#22 サラ、無事でいてくれ!

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過激派の組織から爆破予告があり、アシュラフは地質学研究所も狙われる可能性があると思った。研究所にはサラがいる。彼は会社を飛び出して車で研究所に向かう。マイケルも一緒についてきた。


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 アシュラフは引き出しから車のキーを取り、急いで出ようとした。

「ちょっと待って。血相変えてどうしたの?」

 アシュラフははっとした。彼のことを忘れていた。しかしここで彼に事情を話すことには抵抗がある。なんといっても彼はマスコミの人間だ。国家的事件になりかねない事態を明かすのは……。

 アシュラフのためらいを瞬時に読み取ったかのようにマイケルが言った。

「隠さないほうがいいと思うな。もしかして今回の地質学調査に関わることじゃない?」

 さすがにマスコミの人間は鋭い。まだ事件が起こったわけではない。しかし万一のときは、アメリカの研究チームが巻き添えを食う。

「ある過激な宗教集団から爆破予告があったそうだ。どこに仕掛けたかはわからない。ただ各所に警戒を強化するよう指示があった」

「テロ……」

「あくまで予告だ。しかし少し前にジャネットがその集団と接触していたという情報があった。それで万が一……」

「地質学研究所か!」

「ああ」

 アシュラフはそれだけ言うと、部屋を飛び出してエレベーターに向かう。マイケルがそれを追いかけた。

 運転手を呼ぶまもなく、アシュラフは自分の車に乗り込む。助手席側からマイケルが乗りこんでくるのを見て叫んだ。

「君も乗っていく気か?」

「ここまでは外務省の車でおくってもらったんだ。けちなこと言わずに乗せてよ。もしサラに何かあったら、リリアナに顔向けできないでしょ!」

 サラに何かあったら……そう思うとマイケルのことなどどうでもよくなり、ただできるだけ早く地質学研究所に着くよう、車を走らせた。

 研究所の入り口には守衛所があったが、アシュラフの顔を認めると守衛はすぐ門を開けた。できるだけ建物に近いところまで車を寄せ、正面玄関に向かう。ロビーにブライトン教授とチームの研究者たちが見えたと思った瞬間、上の階で爆発音が響いた。高い悲鳴があがる。

「大丈夫か!」

 アシュラフも思わず叫んでいた。

「ここは大丈夫だ……しかし爆発したのは二階だったな。分析室にサラが……」

 チームの一人が震える声で言う。

「サラ?!」

「片付けてから行くと言っていたからすぐ来ると思ったんだが……」

 アシュラフは彼が話し終える前に、階段を上っていた。

 二階に着くと、奥の部屋から煙があがっているのが見えた。

 分析室だ……アシュラフの背筋に悪寒が走る。部屋の前の廊下はすでに真っ白だ。中にはオレンジ色の光が見える。火も出ているのか……。そう気づいたが、アシュラフに一瞬のためらいもなかった。ドアを蹴り開けて中に飛び込む。

 なるべく煙を吸わないよう、低い姿勢で目を凝らしながら進む。すると資料保管庫の前に、サラが倒れているのが見えた。

「サラ、大丈夫か!」

 体を起こすとサラがうっすらと目を開ける。

「アシュラフ、いったい……」

「研究所に爆発物が仕掛けられていたんだ。まだあるかもしれない。とにかく早く出なければ。立てるか」

 爆発物と聞いて、サラの目が大きく見開かれる。しかし次の瞬間、弾かれるように上半身を起こした。

「石は……あの隕石が……」

「隕石? サラ、いくら貴重なものでも、今はだめだ。命のほうが大事だろう?!」

 アシュラフの叱咤の声にサラの体がびくりとする。アシュラフのほうへ向いたと思ったら、その目からはらはらと涙が落ちる。

「ごめんなさい……あなたからの預かりものなのに……」

「僕が……?」

 あのパーティーの晩のことがよみがえる。あの、僕が渡した黒い石のことか。だが今はそんなことを考えている場合ではない。とにかくここから出なければ……。

 そう思ったとたん、近くの部屋からまた爆発音が響いた。サラが自分にしがみついてくるのがわかった。彼女をかばうように抱きしめ、衝撃が伝わらないようにする。

「立てるか?」

 サラは気丈にうなずき、アシュラフの肩を借りて立ち上がった。しかし足をけがしているらしく、しっかり体重を支えることはできない。アシュラフは彼女の腕を自分の肩に回して支えた。体がぴったりと密着する。早鐘のように打つ心臓の音までも聞こえそうだ。とにかく彼女を無事に脱出させなければ。アシュラフは頭の中で、ただそのことだけを考えていた。


 下に降りてみると、一階でも爆発があったらしく、煙がたちこめている。そこまでがんばっていたサラの力が抜けて、くずおれそうになる。

「もう少しだ。必ず助けるから、しっかりするんだ」

 サラがうっすら目を開けたように見えたが、体の力は抜けたままだ。アシュラフはひざまずくと、彼女を背中におぶって正面玄関のドアに向かった。

 外に出ると医療スタッフがすぐに寄ってきて、サラをたんかに乗せた。自分がここに来てからどのくらいの時間がたったのだろう。まわりで何人か応急処置を受けている者もいる。

「サラ、もう大丈夫だ」

 アシュラフは彼女の手を握り、耳元でささやいた。サラの目がゆっくりと開く。

「アシュラフ……ありがとう」

「そんなことはいい。とにかく無事に出られてよかった」

「あなたは……あなたは大丈夫なの?」

「ああ。ただ僕はこのままここに残る。君は病院で回復することだけを考えろ」

「ええ……でも……」

「なんだ?」

「必ず……必ず帰ってきて。このまま無事で……私のところに……」

 アシュラフは胸を衝かれた。

「わかった……必ず君のところに戻る。だから君もそれまでに元気になっていてくれ」

 サラはうっすらと笑顔を見せ、ふたたび目を閉じた。

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