#21 なぜサラは嘘をついたんだ

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アシュラフのところにマイケルがやってきた。アシュラフはサラが彼と結婚すると話していたと告げる。マイケルはきっぱり否定し、その理由も教えてくれたが、なぜサラがそんな嘘をつくのかわからなかった。そのとき、内務大臣のキファーフからアシュラフに電話が入る。


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パーティーの二日後、マイケルからアシュラと個人的な話をしたいと連絡があった。いったいどういうつもりだ? サラのことでも話そうと言うのか? ビジネスの世界ではこれまであまり会ったことがないタイプの赤毛の男に、どう相対すればいいのか、アシュラフは考えあぐねていた。もちろんそれを顔に出すことはなかったが。

マイケルはアシュラフのオフィスに入ると、臆することなく椅子に座った。あいさつもそこそこに、いきなり切り出す。

「僕のまわりの一部で、あなたとジャネット・ラウが結婚するという話があるんだけど、それは本当かい?」

 あまりの率直さに、アシュラフは半ばあきれた。

「いや、嘘だ。僕はジャネットとはつきあいを断った。それがどういうわけか誤解されて伝わっていた」

「油断ないビジネスマンのあなたにしては、詰めが甘かったね。いちばん誤解されちゃいけない人に誤解されてしまったわけだから」

 彼の指摘は正しいかもしれない。しかし言われっぱなしはごめんだ。

「それなら僕のほうからも質問しよう。サラが君と結婚すると言っていたが、それは本当か?」

 そう尋ねると、彼は汚いものを見たように顔をしかめた。

「やっぱり……。そんなことだろうと思ったよ。なんでそんなこと言いだしたのか知らないけど、僕は彼女と結婚なんかしない。それは断言する」

 アシュラフは心の底からほっとしている自分に気づく。

「そうか……唐突な話だと思っていた。しかし君が彼女と親しげにしていたのは事実だ。そう思わせるようなことをした覚えはないのか?」

 マイケルはさらに渋い顔になる。

「僕はそういうふうに利用されちゃうんだよね……。悲しいことに。僕が彼女と結婚しないのは、彼女自身よく知ってるよ。安全そのものなんでね」

「安全?」

 マイケルは背筋を伸ばしていったん座り直した。

「……僕はゲイだ」

 マイケルはそう言って、しばらく黙っていた。まるでアシュラフの反応を待っているように。

 アシュラフは一瞬、息をのんだが、やはりしばらく何も言わなかった。

「……なるほど」

 沈黙を破ったのはアシュラフだった。

「あれ? その程度の反応?」

「僕は外国人ビジネスマンとの付き合いも多い。別に珍しいことじゃない」

 それは半分は嘘だった。彼の知り合いのビジネスマンに限っては、少なくともカミングアウトしているゲイはいない。アシュラフはただマナーとして、驚いていないふりをしたのだ。

「サラとは女同士のようなものさ」

「しかし……それならなぜ彼女はそんな嘘までついて……僕を避けようとする?」

「まずこれから誤解ないよう聞いておくけど、彼女とあなたは、どういう関係になったの?」

 いちいち神経にさわることを言う男だ。しかしここでまた誤解されては困る。

「彼女との将来を考えたいと言った」

「それってプロポーズだよね」

「そのつもりだった。しかし結婚という言葉を出す前に拒絶された」

 マイケルは、やれやれと首を振った。アシュラフは続ける。

「その理由が僕にはよくわからない。研究者としてのキャリアを捨てたくないというのはわからないでもないが、それはどうとでもなることなのに」

「まあ、何を言っても屁理屈だよね。サラがあなたを愛してるのは間違いないはずだ。僕と結婚するなんて言ったのも、そうでもしないと、あなたを振り払えないと思ったんだろう」

「なぜそこまでして……」

「社会的立場、家柄、宗教……まあ、違うところが多すぎるよね。でも何より、自信がないんだろう」

「西欧の女性は自己肯定感が強いと思っていたが」

「誰だってコンプレックスくらいあるさ。彼女の場合、純粋に人から愛される自信がないんだと思うな」

「純粋に愛される自信?」

「彼女も名家の子だからね。先入観や期待が重苦しかっただろうし、地位や金目当てに近づいてくる人間のほうが多かっただろう。あなたみたいに、割り切ってそれを利用できればいいけど。彼女は立場とか地位とか関係なく、愛してくれるという確信が欲しかったんじゃないか。だからあなたが事態を進展させたいなら、まず彼女自身を愛していると伝えることなんじゃない?」

 一方的にマイケルに説教されているようでおもしろくはなかったが、彼女がアシュラフを愛しているのは間違いないという言葉に、消えかけていた未来が見えた。

 ピピピピッ! ピピピピッ!

 そのときアシュラフの緊急用の携帯電話が鳴った。この電話が鳴ることはめったにない。アシュラフは電話をつかむと、マイケルに「ちょっと失礼」と小声で言い、オフィスとドア一枚でつながっているとなりの個室に入った。

「どうした?」

 急いで電話をとると、低い男の声が聞こえた。

「アシュラフか。私だ」

「キファーフか。何があった?」

「過激な宗教集団の一派から、爆破予告が入った」

「爆破予告? いったいどの集団だ?」

「前にジャネットがある集団と連絡を取っているらしいと報告が行っただろう。どうやらそこらしい」

「ジャネットが。それなら僕の関係する施設の可能性があるな。石油プラントは警備を強化したが……」

「今回は誰も予想できないところに仕掛けたと言って切れた。私のほうでも可能性がありそうなところにすぐ人をやって調査させる。一般人が巻き込まれたら大ごとだ」

「わかった」

 アシュラフは電話を切ると、すぐに石油プラントと本社に連絡を入れ、警備強化と、万が一にも爆発物が仕掛けられていないか、すぐ調べるよう指示をした。

 他に思い当たるところ……別荘は街から離れたところにある。使用人も長く勤めている者ばかりだ。あやしい人間が入り込んだらすぐにわかるはずだ。

 他にどこかあるか? あまり一般的ではないが、今のラフィーブと僕に大きなダメージを与えられそうな場所……。

 アシュラフははっとして、マイケルのいる隣の部屋に飛び込んだ。

「きょうブライトン教授のチームは研究所か?」

「え? ああ……そうだと思うよ。特に予定は入ってないと思ったけど」

 アシュラフは手に持っていた携帯電話で、地質学研究所の所長に電話を入れる。しかし応答はない。

 学術関連の施設は、武器製造開発部門以外めったにターゲットにはならない。そのためセキュリティレベルが低いところが多いのだ。

 地質学研究所はまったくノーマークだった。アシュラフはもう一度キファーフに電話をかけて、地質学研究所も警戒の対象に入れるよう依頼した。

 しかしもっとターゲットになりやすい場所はたくさんある。とにかく行って、直接、所長か警備担当者と話さなくては。

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