#19 他に男がいたのか!
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アシュラフのことで平常心を保てず、パーティーから逃げてしまったサラ。マイケルが部屋までついてきて、話を聞いてくれた。しかし実はアシュラフも追いかけてきていて、それを見てしまい……
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アシュラフの前ではかろうじて抑えていた涙が、ひとりになったとたんあふれてきた。まだ、だめ。サラは自分に言い聞かせる。ここはまだホテルの廊下だ。部屋に入るまでは、なんとか抑えなければ。口を強く押さえ、嗚咽がこらえようとする。幸い、エレベーターには誰も乗っておらず、滞在している部屋の階まで、誰にも会うことはなかった。
しかし滞在している部屋の階に到着して扉が開くと、そこにスーツ姿のマイケルが立っていた。
「サラ! どうしたの? パーティーに出てたはずじゃ……」
相変わらず軽い調子で尋ねるが、彼女のようすが尋常でないことに気づいた。
「大丈夫? ひどい顔色だわ。とにかく部屋に行って休まないと」
「大丈夫よ。気にしないで……」
彼を振り切ろうとするが、足に力が思うように入らず、ふらついてしまう。
「大丈夫って言う人ほど、大丈夫じゃないのよ。ほら、部屋までおくってくから」
マイケルはごく自然にサラの腕に手を添えて、ゆっくりと歩き出す。じんわりと温もりが伝わってくる。
部屋の前まで来ると、マイケルはサラに向かい合い、諭すように言う。
「何があったか知らないけど、まだ素直になれないの? ラフィーブにいられるのもあと数日よ。きちんと決着つけないと、あとあとまで引きずっちゃうわよ」
「決着ならもう着いたわ。あなたの言うとおりだったわ。素直になれなかった私が悪いのよ」
「どういうこと?」
「……アシュラフはジャネットと結婚するのよ」
「ジャネットと?」
マイケルは眉間にしわを寄せる。
「大きなニュースはたいがい知ってると思ってたけど、そんな話、聞いてないわよ」
「まだ公表されてないもの。近々、正式に発表されるって」
「どこでそんな話を聞いたの?」
「昼間。ホテルのロビーでコリーナとジャネットに会ったのよ。ジャネットの口からはっきり聞いたわ」
話しているうちに興奮してきて、感情が抑えきれなくなった。顔がゆがみ、こらえきれずに声をあげて泣き出してしまう。マイケルがわかったわかったというように、肩を抱いた。
「ほら、部屋のキーかして。部屋に入ってとにかく落ち着きなさい」
サラはしゃくりあげながら、バッグの中からカードキーを取り出してドアを開けた。マイケルはうなずいて、サラの腰を支えるようにして、部屋の中へと彼女を連れていく。しまったドアの向こうで、サラを追いかけてきたアシュラフが見ていたことには、二人とも気づいていなかった。
サラはベッドに腰かけ、ティッシュで涙をふく。ひとしきり泣いて、心が少し軽くなったような気がした。
「少しは落ち着いた?」
「ええ、ごめんなさい。取り乱して」
「まったく……だいたいアシュラフが結婚てどういうこと?」
「わからないわ。でも結婚する本人が言ってるんだから、間違いはないでしょう」
「それはそうかもしれないけど、それならなぜあんたはそんなに取り乱してるの? その前にプロポーズでもされていたの?」
「いいえ……二人の将来を考えていると言われたけど、私にはその気がないって断っちゃったの」
マイケルは大げさに腕を広げて天をあおいだ。
「どうしてそんなこと言っちゃったのかしらね」
「それがいちばんいいと思ったのよ。でも……」
「……忘れられない、ってことが、今になってわかったのね」
サラは無言でうなずく。
「人間、恋するとおかしくなっちゃうもんだけど、経験値が低い分、こじらせちゃったってわけね」
サラは反論できない。
「まあ、アシュラフの結婚については、もう少しはっきりした情報が必要ね。でも最終的にはあなたの側の問題よ」
「そうね……」
「じゃあ、いつまでもここにいるわけにいかないから、私はもう行くわよ。パーティー会場にいるから、少し落ち着いて、よかったらいらっしゃい」
「ええ、本当にありがとう、マイケル」
「そうそう、何事にもそんなふうに素直になることよ」
マイケルはそう言って部屋を出て行った。
マイケルが出て行くと、サラはベッドにどさりと横たわった。深く呼吸をして、感情を整える。自分にとって、どうするのが一番いいのだろう。この苦しさの本当の原因は何なのだろう。
十五分ほど過ぎたとき、ドアにノックの音がした。マイケルが戻ってきてくれたのだろうか。そう思い、ベッドから起きて、そっとドアを開ける。その瞬間、強い力でドアが押され、サラはよろめいた。ドアノブで体を支えて前を見て、息が止まるほどびっくりする。
「アシュラフ! どうして……」
「どうして? さっき話がしたいと言っただろう。しかしどうやら僕はもう邪魔者になったようだな」
「何を言っているの?」
「さっきまで男がこの部屋にいたはずだ。あのコーディネーターのウルマンという……」
「見ていたの?」
「ああ。部屋に入る前に抱き合っていたのも」
「そう……」
こんなとき何を言えばいいのかサラにはわからない。
「この前、あの晩のことは気にしなくていいと君が言ったとき、気後れしているから、それと研究者の仕事を辞めるのがいやだからだと思っていた。しかしそうではなかったわけだ。もう次の男に乗り換えるなんて、本当に僕とのことは遊びだったんだな。見かけによらないプレイガールだったということか」
「アシュラフ……」
アシュラフの言葉に、サラの顔から血の気が引く。ここ数時間、感情の起伏が大きすぎて、頭がついていかない。そのせいか心が体から離れて、遠くから自分とアシュラフを見ているような気がする。
「ラフィーブきってのプレイボーイと言われたあなたに、そんなこと言われるとは、名誉に思っていいのかしら」
本当に男性に慣れたプレイガールなら、こんなみっともないことになるわけがないのに……。
「でもあなたもようやく腰を落ち着ける気になったようだし、お互い様でいいんじゃないかしら」
「どういう意味だ」
「ジャネットと結婚するのでしょう? 彼女自身の口から聞いたわ」
自分でも信じられないほど冷静な声が出る。
「ジャネットが? まさか! 僕は彼女とはきっぱり決別した。もう個人的には会わないと。コリーナともだ」
「ええ、コリーナはそう言っていた。でもジャネットは違う。あなたと結婚するのは自分だって」
「ジャネットがそんなことを言ったのか?」
意外だった。彼女のようにプライドが高い女性が、そんなことを言うわけないと思っていたからだ。
「それはジャネットの嘘だ。なぜそんなことを言ったのかはわからないが」
「私にもわからないわ。でも彼女とはきっぱり別れられてはいないのよ」
サラは息をついた。
「あなたが私との将来を考えると言ってくれたとき、本当はとてもうれしかった。でも怖いという気持ちはもっと強かった。あなたの背負ってるものが大きすぎるから。ジャネットのことで、それを再確認したわ。あなたと一緒になったら、こういうことがずっとついて回るでしょう。私はもっとささやかな幸せが欲しいの」
「サラ、それは……」
「マイケルはやさしい人だわ。テレビマンとして優秀だけど、身分とか地位とかとは関係ない。人との付き合い方について、彼にはずいぶん教えられた。アメリカに帰ったら、たぶん彼と結婚することになると思う」
こんな嘘、マイケルに知られたら激怒されるわね。
そうは思ったが、もうアシュラフに振り回されることに疲れた。アシュラフというより、そんな自分自身がいやで、もうきっぱりと関係を切ってしまいたかった。
「そうか……」
しばらく何も言わずに考えていたアシュラフが、それだけつぶやき、部屋から出て行った。サラはそのドアが閉まるのを見届けると、ふたたびベッドに倒れ込んだ。
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