第13話 過去の災厄


 あの旅行の時から、ずっと付きまとっている視線。

 転校初日にあった、まるで自分を狙っていたかのような蛍光灯事件。

 そしてあの日、部屋で見たノートの殴り書き。


 奈津子が努めて冷静に語る。


「……」


 奈津子の話を無言で聞いていた宗一は、路肩に車を止めて降りるように言った。

 随分奥まで来たようだった。

 エンジンを止めると、周囲は静寂に包まれた。


「あの細っちい道に入るからな。足元には気をつけるんじゃぞ」


「うん……」


 宗一の後に続き、砂利道を歩いて行く。宗一の言うように、歩くには少し不便な道だった。

 こういうのを、獣道って言うのかな。そんなことを思いながら、奈津子は宗一の背中を見つめ、道を進んだ。


 しばらく歩くと道が開け、優しい光と共に清涼感が奈津子を包んだ。


「すごい……」


 そこにあった物。それは、高さが20メートルほどの滝だった。


「どうじゃ、いい滝じゃろう」


 振り返った宗一が、笑顔でそう言った。


「どう言ったらいいのか分からないんだけど……うん、いい滝だと思う」


「そうじゃろてそうじゃろて、うはははははははっ」


 奈津子の言葉に満足そうに笑い、宗一が再び煙草をくわえた。


「大きさもそんなに大したことはない。まあ一応、観光スポットにはなっとるみたいじゃがな。それでもこんな貧相な道を延々走って、辛気臭い獣道を歩いて見に来るような物好き、そうはおらんと思う。何よりこの辺りには売店もないしの、うはははははははっ」


 宗一の豪快な笑い声が、滝の水音に負けじと響く。


「でも……それでも、うん……好きかも知れない、この滝」


「気に言ってくれてよかったわい。神さんも喜んでくれとるじゃろうて」


「神さん?」


「おうよ。ほれ、あそこを見てみい」


 そう言って宗一が、滝のすぐ傍の岩場を指差す。

 岩壁がくりぬかれ、くぼみが出来ていた。


「あれ、何なの?」


「この辺りを見守ってくれとる神さんじゃ」


「……」


「奈津子。わしとばあさんが何の仕事をしとるか、お前は知っとったかの」


「よくは知らないけど、家から少し歩いたところにある畑で働いてるよね。おばあちゃんも」


「そうじゃな。あの畑は、ご先祖様がずっと守ってきてくれた、我が宮崎家のもんじゃからな」


「それがどうかしたの?」


「今の宮崎家は、あの畑で作物を育てて生計を立てとる。それは間違いない。じゃがそれだけでは食っていけんのでな、今日のように街に顔を出して、色々と小遣い稼ぎもしとるんじゃ」


「そうなんだ」


「貧乏な村じゃからな、働き口もそんなにある訳じゃない。それでも村のやつらはみんな、わしらによくしてくれる。どうしてか分かるか?」


「ごめんなさい、分からないかも」


「宮崎家はな、昔この辺りにあった神社を任されとったんじゃ」


「と言うことはおじいちゃん、神主さんだったの?」


「いやいや、わしにそんなややこしい仕事は無理じゃて。わしが生まれる前には、もう神社はなくなっとったしな」


「そうなんだ」


「文献として残っとるかもしらんが、その神社はかなり古くからこの場所にあったんじゃ。武士の時代よりも、もっと前じゃ」


「武士の時代より前ってことは、平安時代とかかな」


「そうじゃな。親父からはそう聞かされてた」


「でも、今はもうないんだ」


「昔、今から100年ぐらい前のことらしい。この辺りで子取り騒ぎがあってな」


「子取り?」


「簡単に言えば人さらいのことじゃ」


「……」


「ある日突然、子供がいなくなる。そんなことが続いていたらしい。子供のおる家は、生きた心地がせんかったじゃろう。

 で、ある日村人総出で山狩りが行われた。この村で何者かが子供をさらっている、ひょっとしたら物の怪もののけたぐいかもしらん。そんな風に思う者もまだおった時代じゃ、怖かったと思う。じゃが、次は自分の子供かもしれん、そう思ったらじっとしてはおれんかったんじゃろう。

 山狩りは何日にも渡って続いたらしい。そしてついに村人たちは見つけた。子取りの下手人を」


「神隠しとかじゃなくて犯人、ちゃんといたんだね」


「ああ。その男はな、ここにいたんじゃ」


 そう言って滝を見つめた。


「男はこの場所に小屋を建てて、そこにさらってきた子供たちを隠していたんじゃ」


「じゃあ、子供たちは無事で」


「いや……みんな死んどった」


「……」


「正確に言えば、食われてたんじゃ」


 宗一が低い声でそうつぶやく。


「残酷な話じゃと思うが、お前にどうしても伝えたいことがあってな。すまんが最後まで聞いてほしい」


「……分かった。ちゃんと聞くよ」


「その男はな、子供をさらってはここで殺し、その肉を食らってたんじゃ。その数は数十人にも及んでいたらしい。小屋の中には、子供たちの骨が散乱してたそうじゃ」


「その人はどうなったの?」


「村人の手にかかって殺されたらしい。今なら事件になるんじゃろうが、何しろ100年前の、こんな田舎での出来事じゃ。村人たちは皆、この事件のことを自分の胸の中にしまい込んだんじゃ」


 そう言って、くわえていた煙草に火をつけた。



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