#14 これは先のない恋
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二人で過ごした一夜が明け、余韻に浸るアシュラフとサラ。サラは喜びをかみしめながらも、二人の関係には先がないことを考えていた。そしていまこの愛おしさを大切にしようと思うのだった。
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わずかな隙間から入ってくる日の光で、サラは目をさました。いつのまにか眠ってしまったらしい。アシュラフの胸にすがりつくように身を寄せていて、触れたところから体温が伝わってくる。ぱっと目を上げると、やさしく自分を見つめるアシュラフと目が合った。
「アシュラフ!」
自分がどんな状況にいるのか思い出して、サラは体を起こそうとしたが、すぐアシュラフに引き寄せられた。
「まだ時間は早い。もう少し眠っていても大丈夫だ」
アシュラフの言葉に、サラは体の力を抜く。小屋の中には電気も火もない。まだしばらく余韻に浸っていられるのがうれしかった。体の高ぶりもほてりもまだ引ききっていない。けれどもアシュラフの穏やかな横顔を薄暗がりの中で見ていると、体の奥底からじんわりと温かさとやさしい気持ちがわきあがってくる。
でも……将来を期待してはいけない。彼も私もお互いを欲しいと思った。それは男と女の間にいっときだけ生じる熱だ。欲望が満たされれば、熱は失われる。彼とこのままこうしていられるのなら、閉じ込められたままでもいい。外に出たらそこは現実の世界。私は一介の研究員であり、彼は一国の経済を左右する一族の人間だ。一緒に生きていけるわけがない。そう思うとこの一瞬がとても貴重なものに思えて、できるだけ味わい尽くそうと目をつぶる。
すっかり夜が明けて、砂漠には灼熱の太陽が戻ってきた。地面も乾いている。ドアを開けたとき、日差しがあまりにもまぶしくて、サラは手を目の前に持ち上げ、それをさえぎった。
「大丈夫か?」
アシュラフが気遣うように尋ねる。
「ええ。本当に来てくれてありがとう。私一人だったら、とても耐えられなかった」
その言葉にアシュラフがほほえむ。
「でも……きのうの嵐が嘘みたい。あんなに風が吹いて雨も降っていたのに」
「いや、実は雨はそれほど降っていない。風が強くて音をたてるから雨もひどいと感じるが、止んでしばらくすれば乾いてしまう。砂漠の乾きを潤すのは難しい」
サラは立ったまま、目の前の光景をながめた。荒涼とした土地。取り残されたらきっと三日も生きられないだろう。それは異国の水や植物に恵まれた土地から来た人間を拒んでいるように見える。
「できれば午前中に帰りたいが、らくだに乗れるか? 今日は走らせずにゆっくり行く」
「ええ、大丈夫。荷物をまとめたら出発しましょう」
二人とも、あえてゆうべの出来事には触れなかった。先のことなど考えなかった。けれども後悔はしていない。サラのその思いは揺らいでいなかった。もともと先のない恋なのだ。
アシュラフが用意してきてくれた、黒いアバヤを身に着け、スカーフを頭に巻く。午前中でも日差しはきつい。全身をおおっていないと、とても外を歩けない。サラは彼の心遣いに感謝した。
「らくだに乗っている間も、水はこまめにとったほうがいい」
「わかったわ」
二人でらくだに乗るのは二度目だ。背中に彼の熱を感じる。ゆうべのことはすべて夢だったような気がする。彼への思いをすべて吐き出して、空っぽになってしまった自分。少しずつ屋敷に近づき、現実世界へと近づいていく。
「車の迎えが来たようだな」
アシュラフが小声でつぶやく。
「え? 車が?」サラにはまったくわからない。
「ああ、こちらに向かって近づいてくる。よかった。ガソリンの補給ができたようだ。車のほうがはるかに快適だ」
そう言ってらくだを止めると、自分が先に降りて、らくだをゆっくりと座らせる。じゅうぶん地面に近くなってから、サラはひょいと地面に飛び降りた。
アシュラフの視線の先を追うと、サラの目にもようやく黒い点が見えたかと思うと、それがあっという間に大きくなり、いつも移動に使っている大型の車だとわかる。運転手が一人とチームリーダーのトニーが乗っていた。
「サラ、無事か。よかった」
サラたちの横に車が停まると、トニーが飛び出してきて、サラの肩を抱いた。
「トニー、心配かけてしまったわね。私は大丈夫。でも毛布と水がなかったら、どうなっていたか……」
トニーの顔を見たら、また別の安堵をおぼえて涙があふれてきた。
「ああ、怖かっただろう。アシュラフ、本当にありがとう」
「いや、疲れているだろうから、ここから車で連れて帰ってやってくれ。僕は少し他を回ってから帰る」
「わかりました。本当にありがとう」
トニーが抱えるようにして車に乗せてくれる。気づかうトニーと何も話さずにいるうちに、屋敷に着いてしまった。玄関を入ると、ソファにブライトン教授が座って待っていた。
「サラ!」
サラの姿を見ると、弾かれたように立ち上がって駆け寄った。
「すまなかった。無事で本当によかった」
そう言って、両手を肩に置いてぽんぽんと叩く。
「今日はもう外に出ないで部屋で休んでいなさい」
「はい、ありがとうございます」
「じゃ、私はまた出かけるから」
サラは軽く会釈して、教授を見送った。
「さすがの教授もコタえたみたいだよ。マイアにみっちり怒られて」
「まあ」
いいかげんで困った人だが、こういうときはきちんと謝るのが、教授らしくもあった。
「そうね、教授のお許しも出たし、今日は一日、寝ることにするわ」
「ああ、そのほうがいい。調査日程はまだ半分以上残っているんだ。疲れをとってくれ」
サラは自分の部屋に入るとアバヤを脱いでパジャマ代わりのジャージに着替え、そっと自分の体を抱きしめた。まだ全身にアシュラフの余韻が残っている。熱く燃えるようなひととき。初めての体験……。一瞬、驚いたような顔をしたアシュラフは、サラに経験がないと知ると、このうえなく優しく、けれども所有欲をむきだしにして、サラの体にアシュラフを刻み付けた。一生残るだろう熱い刻印を。
そして、実ることのない恋……。ひと時の感情の代価はきっと生涯忘れられないほどの痛手となって残るのだろう。苦しい……。恋しい人に抱かれたことで、こんなにも苦しくなるなんて……。サラは崩れ落ちるようにベッドに倒れこんでいた。
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