に集中すればいいのか?」
「なんのために? まさか私を納得させるために集中するの?」
「ならどうすればいいのだ……」
そもそもこっちが彼女と仲良くしたがっているというソレが間違っている。
先輩が彼女に興味があると言うのならそれは仲良くしてくれればいい。
それを見て嫉妬なんかしないし、そこで自分の中にある気持ちを自覚したりなんかしないから。
「いきなり現れてなんだこいつと文句を言いたくなったのかもしれないけれど、いまのあなたに愛花さんは返せないわ。行きましょ」
「って、私の意思は……」
「どうせ学校には行かなければならないじゃない、早く」
この人絶対に同性に興味あるわ、だって触り方が蕾と一緒だもん。
しかもすぐに触れてしまうしね、いまだって手を握って先を歩いている。
自由に動けている彼女に八つ当たり……とか? そういうのがゼロというわけではないと思う。
「嫌な人間だったかしら……」
はあ? やってからそんなことを言うなよ!
もうどうにもならないことだから学校まで逆に手を引っ張って運んでおいた。
出た! 教師特有のすぐに誰かと組ませるやつ!
だが、このクラスで普通に話せる人間なんて蕾ぐらいしかいない、しかも自分が決めたルールもあってどうしようもない。
それでも余ると教師とやる羽目になる、だったらっ、
「蕾――」
「釆原さん、一緒にやろうよ」
例え読書禁止になったとしてもいまを乗り越えられればいいと考えていた自分の作戦は動こうとする前に終わった。
ふっ、まあいいさ、教師とやったって死ぬわけではないのだから。
「ははは……」
「なんだその変な顔は」
「は? って、なにやってんの?」
「いいから組もう、冬だからしっかり準備体操をしておかなければ危険だぞ」
え、いやさっき確かに誘われていたのになにをしているのか。
「ふっ、相変わらず愛花は体が硬いな」
「痛い痛い痛い! 力を込めすぎ!」
私でも声が大きくなるときというのはある、ちゃんと叱るときとか、こういう意地悪をされたときだ。
これは間違いなくむかついているから来たのだ、合法的に物理ダメージを与えるために誘われたのを断ってここに来た。
「これぐらいは許せ、それぐらい愛花は酷いことをしてくれたのだからな」
「いや、私だって蕾のせいで広木と微妙なんだけど」
「それは極端だからだろう? 広人と広木、両方上手く相手をしてやれ、と貴様のせいで広木から『期待外れ』扱いされた人間は言わせてもらう」
「え、そんなこと言ったの? それは本当にごめん」
「私はこの前この話をしたのだが――ま、まあいい、貴様がこれからもちゃんと付き合ってくれるのであれば許す」
広木もなにをしているのか、そのせいで余計に悪い方に変わってしまっている。
あと先輩もくだらないとかはっきり言いすぎだ、私なりに相手のことを考えているのに全否定かとツッコミたくなる。
「ねえ蕾、自分から近づかないというルールを作ったんだけど流川先輩から『くだらないから捨てなさい』と言われたんだ」
「流川先輩に対して自分からは近づかないようにしていたのか?」
「いや、蕾に対してだよ」
「そんなことをするな馬鹿、流川先輩の言う通りにしろ」
「……でも、どうせ私は絶対ないわけですし」
どうせあなたは消えるでしょう? 消えないでちゃんと友達としてもやってくれるのであれば私だってこんな風にルールを作らない。
私も悪いけど彼女が悪いことでもある、あたかも自分は全くの無関係ですみたいな態度と発言はやめてほしかった。
「私のことが好きなのか? ではなく、振り向いてほしいのか?」
「違う、でも、どうせ本命を見つけたら消えてしまうわけでしょ?」
「言っただろう、もう二度とそんなことはしないと」
この際だから邪魔をしたくないこととかも全て話しておいた。
準備体操の時間は終わったから会話続行は無理だけど、多分この感じだと次の休み時間とかお昼休みに話すことになると思う。
「うぇ、寒い中体育とか最悪……」
「そうか、最悪か」
「……いまのは聞こえなかったことにできませんか?」
「まあいい、いまからは頑張ってくれ」
面倒くさい教師ではなくてよかった、これがもし男子教師だったとしたらと考えるとそれだけで震える。
本当に男子教師のいい人とは縁がないから助かった。
はぁ、だけど今日は終わってからもあれだなあ。
逃げることはできないかなどと考えて、すぐに無理だという答えが出たのだった。
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