第17話 電話
宗一の話は、少なからず奈津子に動揺を与えた。
自分の先祖が、過去に妖怪退治の任に当たっていた。
そのせいで宮崎家の人間は、妖怪にとって忌むべき存在となり、狙われ続ける運命を背負った。
この現代において、突然妖怪に狙われている可能性を示唆されたのだ。混乱するのも仕方なかった。
あまりにも荒唐無稽すぎる。
ただ、その疑念を打ち消せない何かが、彼女の中にあった。
両親の死。
考えてみればあの事故には、不審な点が多くあった。
事故はいつ、誰にとっても起こりうる災厄だ。
ただ奈津子はあの時、あれだけの事故でありながら、自分と春斗が無傷だったことに疑問を抱いていた。
父明弘も、助手席にいた春斗の父も。シートベルトがちぎれ、フロントガラスに頭から突き刺さっていた。
いくら衝撃が強かったとはいえ、シートベルトがちぎれるなんてことが、本当にあるのだろうか。
そして母陽子も、あの時確かにベルトをしていた。それなのに彼女は天井に激突し、首があり得ない角度に曲がり絶命していた。
仮に。仮に可能性があるとしても。それなら尚のこと、自分と春斗が無傷だったことの説明がつかない。
警察も頭を抱えていた。その後調査された車にも、特に異常は見つからなかったらしい。
そう考えると、あの事故に何かが隠されているような気がした。
第三者の存在。
自分と母は宮崎家の人間だ。妖怪たちを
あの事故が宮崎一族を狙ったものだとしたら。少しだけ合点がいく気がした。
でももしそうなら、どうして自分は無傷だったのか。
自分にとってあの事故は、単に「両親を失った」だけなのだ。
そうして精神的に追い詰めることで、ほくそ笑んでいるのだろうか。
もしそうなら、思惑は外れている。
事故のおかげでこの土地に来て、今の自分は希望すら抱いているのだから。
とすれば、彼らはまた襲ってくるのかもしれない。
いや、現に動いてきた。
メッセージという形で、存在を誇示してきたのだ。
「はぁ……」
そこまで考えて、奈津子はため息をついた。
チョコレートをつまみ、口に放り込む。
「……」
宗一はこうも言った。
変質者、異常者の可能性もあると。
こうして別の可能性も示唆するところに、宗一が一方向からしか考えない人間でないことが伺えた。あらゆる可能性を模索し、万全の体制を整える。
日頃の言動とは打って変わって、冷静に物事を分析する宗一に対し、奈津子は頼もしさを感じていた。
その時、奈津子の携帯がなった。
「……春斗くん?」
表情が明るくなる。
大野春斗。
ずっと待っていた、幼馴染からの連絡だった。
慌てて携帯を取ると、奈津子は声を弾ませた。
「もしもし春斗くん?」
「なっちゃん、久しぶり。元気そうだね」
そう言われ、自分が興奮していることに気付き、奈津子は赤面した。
「なっちゃん?」
「ううん、何でもない、元気だよ。春斗くんの方は、どうなのかな」
「色々心配かけたみたいだね、ごめん」
「そんなこと。でも、元気そうでよかった」
「今はおじさんの家でお世話になってるんだ。学校も転校して、友達作りもまた一からって感じなんだけど。でもまあ、何とか落ち着いてきたって感じかな」
「そうなんだね。よかった」
「なっちゃんには本当、心配ばかりかけてごめんね。なっちゃんだって、おじさんやおばさんを亡くしてるのに。僕にずっとついてくれて」
「覚えてるんだ、あの時のこと」
「うん……本当のことを言うとね、夢の中にいるみたいな気分だった。気付いたら病院にいて、事故で父さんが死んだって言われて。まだ夢を見てるのかなって思った。頭もうまく回ってなかったし、何よりショックで。
でもそんな時、なっちゃんが僕の頭を撫でてくれて。何度も何度も声をかけてくれて……嬉しかったよ」
「そんなこと……私こそ、春斗くんがいたから頑張れたんだと思う。だから私も、春斗くんに感謝してるよ」
「もっと早く連絡したかったんだけど、なっちゃんに心配かけたくなかったから。自分で大丈夫だと思えるまで我慢しようと思ってたら、こんなに時間がかかってしまって。ごめんね」
「いいの、そんなこと気にしなくていいんだよ。春斗くんが元気なら、それだけで私は嬉しいから」
「ずっと一緒だったけど、とうとう離れ離れになっちゃったね」
「うん……」
「でも近い内に会いに行くよ。なっちゃんの顔が見たいから」
「春斗くん……」
「期末試験が終ってからになると思う。いいかな」
「勿論。私、楽しみにしてるから」
「ありがとう、なっちゃん。僕も楽しみにしてる。あと……何かあったら、またこうして電話してもいいかな」
その言葉に奈津子が微笑む。
「いいよ、いつだって。と言うか私も、何かあったら連絡していい?」
「うん。出来ることは少ないけど、なっちゃんが望んでくれるなら」
「ありがとう、春斗くん」
「じゃあ、そろそろ晩ご飯の時間だから。またね、なっちゃん」
「うん。ありがとう」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
電話を切り、奈津子が息を吐く。口元には笑みが浮かんでいた。
よかった。春斗くん、元気になっていた。
顔を見ないと、まだ何とも言えない。でも声を聞く限り、元気そうに思えた。
自分を気遣って、無理してくれたんだろうか。
今まで彼のことを、弟のように思ってきた。
しかし今日の彼には、不思議な力強さがあった。
いつもならあり得ないことだった。自分の悩みを打ち明けたい、そんな思いが心の底から湧き上がってきた。
そんな自分に動揺し、奈津子は引き出しからアルバムを出し、ページをめくった。
「春斗くん……」
照れくさそうに笑い、奈津子は春斗の写真を指で撫でた。
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