#23 大きな愛に包まれて

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サラが目を覚ますと、そこは病院の部屋だった。兄ばかりか、故郷のテキサスから両親まで来ていることに驚くサラ。しかしあとから泥まみれのアシュラフが入ってきて、爆発現場から取ってきたという、あの隕石を手渡してくれる。


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「……サラ、大丈夫か?」

 遠くから聞き覚えのある声がする。ぼんやりと自分をのぞきこむように見ている人の姿にしだいに焦点が合う。

「スティーブ……兄さん」

「けがは大したことないそうだ……無事で本当によかった……」

 テロの連絡が行って、ドバイからすぐに飛んできてくれたのだろう。涙を流さんばかりの顔をしている兄を見て、サラは心の底からほっとした。

「また、心配かけて、ごめんなさい」

「ああ……でも心配してるのは僕だけじゃないよ」

 うしろから父と母の顔が現れて、サラはひどく驚いた。元気なら大声をあげていただろう。

「パパ、ママも?」

「二人でジェットを飛ばして来たんだよ」

「よく入国許可が……」

「それは、リリアナにお願いしたのよ」

 サラによく似た顔の母親はすでに涙を流している。

「本当に、本当によかったわ……」

 そのまま言葉をつづけることができず、母はサラの髪をやさしくなでた。

 二人とも休みの日に牧場にいるようなかっこうだった。きっと家でくつろいでいた姿のまま、あわてて駆けつけたのだろう。サラはそれまでにないほど素直に、両親と兄の愛情を受け止めることができた。

 私のことを、家族はこんなにも愛してくれている。彼らから距離をとろうとしたのは、私の子どもっぽい意地だったのだと、ようやく気づいた。

「でも、今は何日? どのくらい眠っていたのかしら」

「ほぼ丸一日かな。爆発が起こったのはきのうの夕方で、今は昼すぎだ」

「……みんなは? 研究所にいた人たちは……」

「幸い、死者はでていないし、ひどい傷を負った人もいないそうだ。今のところおまえがいちばん重症だ。ただ建物の一部が破壊されて、保管されていた資料がだいぶダメージを受けたらしい」

「そう……」

 みんな無事でよかった。それならアシュラフもきっと大丈夫のはず。安堵感が押し寄せてくる。だけど……。

 サラは研究所の中にあったものを思い出す。どれもラフィーブの地質を調べるうえでは、貴重なものばかりだ。固い岩石は残っているかもしれないが、こなごなになってしまったものもあるだろう。

 そして何よりも、あのアシュラフから預かっていた隕石は……。何光年ものときを経て、どこか他の星からこのラフィーブに来たものだったかもしれない。だが、国を揺るがすほどの大事件だったかもしれないのだ。石が失われたくらいですんで、むしろ幸運だったのだろう。

 そのとき、病院の廊下から人々のざわめきが聞こえた。部屋の中にいた全員が身構えるのがわかる。

「失礼」

 ノックもそこそこに一人の男が入ってきた。白いシャツとパンツは泥で汚れ、顔は汗まみれだ。しかしその黒い瞳は、強い光を放っていた。

「アシュラフ!」

 その姿を見たサラは目を見開いた。

「サラ……これを持ってきた」

 スティーブらには目もくれず、アシュラフがベッドのサラに近づき、持っていた物をそっと手渡す。手に握らされた物は、固くてそれでいてあたたかかった。サラはスティーブの手を借りてゆっくり体を起こし、手を開いた。

「アシュラフ、これは……」

 そこにはほこりで白く汚れた石があった。

「間違いなく僕が君に渡した物だ。壊れずに残っていた」

「あんな、あんな危ないところで、これをさがしてくれたの……?」

「ああ。そして君との約束を果たすために戻ってきた。言っただろう? 君のところに戻るって」

「アシュラフ……あなたは……私のために……」

「サラ、僕は君を愛している。一緒に空や星の話ができる君を。石が大好きな君を」

 サラは胸がいっぱいで何も言えなくなってしまう。

「僕と結婚してほしい。ラフィーブでの立場や会社とは何の関係もない、ただの男として、君の家族の前で結婚を申し込む」

「……ええ。私もあなたと一緒に生きたい。ただの一人の女として……」

 それだけ言うのがやっとだった。

「よかった……」

 アシュラフが石を持つサラの手を両手でそっと包み込み、じっとその目を見つめ、やさしくキスをした。

 二人だけの世界に入り込んだ若いカップルに何と言葉をかければいいのか、サラの家族は戸惑いながらも、あたたかく二人を見つめていた。

 


 すべてのフライトが止められ、全面的に封鎖された空港のロビーで、長い黒髪の女性が、白い制服を着た警察官に囲まれていた。

「テロの教唆と犯罪集団への資金援助の疑いで、あなたを拘束いたします」

「私を誰だと思っているの。そんなことをして、ただですむと思って?」

「残念ですが……正式な礼状が出ておりますので」

 ジャネットは警官をにらむようにして、携帯電話を取りだした。

「ジャネット嬢。地質学研究所に爆発物を仕掛けた集団の一部メンバーが逮捕されました。あなたの名前を口にしている。それから彼らとの仲介役をしている男とあなたが電話で交わした会話の録音もあった。彼らの警戒心を甘く見すぎましたね」

 ジャネットが顔を上げると、キファーフが警官のうしろに立っていた。

「……内務大臣のあなたがじきじきにいらっしゃるなんて、よほど暇なのかしら?」

「あなたは自分で思っているよりずっと、大きな事件を起こしたということです」

 ジャネットが悔しそうに唇をかむ。

「ご同行願います。なに、すぐに国に帰してさしあげられるでしょう。ただ次にラフィーブの地を踏めるのがいつになるかはわかりませんが」

 キファーフはそう言って、彼女の肘を引いて空港の外に出るよう促した。

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