第18話 羨望と嫉妬
10月22日月曜日。
校舎に入ると、廊下に人だかりが出来ていた。
「あっ、来た来た。姫! こっちこっち!」
人だかりの中から亜希の声がした。いつもの元気な声で。
よかった。亜希ちゃん、元気になってる。
ほっとした表情を浮かべる奈津子。中から「失礼失礼、ちょっくら通してね」そう言った亜希が姿を現し、彼女の手を取った。
「え? 亜希ちゃん、何?」
「いいからいいから。ほらほら、そこの有象無象共、道を開けなさいってば」
亜希がそう言うと、廊下に群がっていた生徒たちが散らばっていく。その中を、「それでいいのだよ、有象無象共」と満足気な様子で亜希が進んでいく。
「ではでは奈津子姫、どうぞご照覧あれ」
亜希がうやうやしく頭を下げ、にんまりと笑った。
その亜希の頭を玲子が小突く。
「なんであなたが威張ってるのよ」
「ちょっと玲子、叩かなくてもいいじゃない」
「叩いてるのじゃなくて小突く、ね。見てみなさいよ、奈津子が困ってるじゃない」
この二人、このやり取りが一日に一回はあるな。そう思い奈津子が微笑む。
「それより姫、ほら」
そう言って、亜希が壁に貼られた掲示物を指差す。
そこには、中間試験成績上位者の名前が記載されていた。
「え……嘘……一番って、私が?」
自分の名前を見つけた奈津子が、信じられない表情で声を漏らす。
「姫ってば、やっぱすごいよ!」
そう言って亜希が抱き着いてきた。本当に嬉しそうな亜希に、奈津子は照れくさそうにうつむいた。
「頭いいっては聞いていたけど、ここまでとはね。転校していきなり一番とるなんて、流石私の見込んだ親友だよ」
「あなたに見込まれても、奈津子には何のご利益もないわよ」
そう言って玲子が亜希を引き離す。
「でも、本当にすごいね。大変な時期だったのに、頑張ったわね」
玲子の微笑みに、奈津子は胸の奥に熱い何かが生まれてくるのを感じた。
周囲の視線も温かい。
これまで試験の結果が出るたびに、周囲は敵意をむき出しにしていた。上位者に対して称賛の気持ちなど、まるでなかった。
しかしここでは、皆が羨望の眼差しを向けて来る。「すごいね」「やっぱ都会の人は出来が違うな」と声をかけてくる者もいる。
初めての経験に奈津子は戸惑った。
「そう言えば玲子ちゃんは」
そう言って掲示板に目を向けると、玲子の名前は3番目に書かれていた。
「玲子ちゃんもすごい。クラス委員の仕事もしながら」
「奈津子には及ばないけどね」
そう言って意地悪そうに笑う。
「それこそさっき誰かが言ったみたいに、私たちとは頭の出来が違うのかもね」
「そんなこと……今回はあんまり勉強出来なかったし、たまたまだよ」
「と言うことは姫、私もたまたまで載る可能性あるのかな」
「あなたはまず、ちゃんと勉強することよ。今回だって、全然してなかったじゃない」
「えー、玲子ってば、ひーどーいー」
亜希の言葉に生徒たちも笑った。
こういうのって悪くない。そんな風に思い、奈津子は照れくさそうに微笑んだ。
「何言ってるんだよ、いい人ぶりやがって」
和やかな雰囲気の中、奈津子は自分に向けられた敵意に顔を上げた。
この感覚は知ってる。中学で、前の高校で。試験の結果が出る度に、自分に向けられていたものだ。
振り返ると、そこには同じクラスの丸岡浩次が立っていた。
「何よ丸岡。姫がいい人ぶってるって、どういうことよ」
敵意むき出しの丸岡に、亜希が奈津子の前に立ち腕を組んだ。
丸岡は頬のニキビを掻きながら、亜希と奈津子を交互に見据える。
「今回はたまたま? たまたまでトップをとられてたまるかよ」
「何言ってるのよ。こういう時に言うお約束だよ、お約束。それとも何? 『私がトップをとったのは当然、だってあなたたちとは出来が違うもの』とでも言えばよかったの? いつものあんたみたいに」
その言葉に、奈津子が再び掲示板を見た。
丸岡の名前は自分の次にあった。
「ああそうだよ。こんなちんけな高校でもな、簡単にトップなんて取れるもんじゃないんだよ。授業も満足に聞かず、毎日遊び
自分の放つ言葉に興奮し、丸岡の語気がどんどん荒くなっていく。そんな丸岡の雰囲気に、周囲の生徒たちはうんざりした表情でその場から離れていく。
「要するに、あなたはずっと守ってきた一位の座を奪われて、奈津子に嫉妬してる訳ね」
玲子がそう、冷たく言い放った。
「大変だったものね、一位を守るのも。二位の私が怖くて、無理矢理クラス委員に推薦して。少しでも私の時間を割こうとあがいてたもんね」
「和泉お前、何を言って」
「気付いてないとでも思った? あなたが私を評価しただなんて、信じる訳ないでしょ」
玲子の言葉に動揺し、それを打ち消すように睨みつける。
「あなたは昔からそういうやつ。人の努力なんて認めないし、結果が出たらそれを潰そうと躍起になる。ほんと、小さい男よね」
「和泉、てめえ」
「奈津子の実力は本物よ。選民意識の塊のあなたなんかと違ってね。そんなのだから高校だって、第一志望に入れなかったんじゃない」
「言わせておけば」
「おいお前ら、いつまで遊んでるんだ。もう授業始まるぞ」
振り向くと、教科書を持った教師が立っていた。
「え? あっちゃー、もうこんな時間だったんだ」
周囲の空気お構いなしの亜希の言葉に、奈津子も玲子も苦笑した。
「すいません。すぐ戻ります」
そう言って奈津子の手を取り、玲子が目配せした。
「行こう、奈津子」
「うん」
その手を奈津子が力強く握り返す。
そんな奈津子を見て、丸岡が苦虫を嚙み潰したような顔で舌打ちした。
丸岡の態度。
それは奈津子にとって、これまで当たり前に感じてきたことだった。
人間はそういうものなんだ、ずっとそう思っていた。
だからこそ、自分に称賛の言葉を投げかけ、そして守ってくれる二人が本当に嬉しかった。
奈津子にとってそれは、成績よりも価値のあることだった。
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