第12話 父母


「……私の……家は……」


「ああ、すまんすまん。まだ早かったな」


「……おじいちゃんやおばあちゃんが、お父さんのことで色々思ってることは分かってました。でも事故にあって、もうこの世からいなくなってしまった。だからそのことを忘れようとしてる……そんな風に感じてた」


「やっぱり奈津子はかしこい子じゃ。わしらが何も言わんでも、そういう風に感じてたんじゃな」


「うん……お父さん、色々と難しい人だったから」


「お前の母さん……陽子はな、そりゃもう気ままな娘じゃった。わしもばあさんも、お天道さんに背く生き方にならん限りは、自由に育てばいいと思っとった。子育てとして正解かどうか、それは分からん。じゃが、陽子はいい子に育ってくれた」


「……」


「大阪に行きたいと言った時も、わしらは反対せんかった。自分で決めて、幸せになる為に努力する。それでいいと思っとった。

 そしてある日、明弘くんを連れてきた。彼を一目見て、陽子には勿体ない男じゃと思ったもんだ。

 じゃがそれ以上に驚いたのは、あれだけ気ままだった陽子が、明弘くんの前だと借りてきた猫のように大人しくしとったことじゃ。明弘くんのことを心から尊敬してる、そんな風に見えたもんじゃった」


「それは間違ってないと思う」


「じゃが、わしらが知ってる自由奔放な陽子は、もういなくなっていた。どんなことでも明弘くんに聞いて、彼の言う通りに行動する娘になっていた」


「お母さん……お父さんに口答えしてるところを見たことがなかった。どんなことにも従ってたし、自分で判断することもしなかった」


「そうなんじゃろうな。それでもまあ、陽子が幸せなんじゃったらいいと思った。そういう生き方も、ありっちゃありじゃと思った。じゃが……会うたびに、陽子は辛気臭くなっていった。笑う時ですら、明弘くんの許可を求めているように見えた」


「私が中学生になった頃にはお母さん、完全に洗脳されてたから」


「洗脳……うはははははははっ、奈津子、言いにくいことをズバリと言うな」


「でも、それが一番合ってると思う。家でもお母さん、お父さんの決めた通りの生活をしてたから。私のことにしてもそう。お父さんに叱られてても、絶対助けてくれなかった。後で泣きながら訴えても、『お父さんに叱られるあなたが悪い』ってしか言ってくれなかった」


「なるほどのぉ。そうじゃないかとは思っとったが、やっぱりそうじゃったか」


 煙草を揉み消した宗一の目尻の皺が、少し深くなった。


「まあでも……二人共死んじゃったし、もういいんだけどね」


 その言葉に、宗一が豪快に笑った。


「うはははははははっ!」


「お、おじいちゃん?」


「そうじゃな、確かにその通りじゃ。陽子も明弘くんも、もうこの世におらんのじゃからな」


 そう言ってもう一本煙草をくわえ、火をつけた。


「いい機会じゃと思ってな。こうして奈津子と、ゆっくり話してみたかったんじゃ」


「……うん」


「それで? 勝山んちのことは分かった。まあ大変じゃろうが、あいつらも子供じゃない。自分らで何とかするじゃろ。

 それよりわしが聞きたいのはな、奈津子。お前何か、気になっとることがあるんじゃないか」


「え……」


「さっきも言った通り、わしはお前のじいちゃんなんじゃ。お前が色々抱え込んで悩んどる、それくらい見てたら分かる」


「おじいちゃん……」


「お前は陽子と違って強い子じゃ。少々のことがあっても、自分で何とかしようとする根性を持っとる。

 じゃがな、奈津子。今のお前は一人じゃない。友達もおればわしらもおる。何もかも一人でしょい込まんでいいんじゃぞ」


 宗一の言葉が、奈津子の胸に優しく染み込んでいく。


 いつも豪快に笑い、人生を謳歌しているように見える宗一。

 正直言って羨ましかった。こんな風に生きることが出来れば、どんなに楽しいだろうかと思っていた。

 そんな宗一が、自分の心の変化を感じていた。奈津子は驚きと共に、初めてと言っていい家族の温もりに触れたような気がした。


「まあ、お前も年頃の娘じゃ。相談するにしても、恥ずかしくて出来ん悩みもあるじゃろう。勿論、そんなたぐいの悩みなら言わんでいい、しっかり悩むといい。

 じゃがな、最近のお前を見とるとな、どう言えばいいか……何かに怯えとるような、そんな気がしてたんじゃ」


 その言葉に、奈津子は全てを打ち明けようと決めた。


 宗一は誰よりも自分を思い、見てくれている。そして自分の不安に気付き、どうにかしようとしてくれている。

 他人に対して芽生えた信頼の心。それに賭けたい、そう思った。


「じゃあ……おじいちゃん、相談してもいいかな」


「おうさ。何も出来んかも知らんが、とにかく話してみるといい」


「笑わないでね」


「笑うもんか。お前がこの街を支配したいと言っても、わしは笑わん」


「どうしてそんな例えに……でもお願い、聞いてください」


 奈津子のことを思ってか、言葉の端々に妙な例えを入れて笑う宗一。そんな祖父の思いに感謝しながら、奈津子は話を始めた。



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