第49話 再会


「……」


「おはよう、なっちゃん」


 耳元で優しい声がする。

 その声に、自然と笑みがこぼれた。

 春斗くんの声だ。

 高すぎず、低すぎない穏やかな声質。

 私はずっと、この声に癒されてきた。

 どんなことがあっても、この声を聞けば元気になっていた。




 でも……どうして?

 なんで今、春斗くんの声が?




 私は今、部屋で寝ている筈だ。

 そう。朝から熱が出て……今日は春斗くんが来る日なのに、どうしてこんな時に限って、私は熱を出すんだろう……そう思い落ち込んでいた。

 おばあちゃんが作ってくれたおかゆを食べて、薬を飲んで……春斗くんが到着する前に起きて、ちゃんと準備をしようと思って……


「え……」


 目の前に春斗の顔があった。


「春斗……くん?」


「そうだよ、なっちゃん。具合はどう?」


 そう言って笑った春斗。

 相変わらず優しい笑顔だな。奈津子がそう思った。


「……」


 春斗の傍らには宗一が立っていた。意地悪そうな笑みを浮かべながら。


「……え? え?」


 頭の中がものすごい速度で回転する。そして状況を理解した奈津子が、顔を真っ赤にして布団を被った。


「どうしたの、なっちゃん」


「わ、わ、私……ごめん春斗くん、ちょっとだけ待ってて」


「待っててって、何を?」


「だから準備! 準備したいから!」


「準備って……いいよそんなの。なっちゃん、熱があるんだろ?」


「そうだけど、そうなんだけど! でもお願い、今の顔、見られたくないから!」


 頭の先まで布団で覆い、涙目で訴える。


「顔も洗ってないし、髪だってボサボサだし……だからお願い! 向こう行ってて!」


「うはははははははっ!」


 奈津子の反応に、宗一が豪快に笑った。


「奈津子も年頃の娘だったという訳じゃな。春斗くん、ここは一度撤退した方がいいようじゃ」


「でも……熱があるんですし、無理に起きなくても」


「いいから! いいから早く出てってば!」


「うはははははははっ! 奈津子のこんな姿を見れただけでも、お前さんを連れてきたかいがあったというもんじゃて。春斗くん、向こうで待ってるとしよう」


「でも……」


「心配せんでええ。熱も下がったし、起きても問題ないさ。それよりお前さんが居座ってる方が、奈津子にはきついじゃろうて。体より、心の方で」


「おじいちゃんも! 余計なこと言わないでいいから!」


「うはははははははっ! じゃあ向こうで待っとるぞ」


 そう言って春斗と共に居間へと向かう。襖が締まる音を聞いて、奈津子が布団から顔を出す。


「……最悪だよ、もう……」





 春斗との再会を、ずっとイメージしてきた。

 髪形を変えてみようかな? 春斗くん、驚くだろうな。

 服はどうしよう。この前、玲子ちゃんと一緒に買ったやつにしようかな。

 似合ってるって、誉めてくれるかな。

 そんなことをずっと思っていた。


 それなのに今、最悪と言っていいシチュエーションでその時が訪れた。

 時計を見ると8時。

 6時には起きようと思っていたのに。

 何てことだろう。


「……」


 布団から出て姿見の前に立つ。まだ少しフラフラした。

 しかし鏡に映る自分を見ると、そんなことがどうでもよく思えてきた。

 ボサボサの髪、寝起きの酷い顔。

 こんな顔で私、春斗くんに会ったんだ。

 そう思うと恥ずかしさのあまり、火を噴いたように顔が熱くなった。


「信じられないよ、こんなの……最悪だよ、最悪……」


 そうつぶやき、大きなため息をついた。





「お……お待たせしました」


「随分遅かったのぉ。支度に手間取ったんか?」


 うつむき加減で居間に入ってきた奈津子に、そう言って宗一が意地悪そうな笑みを向ける。


「おじいちゃんてば、冷やかさないでよ」


「うはははははははっ、すまんすまん。しかしのぉ、30分も待たせた割には、いつもとあんまり変わらん格好じゃな」


「おばあちゃんに言われたの。出かける訳でもないのに、そんな服やめなさいって。もっと楽な格好じゃないと、春斗くんも困っちゃうって」


「うはははははははっ、確かにそうじゃな」


「あの、その……なっちゃん、具合はいいの?」


「う、うん……まだちょっとフラフラしてるけど、でもこれくらいなら平気。多分お腹が空いてるからだと思うから」


「そうなんだ。それならほら、早くこっちに入りなよ」


「うん……」


 春斗に促された奈津子が、照れくさそうにコタツに入る。


「あらためて……久しぶり、なっちゃん」


「久しぶり、春斗くん」


「なっちゃんは不満みたいだけど、その服も可愛いよ」


「えっ?」


 春斗の言葉に赤面する。


「あれ? また僕、変なこと言ったかな」


「変じゃないけど……変じゃないんだけど……おじいちゃんたちもいるんだし、そういうのは……と言うか、春斗くんはいつも直球すぎるの。もっとオブラートに包んでって、いつも言ってるじゃない」


「なっちゃんが可愛いのは本当なんだし、変じゃないだろ?」


「だ、だから……お願い春斗くん、ちょっと黙って」


「うはははははははっ。奈津子のいい反応を見れて、わしも安心したわいて。のぉばあさん」


「そうですね。なっちゃんのこんな可愛い顔、初めて見た気がするわ」


「おばあちゃんまで……勘弁してよ……」


「うはははははははっ。分かった分かった。しかしなんじゃな、こんな奈津子を見れるんじゃったら、どうじゃ春斗くん。うちで一緒に住まんか?」


「え?」


「おじいちゃん!」


 宗一の言葉に、奈津子が顔を真っ赤にして声を上げた。春斗も反応に困った様子でうつむく。

 そんな二人を満足気に見つめ、宗一も多恵子も笑うのだった。



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