第69話 抱擁


「奈津子。さっきおじさんにも言ったけど、その……色々と、本当にごめんなさい」


 そう言って玲子が頭を下げる。


「待って、ちょっと待って玲子ちゃん」


「奈津子……」


「私もね……今日まで色んなことを考えてたの。玲子ちゃんと次に会った時、どう声をかけようかとか、どう接すればいいんだろうかって」


「奈津子も同じこと、考えてくれてたんだね」


「結局、何も思いつかなかったんだけどね。でも一つだけ、これだけは言おうと思ってたことがあるの」


「何かな」


「お互い謝らないってこと」


「……」


「私も玲子ちゃんも、いっぱい傷ついた。勿論私の周りでも、たくさん哀しいことが起こった。でも、それでも……一番傷ついたのは、私たちだと思うの」


「でも……傷つけたって言うなら、犠牲になった人たちだって」


「勿論そうだよ。でもね、私はこの問題、一緒に考えちゃいけないと思うの。でないとこうして、お互いに謝り続けることになってしまう。私は玲子ちゃんと、そんな関係でいたくないの」


「でも……私は間接的にしろ、奈津子の大切な人たちの命を奪った」


「奪ったのは私にいてた彼よ。玲子ちゃんじゃない」


「……」


「それにね、私思ったの。どうして玲子ちゃんが、どんな命に対しても敬意を払ってるのか。それって玲子ちゃんたちぬばたまが、肉体を持たない存在だから、命を奪うことでしか生きられない存在だからじゃないかって」


「確かに……そうね、その通りだと思う。私たちは肉体を持たない。それって言いかえれば、生きていないとも言える。人に寄生することでしか生きられない私たち、仮初かりそめの肉体を移り行く私たちは、泡沫うたかたの存在でしかない。そんな私たちは、肉体を持つあなたたちが羨ましく、そして憧れていた」


「玲子ちゃんたちからすれば、そうなるんだと思う。でもね、そういう意味では、私たち人間も同じなんじゃないかな。例え肉体を持っていても、私たちは多くの命を奪い、糧として命を繋いでいる。言ってみれば、他の生き物に依存してる存在なの。そう思ったらね、ぬばたまを憎む心なんて、消えてしまったの」


「やっぱりすごいね、奈津子は」


「玲子ちゃんもいっぱい傷ついた。あの時言ってくれたよね。亜希ちゃんのこと以外は知らされてなかったって。そう言う意味では、玲子ちゃんも被害者だった。小太郎の時だって、丸岡くんの時だって。玲子ちゃんのことだから、私なんかよりずっと苦しんだと思う。怖かったと思う」


「……」


「それに私は、ぬばたまとの戦いで、本当の自分を見つけることが出来た。目を背けていた過去と向き合って、それを背負う覚悟を決めることが出来た。おかげで我儘わがままになっちゃったし、嫌な感情も生まれてて、ちょっと戸惑ってるんだけどね」


 そう言って笑った奈津子を、玲子が抱き締めた。


「……玲子ちゃん?」


「本当に凄い人に出会った……そう思う。そして私は、この出会いをなかったことにしたくない」


「でも私は、あなたの大切な仲間を殺した」


「……あの時言った通りよ。私はただ見守るだけ。あれは彼の戦いだったの。全力で奈津子と戦い、そして敗れた。それだけのこと。そんな彼に哀れみの感情を向けてしまったら、それは彼の誇りに傷をつけることになってしまう」


「彼ってことは、男だったのかな」


「私たちに性別なんてものはないわ。種を増やすことも出来ないんだから。彼って言ったのは、奈津子がそう言ってたからよ」


「私も……どうしてだろう、ずっと彼って思ってた」


「前の宿主が、男だったからじゃないかしら」


「なるほど、そういうことか。あ、でも、もし私に勝っていたら、彼は彼女になっていたってこと?」


「そうなるわね。でも……ふふっ、奈津子ったら、気になるところはそこなの?」


「ちょっとだけね。でも、と言うことは玲子ちゃんも、男だった時があるの?」


「勿論あるわよ。だってこんなに長い時間、生きてるんだから」


「そうなんだ……」


「そして彼と私は、夫婦だった時もある」


「私にいてたぬばたまと?」


「ええ……もう随分、昔の話だけどね」


「そんな話を聞いてしまったら、やっぱり謝りたくなっちゃうな」


「謝らないでいいからね。奈津子が言った通り、私も今回の件、もう謝らないようにするから」


「ありがとう、玲子ちゃん」


「こちらこそ、奈津子」


 そう言って二人、顔を見合わせて笑った。





「それで、なんだけど……これからも奈津子と、その……友達でいたいって思って……こんなことを言う資格、私にはないって分かってる。でも、それでも……せめてこの気持ちだけでも伝えたい、そう思って……」


 奈津子が玲子を抱き締める。


「……奈津子?」


「玲子ちゃん……お願いするのは私の方だよ。ここに来てからずっと、私は玲子ちゃんに助けられてきた。いつだって、私の傍には玲子ちゃんがいた。私は玲子ちゃんと、これからもずっと一緒にいたい……私の方こそ、よろしくお願いします」


 涙が止まらなかった。

 肩を震わせ、声を震わせながら玲子を抱き締める。

 玲子も泣いていた。

 何か言おうとしても、言葉にならなかった。

 泣き声にかき消されていく。

 震える声で、一言だけ。これしか言えなかった。


「ありがとう……」


「うん……」


 玲子も奈津子を抱き締める。

 二人共声を上げ、泣いた。





 夕陽が二人を優しく照らす。

 お互いに涙を拭い合い、微笑む。


「おーい、二人共、そろそろ帰らんかー?」


「はーい」


「すいませんでした、宮崎のおじさん」


「かなり冷えるんでの、小便ちびりそうなんじゃ」


「もおーっ、おじいちゃんってば、デリカシーなさすぎー」


「いやいやそうは言ってもな、このままじゃと帰りに事故でも起こしかねん。ちょっくら待っとってくれ、その辺でしてくるんでの」


「いちいち言わなくてもいいんだってばーっ」


「うはははははははっ!」






 夕陽に染まる山道を、奈津子と玲子が手を繋いで歩く。


 見つめ合い、微笑む。


 稀有な運命によって出会った二人。たくさんの哀しみを背負った二人。


 これからも一緒でいよう。そんな思いを胸に、しっかりと手を握り合った。



***************************

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

作品に対する感想・ご意見等いただければ嬉しいです。

今後とも、よろしくお願い致します。


栗須帳拝

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その少女、闇に魅入られて 栗須帳(くりす・とばり) @kurisutobari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ