第11話 外から見た景色
店を出た三人の前に、見慣れた軽トラックが止まった。
「おお奈津子、ここにおったんか」
運転席から顔を出したのは、祖父の宗一だった。
「おじいちゃんも来てたんだ」
「おうさ。寄り合いがあってな」
重苦しい話の後だったからか、宗一を見た奈津子がほっとした表情を見せた。
「あんまり遅くならんようにな」
そう言って窓を閉めようとした宗一に、玲子が声をかけた。
「宮崎のおじさん、丁度よかったです。私たち、そろそろ解散しようと思ってたんで。よかったら奈津子を送ってもらえますか」
「玲子ちゃん?」
「ごめんね奈津子。ほら、亜希もあんな感じだし、お開きにした方がいいと思うの」
そう言われて見ると、亜希はうつむいたまま何度もため息をついていた。
「……そうだね、その方がいいかもね」
「シナリオの件は、また今度ゆっくり話しましょ」
「うん。図書室とかの方が、資料もあっていいかもね」
「なんじゃ奈津子、もう帰るとこじゃったんか。それならほれ、乗るといい」
「ありがとうおじいちゃん。それじゃ亜希ちゃん、また月曜にね」
「あははっ、なんかごめんね、気を使わせちゃって」
「気にしないで。それよりお父さんとお母さん、仲直り出来るといいね」
「ありがとう、姫」
助手席に散乱してる雑誌を片付け、奈津子が車に乗り込む。
「それじゃあまた」
「うん、またね」
車が動き出し、手を振る二人が遠ざかっていく。
前を向いた奈津子は目を閉じ、小さく息を吐いた。
「おじいちゃん、どこに向かってるの?」
車が走り出して30分が過ぎた頃、山奥へと入っていく宗一に奈津子が聞いた。
「ちょっとな。野暮用じゃよ、野暮用」
「野暮用、ね……うん、私も時間空いちゃったし。それにこの辺りに入ったことなかったし」
「今ぐらいの時期ならまだ大丈夫じゃが、それでもあまり入らん方がええ。猪が出るしな」
「そうなんだ」
「冬が近付いてきたら、あいつらも気性が荒くなるからな。女一人で歩くには危険な所じゃて」
そう言って窓を開け、煙草に火をつける。
「何かあったか」
「……分かるんだ」
「そりゃあな、これでもお前のじいちゃんなんじゃ。孫の様子くらい分かるさ」
「誰にも言わないでほしいんだけど……あのね、実は」
そう言って、奈津子が亜希の話をする。ただ父の不倫など、詳しいことには触れなかった。
「そうか。勝山んちも大変じゃのぉ」
「おじいちゃん?」
「どこの家でもそうなんじゃが、外から見るのと中から見るのとでは、まるで景色が違うもんなんじゃ。どこの家にも爆弾はある。まあ、当然と言えば当然なんじゃがな」
「うちにもあるの?」
「勿論あるさ。他人と過ごすってことは、そういうことなんじゃからな」
「他人……」
「乱暴な言い方じゃがな。それでも突き詰めて言えば、わしらは皆、違う感覚を持った他人なんじゃ。血の繋がりのことじゃないぞ。そういうことではなく、考え方も感じ方も、何もかもが違う他人。それが縁あって同じ家に住んでいる。それが家族なんじゃ」
「……」
「じゃが長いこと住んどるとな、そのことを忘れてしまうんじゃよ。家族だから、同じ気持ちの筈だとな」
「家族……ね」
「で、その違いっちゅうもんに気付かず、好き勝手に生活する。そしてその違いが少しずつ大きくなっていって、やがて爆発する。それが爆弾じゃ」
「爆発を防ぐことは出来ないの?」
「出来るさ。少なくとも、そうならないよう努力することは出来る。お互いの気持ちを尊重して、尊敬しあって生きていく。それが出来れば、そうそう爆発なんてするもんじゃないさ」
奈津子は、亜希が見せてくれた家族写真を思い出していた。みんな笑っている。写真だけ見れば、とても幸せそうに見えた。
亜希の父親は、本当に優しそうだった。人生に何の不満もない、家族の為なら何でもする、そんな人のように感じた。
しかし彼は婿に入ってから、ずっと勝山家の重圧に耐えてきた。否定され続け、何度となく辛い思いをしたに違いない。それでも彼は家の為、そして亜希の為を思い、歯を食いしばって耐えてきた。
今の状況になるまでに、どこかで軌道修正することは出来た筈だ。そしてそれは、今宗一の言った「互いを尊敬しあう」ことなのかもしれない。
しかし彼の妻はそのことに気付かず、何を言っても笑ってやり過ごす彼に対し、甘えの気持ちを持った。何を言っても大丈夫、言い返す勇気もない。そう勝手に思い込んでいった。
そう思うと、今の状況はなるべくしてなったことのように思えた。亜希には悪いが、彼の行動を否定しようとは思わなかった。
「まあ、大人の世界じゃよくあることじゃて。明弘くんたちにしても、そうだったんじゃないかの」
父の名を出され、奈津子の顔が少し強張った。
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