02話.[利用されている]
「これ、ここでいいんですか?」
「ええ、そこに置いてくれればいいわ」
残念ながら離れるということはできなかった、それどころか蕾がしてきたみたいに利用されている。
でも、こういうのも付き合っておけば敵対視されることはないからいい。
それに本は好きだから図書室にいられるのは悪くない。
いつもはなんか静かすぎて過ごしづらい場所だけど、今日ははっきりとした目的があるからだ。
「よし、これで最後ね」
「終わりなら帰ります、お疲れ様でし――まだなにか?」
「少し付き合ってちょうだい、お礼がしたいの」
「……分かりました」
まあ結局のところ年上が相手とかだと強気には出られないという弱さがある。
情けない、本当に弟ふたりが学校にいなくてよかった。
もし見られていたら笑われるどころか冷たい目で見られていただろうし、相手もしてくれなくなっていたと思うから。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
紅茶は美味しいけど他のことで駄目になる。
何故私は先輩の家にいるのか、これならまだ蕾の家に行った方がマシだ。
でも、蕾は昨日のことが影響しているのか今日は来なかった。
新しい子を見つけていつものアレが始まっただけなのか、単純に行かないようにしたのかは分からない。
寂しくないな、だけどなんかそれが寂しい。
小さい頃から一緒にいるのにこんな程度かと、いままでなにをしてきたのかと自分に言いたくなる。
それとも小さいの頃の私は無自覚に蕾の足を引っ張ってきてしまっていたのだろうか? 中学生後半から積極的に動きだしたのもそれが影響なんじゃ……。
「おーい?」
「あ、なんですか?」
「いえ、難しい顔で黙ってしまったものだから気になったのよ」
「ごめんなさい、ちょっと考え事をしていたんです」
そうか、それなら蕾がああやってたまに来たってなにも悪くない。
自分は利用しておいて利用……というか来られた瞬間に被害者面なんておかしい。
これも終わってから気づくなんて本当に情けない話だ。
だけど謝罪をするチャンスすら貰えなかったらどうすればいいのだろうか。
ああ、こういうときだけは広人や広木みたいに行動できればいいのにと思う。
「今日は少し本調子ではないみたいね、少し休む?」
「って、流川先輩は私のことを知らないじゃないですか」
「ふふ、そうね、だけど本調子じゃないときぐらいは見れば分かるわよ」
「じゃあ少し休ませてもらってもいいですか?」
「ええ、それじゃあこっちに来て」
いまはひとりになるより誰かといたかった。
なにも知らない先輩だからいい、距離が近くないからやりやすい。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
なんか恥ずかしい、まあでも、明日ちゃんと蕾に謝ろう。
蕾に謝ったらその後は廊下とかで適当に過ごせばいい。
切り替えは結構上手くできるつもりだから明後日には持ち込まないで済む。
自己満足の謝罪だけでもさせてもらえれば私はそれで十分だ、それからひとりでも全く構わない。
「ひとつ言っておくと私は面倒くさいですよ?」
「急ね」
「昨日の時点で分かったでしょうけどね、とにかく来るならそのことをしっかり忘れないでください」
「分かったわ」
ただ私は相手の顔を見るのが怖いだけだと気づいた。
黙られるのも怖い、一緒にいるときに泣き顔とかマイナス方向の顔をされるのが嫌なのだ。
ただ、呆れさせることはできても笑わせることはできないからどうしようもない、こういうときだって違う方を向くだけで精一杯だった。
「釆原さんを呼びましょうか」
「え、連絡先を交換しているんですか?」
「ええ、あなたが」
「ああ……、じゃあ呼びますよ」
学校よりいいか、いまなら勢いで謝ることができる。
怖いと言っても全く見られないわけではないから大丈夫だ。
それで呼んでからそうしない内に蕾が、来なかった。
「あ、ごめんなさい、釆原さんは私の家を知らないわよね」
「た、確かに」
「ふむ、もう一回電話をかけてくれる?」
「分かりました」
今回も普通に反応をしてくれて「もしもし?」と。
「愛花、私はどうすればいいのだ?」
「あ、それよりも先に聞いてほしいことがあって」
「どうした?」
「昨日は……というか、これまでごめん」
謝罪はできたけどどうすればここに来てもらえるだろうか、学校からここまで特に目印になるような公園とかもなかった。
彼女の家で待ってもらって私が行けば確実だけど、またここまで戻るのはちょっと嫌だ。
恥ずかしいとかではなく単純にめ、面倒くさいから避けたい。
「え? な、なんで急に……」
「あ、私がほら、蕾の邪魔をしてしまっていたから」
「そんなことは――」
「あ、ちょっと待ってて」
もうここからは先輩に任せて再度反対を向いた。
言い逃げはずるいけど体力を使ってしまったから仕方がないと片付けてほしい。
「はぁ、やっと着いた」
「お疲れ様、いま飲み物を用意するわ」
「ありがとうございます、でも、どうして愛花が流川先輩の家にいるんですか?」
「大高さんはお仕事を手伝ってくれたの、だからそのお礼がしたくて来てもらったことになるわね」
紅茶だけではなく先程だけで色々気づけたからありがたい話だ。
今日は多分気持ち良く寝ることができる。
あ、だけど広木に付き合ってあげられなかったことだけは問題かもしれない。
まあでもあのまま育ってくれたら絶対に私みたいにはならない、友達だって恋人だって全く問題なくできることだろう。
「ここにいたのか……って、調子が悪いのか?」
「さっきも言ったけどごめん」
「謝罪をするならこちらを見て言ってほしいが」
「……意地悪しないでよ、怖かったんだから」
「怖い? 私のことはよく知っているのだから怖くなんてないだろう?」
諦めて彼女の方を向いてみると物凄く近いところにいて頬をぎゅっと掴まれた。
「はは、おかしな顔だ」
「……そういうにょは気ににゃる女にょ子にしにゃよ」
「はははっ、そういうのは気になる女の子にしなよ、か」
あ、これはもう見つけたときの顔だ。
このタイミングで謝罪をしておいてよかったとしか思えなかった。
「姉ちゃん起きて」
「……休日なんだから友達と遊んできなー」
早起きできるのはいいことだけどこっちを巻き込むのはやめてほしい。
私ならひとりで大丈夫だ、ご飯も作れるからいつ起きたって問題にはならない。
仮に寝ている間にふたりが遊びにいってしまったとしてもふたりなら大丈夫だ。
「下に女の人が来ているんだけど」
「そういう言い方をするということは蕾じゃないのか」
顔を出す前にまず最低限必要なことをする。
それから鏡の前で無根拠に大丈夫だと呟いてからリビングへと移動。
「おはよう、弟さんがいるのね」
「おはようございます、そういうことになりますね」
広人はここにいたのか、そのうえで先輩から頭を撫でられていると。
年上の異性だったら誰でもいいのかもしれない、もっと撫でてほしいという顔をしている。
今回広木は付いてこなかった、広木は年上の異性が苦手なのかもしれない。
「蕾に用があるなら案内しますよ」
「あら、どうしてすぐに釆原さんのことが出てくるの?」
「え、だって知り合いですよね?」
「あなたと同じぐらい知らないわ」
それならどうして私は知られていたのだろうか。
美少女というわけでもなく陽キャというわけでもない、ただただ静かに毎日過ごしているだけだというのに。
まるで分からない、分からないということも怖いということを知る。
「あなたがつまらなさそうだったからよ」
「え、まさかそういう駄目な人間を消して世界をいい方へ変えていこうとしているんですか?」
「なにを言っているの?」
「あ、え、いや……」
しまった、広人もいるのにこういう会話をするのは不味い。
「姉ちゃんは学校がつまらないのか?」
「広人はどうなの?」
蕾がいたら「質問に質問で返すな」と言われているところだけどいまはいないから気にする必要はない。
とにかく逸らして逸らして、危ない状態から変えていく。
幸い、広人はこっちにあまり興味を抱いていないからすぐに終わるはずだった。
こういうときに大切なのはちゃんと答えることだ、なにも言わずに逃げてしまったら余計に状況は悪くなる。
「楽しいよ、困っても広木がいてくれるしな」
「いい関係だね、でも、ちゃんと友達とも過ごしてよ?」
「大丈夫! 男子だけじゃなくて女子とも過ごせているから安心してくれ!」
「広人がちゃんとできていてよかった、姉ちゃんはそれだけで十分だよ」
姉ちゃんみたいにはなってくれるな!
さて、こちらをにこにこ笑みを浮かべて見てきている先輩はどうしようか。
遊びに行ってくれればいいとか言ったけど正直、ちゃんと目の届く場所にいてほしいという考えもあるのだ。
「そうだ、いまから流川先輩の家に行ってもいいですか? あ、広人と広木も一緒なんですけど」
「私はいいわよ? あ、広人君はゲーム、好き?」
「好きだ! でも、友達の家でしかやったことがない」
ゲームか、やっぱり興味を持つよな。
ただ広人は両親の前でだけはわがままを言わないようにしているからそれが届くこともない。
「それならいまから行きましょう」
「行く! ほまれ姉はらい姉と同じぐらいいい人だ!」
「釆原さんと仲がいいのね」
「昔から姉ちゃんの友達だからな!」
先に先輩の家に行ってもらうことにした。
広木もなんて言ってしまったけどちゃんと聞いてからにしなければならない。
「広木、入るよ――って、ベッドで寝なよ」
床で寝ていたら風邪を引いてしまうと、これから外に出させようとしている姉はそんなことを考えた。
まあでもそういう小さな変なことで風邪を引いてしまったら辛い思いを味わうのは広木だからちゃんと言った方がいい。
姉面をしたいというのもあるんだけど……。
「……広人は?」
「流川先輩の家に行ったよ、私も行くから広木も来てよ」
「最後まで付き合ってくれる?」
「そりゃあね、だから行こ」
「分かった」
自分から言っておいてやっぱりなしとはできなかったからありがたい。
今回協力してくれたお礼としてこれからも勉強を教えさせてもらおう。
あれがなくなってしまったら学校でなにかがあったとしても情報を把握することができなくなってしまうから駄目だ。
「この前はあんなことを言ったけど、いざ実際にそういう人が現れると上手く対応できなくなる」
「まあ、初対面の人が相手ならそんなものでしょ、みんながみんな上手くできるならもっと違う世界になっていただろうね」
表面上だけは上手くやれてしまう自分なんて嫌だけどね。
失敗を重ねるぐらいでいい、そればかりを期待しているというわけではないからそう悪い方には傾かない。
結局、翌日にまで持ち込むような人間ではないからこうなるのかもしれないけど。
「でも、男の人よりはいい、姉ちゃんは断れなさそうだから」
「え、私が?」
「うん」
広木は面白いことを言うのが得意なようだ。
嘘ではなくちゃんと本当のことで相手を笑わせられるのであればそれはいい能力だと言える。
「あと、やっぱりらいさんがいい、らいさんが姉ちゃんの近くにいてくれた方が安心できる」
「蕾は恋をいっぱいする子だからね」
「姉ちゃんが振り向かせればいいんだよ」
いやいや、なんでそうなるのか。
本当に相手をしてもらえなくて嫉妬してひとりでいいとか言っていたわけではないんだよ。
もうこれ以上は邪魔をしたくない、だからそんなことにはしない。
広木には悪いけど仲良く一緒に過ごせるようなことはなかった。
「愛花を見なかったか?」
「まな、あ、大高さん? いや、今日はすぐに教室から出ていっちゃうから分からないかな」
「そうか、教えてくれてありがとう」
別に珍しいことではないがいきなり謝罪をしてきた後にこれだから違和感を感じてしまったのだ。
どうかひとりではなく先輩といてほしいと思う。
「あ、釆原さん」
「あぁ……」
まあ、あまり人といたがらない愛花のことだからこうだと思っていたよ。
ただ、この人もこの人で謎だ。
学年が違うということは教室がある階も違うというのに、また、何故彼女に近づいているのかという話だ。
気に入らないとかそういうことではないが、適当にはしてほしくない。
「え?」
「いえ、愛花がどこにいるのか知りませんか?」
「え、釆原さんは大高さんと同じクラスでしょう?」
気づいたときにはもういなかったのだから仕方がない……とはならないか。
本当に気になっているのであれば目を離すべきではなかった。
クラスメイトだってすぐに出ていくと分かっていたぐらいなのに私は馬鹿だ。
こういうことが増えているからこそ愛花はああいう態度でいる……はずで。
「はは、やっぱりそういうつもりで動いているんだ」
「どこにいたのだ?」
「ちょっと上の階を歩いていたの、その方が話しかけられる可能性も低いから」
彼女は横にいた先輩に挨拶をしてから再度こちらを見てきた。
あくまでいつも通りにそこにいるだけ、離れようともしない。
だが、彼女はそうやってある程度対応をすることで相手に敵視されないようにしていることを知っているので特に嬉しくはなかった。
「そろそろ戻るわ」
「はい、これからも蕾のことをお願いします」
「ええ」
先輩が去った後でも離れることはしない彼女になにも言えなかった。
自由に行動していたのに彼女にだけ求めるわけにもいかない。
でも、勝手なことは分かっているが友達のつもりだから一緒にいたい。
しばらくは動かないと言ったのは本当のことだから。
「そういえば広木が面白いことを言っていたよ」
「面白いこと?」
広人からこの前先輩の家でゲームをして遊んだと教えてもらったからもしかしたら広木の方も気に入ったのかもしれない。
面倒見が良さそうなのは見れば分かるからその可能性が高そうだ。
「『やっぱりらいさんがいい』だってさ」
「広人が言ってくれたのであれば分かるが広木が言ってくれたのは意外だな」
「男の子だから年上の異性というやつに弱いんでしょ」
なるほど、これはそれだけではないな。
長年一緒にいるからそれぐらいは分かる、なにか隠すときの笑みは決まって同じだからそうなる。
「あ、流川先輩のことは狙わないから安心してよ、というか私が恋をしないということを蕾も知っているでしょ?」
「はは、まだなにも言っていないが」
あのとき合わせて分かったと言ったことを既に後悔していた。
何度も言うが同性なら誰でもいいというわけではないのだ、それだというのに彼女はもうそのつもりだと判断してこんなことを口にしている。
だけどあそこで合わせておかなければそれはそれで問題になっていたことだろう、だからああいう話題になった時点で詰んでいたのかもしれない。
「敵視されるのは嫌だから、仲良くするのは無理でもね」
「ま、待て、何故仲良くすることが無理なのだ?」
「え? はは、蕾はわざとそういうことを言うことが多いよね」
同じクラスだというのに今度はひとりで歩いていってしまった。
手強い、ただ、小学生の頃はもっと明るかったとかそういうこともない。
彼女はあくまで彼女らしく存在しているだけ、だからなにを言っても届かないことになる。
どうすればいい、どうすれば普通レベルぐらいには戻せるのだろうか。
「あ、大高さんが戻ってきたよ」
「ああ、ありがとう」
「え、お礼なんかいいよ」
そもそも明るかったら自分で自分を傷つけるようなことはしない。
他の人以上に一緒にいなければ不安になってしまうということか。
「大高さんって不思議な子だよね、人を嫌っているように見えて話しかければ普通に相手をしてくれるし、笑ってくれるんだからさ」
「ああ、愛花はそういう人間なのだ」
「うん、私はそれに驚いたな」
愛花のことをなにも知らないのによく話しかけられたものだ、それとも、なにも知らないからこそできることなのか? 先輩が近づいてきたのもたまたま目撃したというだけで見た目とかそういうことしか分からなかったからなのかもしれない。
「でも、釆原さんがいてくれるからいいよね」
「私か?」
「うん、だって大高さんはあなたが相手のとき嫌そうな顔をしないから」
彼女は少しだけ困ったような笑みを浮かべてから「大高さんは一瞬だけ嫌そうな顔をしてから合わせてくれるからさ」と。
はは、ばれているぞ愛花、流石に完璧に隠すのは無理か。
だが彼女も間違っている、私が相手のときの方が露骨に嫌そうな顔をしてくるということを分かっていない。
まあでも「そんなことないよ」と言われそうだったからそうかとだけ口にしておいたのだった。
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