03話.[教えてくれない]

「はぁ、広木が面倒くさくなった……」


 毎日蕾と仲良くしろ仲良くしろと言ってきてうるさい。

 勉強は依然としてちゃんとやってくれているものの、すぐに終わらせるかわりにそれが始まる。

 勉強をしていると姉みたいにできていて嬉しいのに、だけどあのままだと嬉しさよりも……。


「それに上階を歩く作戦も大してよくないし……」


 後輩が歩いていると逆に目立つのか三人ぐらいの同性の先輩から話しかけられた。

 しかも悪いのが大高という名字を知られていたということ、なんでだ。

 先輩が教えるような存在にも見えないけどな。


「なにひとりでぶつぶつ言っているのだ?」

「あれから蕾のせいで広木が面倒くさくなったんだよ」

「えっ、な、なんで私のせいになるのだ……」

「嘘だよ、なんでもない」


 やっぱり私は教室でゆっくりしているのが一番だと分かった。

 蕾もそんなに来ないし、先輩だって同じようなものだから。

 私らしく集中をして放課後になったら帰ればいい。


「待て、ひとりにはさせないぞ」

「蕾、今日って暇?」

「特に予定はないが」

「それなら今日は寄り道をして帰ろうよ、なんかお肉が食べたくなったから」


 いまは広木が来てくれるのもありがたくはなかった。

 家に連れて行こうものなら余計に酷くなるからこれでいい。

 それとたまにはたくさん食べて発散をしたい。

 お菓子とか甘い物よりはそっち系を好むというだけの話だ。


「分かった、誘ったからにはちゃんと守ってくれよ?」

「そっちもね、いきなり無理とかそういうことになったら泣くから」


 誘った分、ダメージを受けることになる。

 弱いから仕方がない、……これを自覚できているだけマシなのだろうか?

 いやでも、弱いから仕方がないとなんでもそうやって片付けてしまうようになったら困る。


「泣き顔の愛花は見たことがないから見てみたくなったな」

「やめて、そう簡単には見せないよ」


 まあ、自分から誘っておきながらやっぱりなし、なんてことにする人間ではない。

 私なりの集中をして放課後まで過ごして、放課後になったら久しぶりに自分から蕾の席に近づいた。


「ん」

「ゆ、指を差していないでちゃんと言葉にしてほしいが」

「ん!」

「わ、分かった分かった、それではな」


 正直に言って彼女の友達がいるところでは話したくなかった。

 これまた過去に馬鹿にされたとかそういうことでもないのにどうしてだろうか。

 蕾と話せたら嬉しくて露骨に声音が変わるというわけでもないし、上手く言葉が出てこなくなるとかでもないのに謎だ。


「って、これだと結局守れてないじゃん」

「え、約束を守っているからこそ一緒にいるのだろう?」

「今日のじゃない、前の話」


 でも、今日はもう一緒に行動してしまっているから次から気をつけよう。

 次は誘うとしても先輩だ、それか広人ならもっといい。

 家族というだけでやりやすさが違う、先輩のことも気に入っているから呼んでと頼まれてもそう難しい話ではない。


「いらっしゃいませ」

「二名でお願いします」


 お肉と言えばここ! というお店が近くにあるから余計なことで時間を消費してしまうということはない。

 面倒くさい絡み方をされるのは決まっているからたくさん食べて体力を回復させておかなければならないのだ。

 どうすれば直るか、それは分かっているけど……。


「愛花とここに来たのは久しぶりだ」

「そりゃまあね」


 積極的に外食には行かないし、そもそも蕾とは全くいられていなかったから。

 ひとりの方が楽でいいと考えていたのは本当のことだけど、自分の中の一部は本命に振り向いてもらうために頑張っている彼女の邪魔をしたくないと考えていた。

 ただね、どうしてか彼女が好きになった人はどこかで他の人を好きになって離れていく――というか元から好きな人がいる人を好きになってしまっているだけなのだろうか?


「私はこれにする、いつものように任せてもいい?」

「ああ、さて、どれにするか……」


 そうしない内に彼女も決めてまとめて注文をしてくれた。

 ドリンクバーとかそういうもったいないのは頼まないから水を飲んで過ごす。

 料理が運ばれてくるまでの間、特に会話はなかった。


「愛花」

「しっ」


 先輩が友達とこのタイミングで入店してきた、先程みたいに指を差したら彼女も見えたのか頷く。

 別に悪いことではないけど、知り合いが同じお店の中にいるというのはなんだか落ち着かない。


「お待たせしました」


 料理が早めにきてくれたことだけがいい点だと言える。

 早く食べて退店することにしよう。

 それに早めに解散にするというのは彼女にとってもいいことだから文句を言ってくることもないはずだ。


「落ち着け、そんなに急いだらもったいないだろう?」

「巻き込んでおいてあれだけどこれは蕾のためでもあるんだよ」

「私のことを考えてくれるのであればゆっくり食事をしてほしい、それで話し相手になってほしいのだが」

「……分かったよ」


 ここから見えない場所に案内されたからいいか。

 ドリンクバーの機械のところからは見えるかもしれないものの、何故かそれも問題ないと片付けられる、だってそういうの頼まなさそうだから。


「それと今日はこのまま家に行かせてもらうからな」

「え」

「私は言うことを聞いたのだが」


 これには降参ポーズ。

 結局、本人が来ない限りは直らないから今回のこれに期待するしかなかった。




「昨日、気づいていたのに逃げたわよね」

「なんの話ですか?」


 意味もないと知っているのについ癖で躱そうとしてしまった、蕾ではなく先輩なら強めに対応したって問題はなかったというのに。

 だってなにが目的で来ているのかすら分からない人って怖いから、だから早めに本当のところを出して終わらせるべきだったのだ。


「とぼけても無駄よ、あなた達がいたからあそこに入店したんだもの」

「そうなんですか」

「まあ、美味しかったけれど」

「あそこはいいお店ですよ、なにか発散したいときは特に」


 値段もそこそこの量を食べられる割には安価だと思う。

 ただ、ひとりでではなく誰かと入りたいお店だった。

 食事に集中してしまえばなんてことはない話なんだけどね。


「あの、今度からは蕾ではなく流川先輩に付き合ってもらうのでお願いします」

「それなら気づかなかったふりはやめなさい、そうしたらちゃんと付き合ってあげるから」

「はい、すみませんでした」


 蕾を使うことになるぐらいならこれでいい、もちろん先輩にも自由に使ってくれればいいと言っておいた。

 さすがに利用するだけの屑ではないのだ、そんな人間だったら堂々と弟ふたりに接することができなくなるから気をつけなければならない。


「ところで、どうして釆原さんでは駄目なの?」

「これまで何度も邪魔をしてきてしまったからです、足を引っ張りたくないので蕾離れをしなければな、と」

「なるほどね」


 物理的な距離ではなく精神的な距離を作るつもりでいる。

 これからも表面上だけは変わらない、来てくれる限りは相手をさせてもらう。

 だけど誘うことはもう二度とない、破ったらどうしようか……。

 死ぬなんて迷惑をかけるだけだからできないし、また切ってもどうにもならない。

 なにか分かりやすい罰とはなんだろうか――あ、読書禁止でいいか。

 本が読めなくなるのは嫌だけど破りましたからのまあいいやで済ませていたらなんにも成長しないから。


「あと、たまに広人を連れて行くかもしれません、流川先輩のことを気に入っていていつも名前を出してくるので」

「ふふ、広人君と広木君なら大歓迎よ」

「あれ、私の名前がないですね?」

「だってあなたは私を利用してきているでしょ? 一応年上が相手なのによくできるわよね」


 いま離れられると困るから嫌なら離れてくださいなんて口にはしない。

 というか面倒くさい人間だとはもう自己紹介済みだ、それだというのに先輩は来ているのだから自業自得ということになる。


「年上が相手だからですよ、なんにも知らないからできるんです」

「じゃあ釆原さんのことは知りすぎてしまっているのね」

「いえ、知っているようでなんにも知らないんですよ」


 大事な話はなにも教えてくれない、けど、それも被害者面するつもりはない。

 誰に話すかなんて自由だから、私相手には話したくなかったというだけのことだからだ。

 大体、言われてもそっかとかしか言えないし、未経験女が偉そうにアドバイスをしていたら笑いたくなるからそれでいい。


「今回はこれで失礼します」

「ああ、分かったわ」


 すぐに動いてくれないことで今回はこうなってしまっている。

 恋愛脳の彼女がなにをしているのか、何度振られてきても諦めなかった彼女らしくない選択だ。


「なんだ、どうせなら流川先輩とも喋りたかったのだが」

「喋ってくればいいよ」


 邪魔はしないよ、少なくとも半年ぐらいは自分が決めたことを守らないとね。

 自分から近づかないということはいつもやってきた、じゃあ簡単だよね。


「待て」

「うん」


 ペットの気持ちは分からないけどペットになった気分になってくる。

 待てと言われたら待って、行くぞと言われたら移動を開始して。

 まあでも、ちゃんと指示してくれるというのはありがたいことだ。

 参加させておきながら放置とかそういうのが一番怠い、しかも自分で考えて帰ろうものなら言葉でボコボコにされる。


「ここ、破けているぞ」

「結構使用したから限界がきたのかもね、教えてくれてありがとう」

「気づけば教えるさ、気づいているのになにも言わない人間にはなりたくない」


 だけど鼻毛が出ていたりとかしたら私は言えない。

 昨日みたいにん! とは言うかもしれないけど直接指摘するのは無理だった。


「蕾のそういうところす――本当にありがたいよ」

「おい、どうしていま好きだと言うのをやめた?」

「勘違いされても困るから」


 最初から最後まで私はタイプではないから意味のない話だと言える。

 だけど口が滑ってしまったからそういうことにして終わらせたかった。

 なんで普段は全く言わないのにいまになって出てしまったのか分からない。

 とりあえず本命となる存在がいないから? え、私ってそんな乙女属性だったのだろうか。


「愛花のそれは友達としての好きだろう? そもそも私は――」

「予鈴だね、戻ろう」


 そう、本人が直接言ってきたから分かっている。

 この子の相手として選ばれることはどこかで間違えない限りありえなかった。




「暇ですね」

「ええ、テスト期間になるとここも混むのだけれど」


 図書室は連日静かだった。

 小中学生時代の図書室はもう少しぐらい賑やかだったと思うけどここは全くそうとはならない。


「でも、勉強が捗りますね、教えてくれてありがとうございます」

「いえ、あなたが付き合ってくれているだけでありがたいわ」


 都合が悪くなったときになんとかしてもらえるように行動しているだけだ。

 全ては自分のため、勉強をちゃっかり教えてもらっているところからも分かることだろう。


「最近はどうですか、つまらなさそうに見えますか?」

「そうね、最初に見たときよりはマシになっているわ」


 別に学校生活が、人生がつまらないと感じている人間ではない、もし前につまらないとか言っていたとしたらそれは私がアホというだけで終わる話だった。

 まあでも一番問題なのはそういうことに気づかず過去の自分みたいに他人に迷惑をかけてしまうことだから気づけているだけ先輩が言うようにマシだと思う。


「そろそろ終わりにしましょうか、鍵を閉めて帰りましょう」

「分かりました」


 外で待っているとすぐに先輩がやって来て歩き始めた。

 冬だから寒い、でも、こんな寒さでもみんな元気だ、特に運動部系に所属している人達は尊敬する。


「そういえば上階を歩いていたら色々な人に話しかけられたんです、違うとは思いますが私の話とかしていませんよね?」

「ああ、それなら多分私の友達よ」

「なんでそんなことを……」

「嫌そうな顔をしつつも相手をしてくれる不思議な子だからよ」


 嫌そうな顔か、これでは相手をしてもまるで意味がない。

 だけど無自覚に出ているそれを意識して変えられるようにも思えない。

 いい点は先輩ならまだマシだということだろうか、そうでもなければあそこで休ませてもらったりはしない。


「でも、釆原さんにだけは違うのよね? 自分から相手のことを考えて距離を作ろうとするぐらいだから」

「なにか勘違いしているのかもしれませんけど私と蕾の間にはなにもありませんよ」


 本命がいないときだけ来るだけ、たまたまいまはいなくて来ているところを何度も目撃しているからそういう考えになる。

 ただまあ仕方がないことでもある、何故なら先輩は私達のことをなにも知らないからだ。

 昔を知らないならいまを見て判断するしかない、そして友達みたいな感じではいられているからそう言いたくなる気持ちも分かるわけで。


「簡単に言ってしまえば足を引っ張ってしまった人間と足を引っ張られてしまった人間というだけです」

「だからって全てがそうというわけではないでしょう?」

「さあ、それは蕾に聞いてもらわないと」


 勉強を教えてもらったことへ再度お礼を言ってから別れた。

 前の方に蕾が立っていたから別道から家を目指す。

 ……いまだけ友達、親友みたいに来られるのは嫌だ。


「姉ちゃん!」

「その声は広人か、広木はどうしたの?」


 いつもなら仲良くふたりで帰ってくるところなのに喧嘩でもしてしまったのだろうかと不安になり始める。


「む、姉ちゃんって分かりやすく広木を優先するよな」

「ごめんごめん、それでどうしたの?」

「どうしたのって姉ちゃんの背中が見えたから追ってきただけだよ」

「広人って一応私に興味があるんだ」

「はあ?」


 なんでもないと口にして手を握って歩き始めた、意外にもこれにも文句を言ってこないから嫌っているわけではないみたい。


「広人は蕾と流川先輩がいてくれればいいんだと思っていたよ」

「確かにいてほしいけど、あくまでそれは親と姉ちゃんと広木がいてくれないと意味がない話なんだよ」

「そっか」


 ひとりでも問題なくいられたのはふたりの存在が影響している。

 家に帰れば可愛げのある存在がいるとなればやる気も出る。

 これからはもうちょっとだけ意識して広人ともいようと決めた。

 単純だから仕方がない、そういう言葉だけで力を貰えてしまう。


「俺も姉ちゃんのことは……好きだ」

「ありがとう、生きる力になるよ」

「えっ、死にそうになっていたのか!?」

「違う違う、別にそんなに弱い人間じゃないよ」


 なんて、弱い証拠が袖を捲ればあるんだけど。

 だけどあの頃は本当に血を見るとほっとしたんだよね。

 薄長袖の件は嘘ではなかったから苦ではなかったし、血が出ていなくてもひとりになったときにそれを見られたらやる気が出ていたから。


「いや、愛花は弱い人間だ」

「あ、らい姉!」

「ああ、邪魔をして悪いな」

「気にするな! 先に帰っているからゆっくり話していいぞ!」


 ああ、せっかく手を繋いで歩いていたのに。


「何故逃げた、いや今日だけではない、何故最近は変なことばかり言ってくるのだ」

「蕾がいたなんて知らなかったんだよ、視力が二あるわけじゃないんだから」

「嘘をつくな、見えたから別道から――」

「あれ、別道から帰っているのになんで広人は……」

「ちゃ、ちゃんと聞いてほしいのだが……」


 もっと前々から私のことを発見していたということだろうか。

 それならまだいいんだけど、いつもと違う道で帰るのはやめてほしい。

 小学生なら決められた道があるのだ、だけど本人が変なところから帰ろうとするとなにかがあったときに発見が遅れてしまう。


「はぁ、愛花は変わらないな」

「そりゃそうだよ」

「開き直るな!」


 別に私のことが好きというわけでもないのになにを必死になっているのか。

 でも、本命に対してしなよと言おうとしてやめた。

 どうせまた「誰だっていいわけではないのだ」とか言われて終わるだけだから。

 だからまあ逃げたことだけは謝罪をしておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る