第八章 カメラオタク捕まる

翌日、かわのやを華岡が訪ねてきた。ちょうどその時、杉ちゃんと水穂さんはロビーで本を読んだりしていたところだった。

「どうしたんですか?また何か困ったことでもありましたか?」

水穂さんがそうきくと、

「いや、昨日色々と調べてみたんだが、やっぱり水穂が言うことが、ビンゴだった。高見沢美代子の家は、都内でも有名な家で、彼女が東京大学に合格したときは、帝国ホテルのワンフロアを貸し切って、祝の晩餐会を開いたこともあったそうだ。それくらい裕福な家だったらしい。」

華岡は興奮していった。

「はあそうなんだね。じゃあ、美代子さんの家は、旧華族とか、そういうことかな?」

と、杉ちゃんが言うと

「いや、そういう家庭ではなかったようだ。彼女の祖父は、大変貧しい生活をしていたようだが、野菜の販売を始めて、八百屋を開業し、そこから食料品店を始めて、現在は都内の数十箇所に店を構えているほど、有力なチェーン店の社長になっているそうだ。その二代目として、高見沢家の次男である、つまり美代子にとっては父親が継いだ。その美代子の父親は、養老渓谷の近くに新しい店を建てる事を計画していたようだ。」

と、華岡は話し始めた。

「そうですか。店を建てるのに、反対した住民などもいなかったんですか?」

水穂さんがそうきくと、

「いや、この辺りは、たしかに自然があって、のんびりした場所であることは間違いないが、それ以外何もない過疎地域だ。だから新店舗ができることを、住民はむしろ歓迎していたらしい。それにここに住んでいるのは、年寄ばかり。小湊鐵道で五井駅に行くにも、不自由な人が多いから、買い物に行くには、難しい人が多い。だから養老渓谷に、店を作るのに、反対した住民はいなかったようだよ。」

と、華岡は言った。

「なるほど。確かに、ここは限界集落に近いところもあるからねえ。都心からはすぐにアクセスできる場所ではあるけれど、そのせいか、ここですみたいという人は、いないからな。余計に、都会から近い分、都会に憧れてしまうのではないかな。」

と、杉ちゃんがそういった。

「そういうところだし、店を作ってくれた人が、救世主の様に見えても仕方ありませね。こんなところで、店を作っても、客足が見込めるかどうかがもう題ですが。確かに地元の人達に取っては新しい店ができるのは、嬉しいことかもしれないです。」

水穂さんが杉ちゃんのあとに続いた。

「それでは、そうやって、地元住民にありがたく見えることをして、高見沢美代子さんが不祥事をやらかしたのを隠しておけということにしたのか。権力者のやりそうなことだ。あのカメラオタクの女が宮川博を殺害し、その家族が、彼女のことを他言するなと、渓谷中の住民に言いふらしていたわけか。」

「そうだねえ。まあ、権力者がやりそうというか、住民は多分、店を作って、自分たちの生活を便利にしようとしてくれるという、高見沢家に借りがあったから、反抗できなかったとしても仕方ないと言えるかもしれない。昔みたいに、村の有力者などがいるような時代では無いからね。それで、美代子の不祥事を隠すことができうたのか。」

華岡が、杉ちゃんの話を受け止めていった。

「よし、それなら高見沢美代子を任意で引っ張ろう。これをしでかした高見沢家の人間にも、話を聞く必要があるな。ようし、よかったよかった。これで事件も解決だ。ああ良かった。これで、俺達警察も、捜査が下手だと言われなくて済む。」

「華岡さん、何でも事件をスピードで解決すればいいというわけではありませんよ。どんなに時間がかかってもいいから、真実を突き止めるのが警察だと言われているじゃありませんか。」

水穂さんが急いでそう言うと、

「いや、現実の警察は、一個の事件に、何時間も関わっていられるほど暇じゃないんだよ。」

と、華岡は言った。

「テレビドラマみたいに、かっこいいセリフが言えるような組織じゃありません。警察は。じゃあ、俺、高見沢を任意で引っ張れるように、話してみるわ。」

そう言って、華岡が椅子から立ち上がると、スマートフォンがなった。

「はいはいもしもし。ああ、華岡だ。ああそうか。うん、わかったよ。すぐそっちへ行くから。よし、今日の一時から、取り調べを開始しよう!」

華岡はそう言葉をかわして電話を切った。

「大成功だぜ!たった今、高見沢美代子が出頭してきたそうだ。とりあえず指紋を採取して、一時から取り調べを開始する。これで事件も解決だ!」

「華岡さん事件が解決したからと言って、おお喜びするのはやめたほうがいいですよ。華岡さんにとっては良いことかもしれませんが、決して喜ばしいことではありませんから。」

喜んでいる華岡に、水穂さんが言った。確かにそのとおりだ。華岡たちの喜ぶことと、一般社会で喜ばれることは、ちょっと違うものである。

「とりあえず署へ戻る。高見沢美代子から、事情を聞いて、すぐ事件を解決させるんだ。ららららん!」

終いには、歌まで歌いながら、パトカーに戻っていく華岡を、杉ちゃんたちは呆れた顔をして見ていた。

「しっかし、華岡さんも笑えるな。あの女性が、素直に供述すると思う?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「多分、すぐに答えは出てこないと思います。」

と、水穂さんは言った。二人は、そうだねえと言い合って、大きなため息を着いた。

ところが。

「ねえちょっと、これ見てよ。この女性、ここにも何回か来てたわよね。」

と、かわのやの仲居の一人が見た新聞には、養老渓谷で発生した殺人事件の犯人を逮捕したという記事が載っていた。それには美代子さんの顔もでかでかと載っている。これを仲居さんたちは、回し読みした。それを偶然廊下を通ってきた、杉ちゃんに耳ざとく知られてしまった。

「で、美代子さんは、取り調べには、ちゃんと応じているみたいだったか?」

杉ちゃんが仲居の一人の聞くと、

「ええ、素直に認めているようですよ。まあ、してしまったことはしてしまったことですけど、ここにショッピングモールができるっていう楽しみもなくなっちゃうかな。あたしたちは、買い物ができるから、楽しみにしていたのにい。」

と仲居さんは、わざとらしく答えた。つまり華岡たちが調べていたことは、確かだなと言うことがわかった。やっぱりここに人たちは、店ができることを、楽しみにしていたことは疑いないのだろう。

「しかし、本当に素直に取り調べに応じているのかな?あの女性が、どのような経緯で宮川さんを殺害に至ったのか。そこがはっきりしていませんし。」

杉ちゃんがそう言うと別の仲居が、

「ネットのニュースで見たんですけど、何でも生きがいがなくて、繭子さんと親しくなってから、繭子さんをなんとかしてあげたいと思うようになったんですって。なんだか、犯罪をする人は、変なところにこだわってしまうものね。」

と、杉ちゃんに言った。

「なにか精神障害とか、そういうものがあったのかなあ。最近よく話題になるじゃないか。やたら感じすぎて、自分のことばっかり考えちまうやつ。」

「そうですねえ。でも、そういう人が、誰でも変なふうになるのかなあ?だってあの女性は、少なくとも東京大学へ行けるほど、頭の良かった女性ですから、簡単におかしくなってしまうものかしら?」

初めの仲居が言った。確かに、昭和の初めの頃は、東大に行けば大成功間違いなしといわれていたが、現在はもう変わりつつあるというか、変わってしまっている。

「まあそうだけどねえ。そういう頭の良いやつだからこそ、変なふうに考えちまうこともあると思う。それに、そういうやつだと、僕らには、大したことではなくても、重大なことになることもあるよ。それが身分の高いやつの特徴みたいなもんだろう?なんでも、機械とか人任せだから、小さなことが気になっちまうんだよ。他の犯罪者でもそういうやつがいるじゃないか。だから、おかしくなることだって十分あるぜ。」

杉ちゃんはすぐ反論した。

「そうかあ。でも、具体的に、高見沢美代子さんだっけ。あの女性は、何を悩んでいたのかしら。あたしたちが知っているのは、彼女はカメラがすごく好きで、養老の滝とか散々写真をとっていたことしか知らないのよねえ。」

仲居の一人がそういった。

「そうねえ。他の人にも相性がよくて、いつもにこにこしていたし、なにか悩んでいることがあるとは、思わなかったなあ。」

別の仲居もそういうことを言った。

「いやあ、偉いやつは、きっと些細なことをすごい重大な感じで悩んでいたと思うよ。まあ、あのカメラオタクも、なにかなやんでいたんじゃないのかなあ。それで、宮川を、殺害することを、善行をしていると思い込んでしまったんだ。そういうことだねえ。」

杉ちゃんがでかい声でそう言うと、

「そうかあ、なんだかちょっと怖いわ。」

「そんな事考えてもいなかったわよ。」

仲居二人は、そう言いながら、急いで別の部屋に入ってしまった。確かに他人だから、そういうことが言えるのだと思う。当事者であれば絶対そんなことは言えない。

事件の容疑者として、高見沢美代子が捕まったことは、新聞だけではなく、テレビでも報道されたり、インターネットでも配信されたり、雑誌でも報道されてしまった。そういうふうに、一つのニュースがあれば、一心不乱にそのニュースに飛びついてしまうのが日本の報道というものだ。どこか他のメディアでは、取り上げないでいてほしいのに、一斉に、そのニュースを報道してしまう。

「あーあ、結局、あの高見沢さんが、捕まったことは、一気に知られてしまったわ。少し、放置して貰えないかなと思うんだけどなあ。日本の報道機関は、もうちょっと考慮してもらいたいわ。」

のび子は、スマートフォンに掲載されているニュースを見た。どのニュースアプリでも、高見沢美代子が、供述を始めるかは時間の問題とか、そういうことばかり書いてある。

「まあ確かに、報道機関は、色々極端すぎるんだよな。もうちょっと、自粛してもらいたいよね。」

と、杉ちゃんもでかい声でそういった。それと同時に、

「なんですか。ここに来ている人たちは、皆さん悩みを持っていたり、お体が辛い人ばかりなんです。そんな人達に、話を聞こうなんて、やめてください。」

と、かわのやの大女将さんが、話しているのが聞こえてきた。

「失礼ですが、この事件で真犯人が捕まった感想を教えていただきたいんです。何よりも、ここにいらっしゃる村瀬繭子さんが、この事件で一番得をしたのでしょうからね。ぜひ、彼女に感想をいただきたいと思いまして。」

と言っているのは、女性であるが、おそらく報道関係者の女性であろう。全く、こんなところまで取材をしたくなるのかと、杉ちゃんは嫌な顔をした。

「いいえ、彼女にお話させるわけには行きません。繭子さんは、言葉も言えませんし、体を動かすことだって、出来はしないんですよ。そんな女性に、話をさせるなんて無理だと思います。お帰りください。できるだけ繭子さんはそっとしておいてあげたいんです。」

大女将さんは、かわのやの最高責任者らしくしっかりいったのであるが、

「でも、皆さんに事実をお伝えすることほど、最高の任務ではありませんか?」

と、報道関係者は、そう言っている。

「そういうことは、一部の人だけです。多くの人は、そんな事望んでいません。それより、彼女に安心して生活してもらうほうが、先ではありませんか?」

大女将さんは、報道関係者にそういった。

「流石だなあ。女将さんと呼ばれるだけあって、一般人が話しにくい相手とも話せちゃうんだから。それは、間違いなくすごいと思うよ。」

と杉ちゃんがそう言うと、

「そうねえ。女将さんは、単に口が上手いだけじゃないってことかな。」

と、のび子は言った。隣の部屋に、繭子さんとにいにである優がいることは確かであるが、ふたりとも、声を出さすにひっそりとしているらしい。誰も、喋っている声は聞こえてこない。

「繭子さんは、どうしているでしょうか?」

と、のび子は、心配になった。

「そうだねえ。確かに、本人が手を汚したわけではないと言っても、あの事件は、繭子さんが原因だったとも言えるからなあ。」

杉ちゃんがそういった。のび子はこの間、繭子さんが友達と言ってくれたことを思い出して、ちょっと隣の部屋へいってみてみるわ、と言って、隣の部屋へ出た。そして、繭子さんが泊まっている部屋のドアを叩く。

「繭子さん、私です。のび子です。あの、顔だけでも見せていただきたいのですが?」

と、のび子がそう言うと、

「お入りください。」

優の声がしたので、のび子は、すぐに部屋に入ってしまった。

「繭子さん大丈夫ですか?報道がたくさんされて、辛いのではないですか?」

そう言いながら入っていくと、繭子さんは、窓のそばで、外を眺めていた。外には大きな木があって、何匹か鳥が飛んでいる。その鳥が何の鳥であるが、のび子は繭子さんから教えてもらっていた。

「繭子さんそこにルリビタキが。」

のび子が声をかけると、繭子さんは、のび子に気がついた。

「ああ。」

繭子さんは、また何か言いたそうだったので、のび子はすぐに国語辞典を開いた。のび子がひらがなの五十音を指さしていくと、今度は最後のわで繭子さんは頷いた。そして、わから始まる単語を一つ一つ追っていくと、私という言葉に繭子は頷いた。のび子は急いで、私とメモ用紙に書く。次の単語もまたわから始まる言葉であった。また、単語を一つ一つ追っていくと、悪いという言葉で止まった。のび子はそれもメモ用紙に書いて、「私」と、「悪い」という言葉をみた。つまり、「私が悪い」ということか。繭子さんは、自分を責めているのだろう。

「大丈夫よ。繭子さんのせいじゃないわ。繭子さんは、実際に実行したわけでも無いんだし。やったのは、高見沢美代子さんでしょ。繭子さんが悪いわけじゃないのよ。」

のび子は、繭子さんにそうにこやかに笑っていった。すると、繭子さんは、また国語辞典に目をやった。のび子はまた五十音を指さしていくと、今度は、ひらがなのいで繭子さんは頷く。そして、いから始まる単語を追っていくと、「いや」という言葉の前で繭子さんは頷いた。

「いや?」

のび子は、紙に書く前にその言葉を読んでしまった。

「何を言ってる!」

と、優が思わず言った。

「お前が、そんなこと言って、何をいうつもりなんだ!」

「にいに。」

繭子さんは、なにか反論しようとしたようだが、それはできなかった。繭子さんには言葉を発することはできなかった。今度はのび子が辞書を見せて、言葉を探させようとするよりはやく涙をこぼしてしまった。

「ねえ繭子さん。もう一度聞くけど。」

と、のび子は、急いで聞いた。

「繭子さんは、宮川という人が殺害されて、嬉しいと思ってる?それとも悲しいと思っているの?」

こんな事、聞いては行けないかもしれないけれど、のび子は、それを聞きたかった。繭子さんは、本当はどう思っているのだろうか。それを知りたかった。

「ああ、あ。」

繭子さんは蛙を潰したような声で、そういうのだった。目から涙が滝のように流れている。それを通して、繭子さんが何を言いたいか、のび子は良くわかった。

「繭子さん、生きていくためには仕方のないことだってあるのよ。」

のび子は、自分がこんなセリフを吐くとは思えなかったが、繭子さんにそう言い聞かせてあげたいと思った。

「だって、車を運転してて、道路に止まっていた鳥を轢いてしまったことだってあるじゃない。それと同じことよ。人生生きていれば、自分のためにはどうしようもなくて、自分で納得しなければならないことだってあるわ。そのほうがむしろ多いかも。繭子さんも、あのときは仕方なかったんだって、自分の中で思うしか無いときは必ずあるわ。誰が悪いわけじゃない。でもおきてしまったことだってあるの。そういうことは多いのよ。本当に、人間が生きていればそういうことばっかりよ。ねえ、それで自分の人生が全部終わってしまったなんて、思わないでよ。」

「そのセリフ、僕も何回も言いましたけどね。でも、繭子は聞いてくれなくて。」

優が、のび子のせりふを聞いて、そういった。きっと何回もそれは言っているのに違いないが、繭子さんは、答えを言わなかったのだ。

「まあ確かに、身内の人が言うと、同じことでも伝わらないことだってありますよ。それは、誰でもそうです。みんな同じです。身内に言われるとうるさいことにしか見えないけど、他人に言われてやっと納得できたことは、いくらでもあります。」

のび子は、優の苦労も少しわかったので、優にそういった。

「逆に、こういうことを言うのには、身内は退いたほうがいいこともあるわ。例えば、家族がいくら言っても伝わらないけど、カウンセラーにいってもらえば、納得してくれることだってあるから。」

「そうですね。僕も、繭子にはさんざんいいましたが、繭子は受け入れてくれませんでした。だから、もうはっきり言うことはやめたほうがいいと思っていたんです。」

優はそういった。結局家族任せにしてしまうと、そういうふうになってしまうのだ。大事なことは、家族よりも、他人に言ってもらったほうがいいと思う。そのために、家族ができることは、適切な言い方で、彼女に話をしてくれる人物、つまり強い味方になってくれる人物を探して、見つけてあげることであった。それができたら、家族は潔く退くことも、必要なことであった。

「繭子さんも、見たことがあるでしょう?道路に、鳥が車に轢かれて死んでいる景色。繭子さんには、それがすごく心を痛めることだと思うけど、でも、轢いた人は、そんな事かまってられない。轢いてしまったことは確かに悪いことだけど、誰かが解決してくれるわけでもない。その悪いなという気持ちを、ずっと心に持ったまま生きていくのが人間っていう動物なんじゃないかしらね。ねえ、繭子さん、今回のことは、たしかに辛いかもしれないけど、切り離していかなきゃならないことなのよ。そういうことは、生きていればいくらでもあるわ。」

自分がこんなセリフを言うとは思わなかったと、のび子は思いながら繭子さんに言った。繭子さんは、何も反応しなかったが、わかってくれたのかと思った。

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