第14話 宮崎神社


「その人、どうしてそんなことを」


 奈津子が震える声で聞いた。


「異常者……と言えば簡単なんじゃがな、そんな単純なものではなかったらしい。その場に立ち会ったわしのじいさんによると、その男は何か悪い物にかれていたように見えたらしい」


かれていたって、その……悪霊とか、そう言う物のことなの?」


「じいさんの言い方だと、物の怪もののけじゃな」


物の怪もののけ……」


「で、その後じいさんが村人たちを集めてな、ひとつの提案をしたんじゃ。死んだ子供たちの御霊みたましずめる為に、ここに神をまつろうと」


「おじいちゃんのおじいちゃんは、神主だったのね」


「ああ。宮崎家最後の神主、それがじいさんじゃった。その頃には参拝する人も少なくなっていてな、じいさんは思っとったそうじゃ。神仏に必要なのは箱ではない。場所であり人なんじゃと」


「箱……神社のことだね」


「今、神仏を必要しているのはわしらじゃない、ここで無念に散っていった子供たちなんだ。そもそもあの男に物の怪もののけいたのも、わしらの信仰心が薄くなり、この地が物の怪もののけにとって入りやすい場所になったからじゃないのか、そう言ったそうじゃ」


「ちょっと待っておじいちゃん。話が大きすぎて、よく分からなくなってきたんだけど」


「そうじゃな、奈津子にはそうじゃろうて。いきなり物の怪もののけの話を聞かされても、何言っとるんじゃこいつ、ってなるじゃろうて。

 じゃがな、少なくとも100年前、ここで凄惨な事件が起こったのは事実なんじゃ。じいさんの言葉に、村人たちも反省したそうじゃ。今ある平穏な日々を、いつの間にか当たり前のように思ってた。神仏に対して感謝の心を忘れてしまってたってな。

 で、じいさんの提案を受け入れて、数百年続いた神社はその役目を終えた。そしてこの場所……ほれ、あそこにな、神様をまつったんじゃ」


 そう言って、岩壁のくぼみを指差した。


「親父の代からは、あの場所を管理するのが宮崎家の仕事になった。こうして週に何度かこの場所に来て、子供たちの御霊みたまを慰め、そしてこの土地を守って下さっている神仏に感謝する。そうしてわしらは、この場所を守ってきたんじゃ」


 煙草を携帯灰皿に入れ、宗一がにっこりと笑った。


「少し長い話になってしまったな」


「ううん、そんなことないよ。おじいちゃん、と言うか、ご先祖様がこの土地でみんなを守ってきた、そんな話が聞けてよかったと思ってる」


「奈津子は本当にいい子じゃな、ありがとう。じゃがな、話はここからなんじゃ」


「どういうこと?」


「車の中でお前が言っとった、妙な視線の話じゃよ」


 その言葉に、奈津子は改めてはっとした。

 そうだった。おじいちゃんが今の話を始めたのは、私が妙な視線を感じてる、おかしな事件が起きている、そのことを相談したからだった。


「でも、全然話が繋がらないんだけど」


「じゃな、うはははははははっ」


 そう言ってまた笑う。

 しかし奈津子は、宗一のこの笑い方が好きだった。どんな悩みがあっても、どんなに辛いことがあっても。この笑い声を聞けば全部吹っ飛んでしまう、そんな気がした。


「奈津子は、物の怪もののけやら幽霊やら、そんなもんを信じるたちかの?」


「どうだろう、あんまり考えたことはないけど」


「まあ、そうじゃろうな。怖いと思うことはあっても今の時代、そんなもんを信じてますって大真面目に言うやつもおらんじゃろうて。

 じゃからな、今から言うことは、話半分ぐらいに聞いておくといい」


「おじいちゃんの言うこと、話半分になんて聞けないよ。だっておじいちゃん、私の為に話してくれるんでしょ?」


「うはははははははっ、本当にお前は素直ないい子じゃ」


 そう言って、荒々しく奈津子の頭を撫でる。


「わしらのご先祖様は、今言った通りこの地で神社を任されていた。始まりは、貴族の時代にまでさかのぼる」


「平安時代の頃から、宮崎家は神に仕えていたんだね」


「平安時代と言えば奈津子、何が思い浮かぶ?」


「え? 思い浮かぶ物って……紫式部とか清少納言とか……あとは平家の物語、とかかな」


「なるほどな、学校で習ってるのはそんなところじゃろう。わしが今から言うことは、間違っても教科書には載らん話じゃ」


「うん……」


「平安の世はな、人間と物の怪もののけが、生き残りを賭けて戦った時代なんじゃ」



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