#17 自分の心を見つめてみたら
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サラはアシュラフにもらった隕石を見つめながら、本当にこのまま帰国するのが正しいことなのか考えていた。自分の本当の望みは何なのかと。そしてアシュラフもまた、サラとともに生きるとはどういうことか、真剣に考えていた。すでにジャネットとの関係は切れたが、コリーナにももう個人的に会うことはできないと告げる。
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素直になったほうがいいよ――マイケルの言葉がサラの頭の中をぐるぐると回っている。私はどこかで意地になっているのだろうか。できるだけ家とは関係のないところで仕事をしたいと思っていたけれど、こだわりすぎるのはむしろ子供っぽいのだろうか。
アシュラフと生きることも、私にはとうてい無理だと思ったのだけれど……。
「サラ、ちょっと」
ラフィーブ地質学研究所のラボの一つで、分析作業をしていたサラに、ブライトン教授が声をかけた。
「はい」
「このあいだの黒い石、やはり隕石だった。予想していたかもしれないが、パラサイト隕石だ」
教授の言葉にサラは軽い興奮をおぼえる。パラサイト隕石とは、鉄分の多い隕石で、中にペリドットと呼ばれる美しい緑の石が含まれる。透明感があったのはそのせいだ。磨くと宝石のように美しく輝き、希少でコレクターズアイテムとしても人気があるが、地質学者にとってはもちろん貴重な資料となる。
「細かいことはこれから調べなければならないが、ラフィーブとの共同研究ということになるだろう。もしラフィーブで多く発見されるようなら、隕石の分布地図が変わるかもしれない。このあいだの石はまだ君が持っているか?」
「はい」
サラは鍵のかかる棚にしまってあった、黒い石を取り出した。この石を見るとアシュラフを思い出す。住む世界が違うと思っているのは本当だが、私がもっと素直になれたら?
「それはサウード家の敷地内で見つかったものだったな。滞在中にできるだけ話を進めておくから、しばらくは研究所の預かりという形にしてほしい。第一発見者は君という事実は変わらないから、しばらく我慢してくれ」
「我慢なんて……それに私が発見したわけでは……」
「あくまで研究上ということだ。もしかすると砂漠の民はたくさん持っているのかもしれない。これまで誰も注目していなかった物に光を当てたという意味で、発見者の価値があるんだ」
サラはうなずいた。この野外調査で、一つでも価値のあるものを見つけられたのならうれしい。研究者として駆け出しだけれど、今後のテーマに出来たならば。でもそうしたら、今後ずっとラフィーブと関わり続けることになるだろう。少なくとも、アシュラフとのわだかまりを抱えたままにはしたくない。やはりもう一度、帰国前に話をすべきだろうか。
サラは黒い隕石を見ながらじっと考えていた。
野外調査に出なくなったといっても、毎日、研究所に行くので、忙しさは変わらない。けれども体力的にははるかに楽だ。ラフィーブの研究員は男性ばかりで、マイアとサラはしばらくぎこちない思いをしたけれど、今ではすっかりなじんでいる。居心地のいい空間で、アシュラフのことは忘れていられた。しかし分析しているさいちゅうに、ふと石を見て彼を思い出す。
次の土曜日の夜には、宿泊先であるガルフ・インターナショナルで、ラフィーブ資源省の関連機関のパーティーが予定されていた。そこにはきっとアシュラフも来るだろう。あのときはお互い冷静ではなかった。もう一度、きちんと話そうと、サラは決心した。
アシュラフは土曜日の夜のパーティーが、サラと話すチャンスだと思っていた。彼女もそろそろ冷静になったころだ。自分も彼女に言われたとおり、将来を考えるとき二人の立場や社会的地位の条件も気にしていたかもしれない。これまでずっとそうだったから、そこから抜け出せていなかった。しかし彼女に惹かれたのは、国や家の利益とはまったく別のところだ。
ジャネットとの関係に終わりを告げたあと、コリーナにも、もう個人的には会えないと告げた。
「本当に好きな人ができたのね。その人と結婚するの?」
彼女は目に涙をためてそう言った。
「いや、まだ何もわからない』
「……そう、でも一人に絞るのはいいことだわ。たとえビジネスのためとはいえ、あなたの顔を見られるのがうれしかった。でもいつまでも期待を持たされているとつらくなるわ」
「コリーナ、すまない」
「いいえ、どこかでわかっていたの。その人と幸せになれることを祈っているわね」
彼女はもっと感情的になるかと思っていたが、思いがけないほど冷静だった。彼女もさまざまな駆け引きの中で生きている。割り切るすべを知っているのだろう。そう思いながらも胸がちくりと痛んだ。
秘書の男性がその日の予定の変更について連絡をしに、オフィスに入ってきた。変更自体は大したことがないが、深刻な顔でこう付け加えた。
「実は、ジャネット・ラウ様の動きで気になることが報告されました」
「ジャネットの?」
「はい、つい最近、過激な宗派の一部と連絡をとったようです。もちろんジャネット嬢が直接ということではありませんが」
「テロを起こしそうな集団か?」
「ラフィーブを含め、周辺国に存在する保守派集団です。ラフィーブの西欧化に反対し、何度か爆発予告を出しています。すべて未然に防がれましたが」
「わかった。内務大臣のキファーフに連絡を入れておいてくれ。それから……わが社の警戒態勢も強化する。特に石油プラント、本社もだ」
「承知しました。すぐ各部署の長を集めます」
ジャネットを疑いたくはないが……それだけの力を持った女性だ。警戒するに越したことはない。
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