#12 置き去りにされたサラ
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砂漠で二つのグループに分かれて調査を進めていた地質学チーム。サラはブライトン教授と組んで岩や植物を集めていた。そこで教授が隕石らしき石を見つけてひどく興奮してしまった。すぐに分析したいという気持ちが勝り、一人で研究所に戻ってしまった。砂漠に置き去りにされたサラは……。
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その後、二~三日は何事もなく調査に没頭する日々となった。朝から荒涼とした現場に出て、日差しの強い真昼は小屋で休憩し、また日没まで調査を続けて、夜には別荘に戻る。砂漠でこれほど穏やかな天気が続くことは珍しいというくらい、これまで天候には恵まれていた。突風、砂嵐、砂漠で天気の急変にあえば、命に関わることもある。できるだけ天候がいい間に、調査を進めてしまいたいというのが教授の考えだった。
その日はチームが二つに分かれて作業をしていた。サラは教授の助手として動き、他の三人は教授の指示で別の現場で、現地の研究者と協力して調査を進めていた。初めて来る場所で、地面はひび割れていたものの、周囲には少し植物もあった。
夕方近くなり、もうすぐ一日の作業が終わるというころになって、ブライトン教授がサラを呼んだ。近づいてみると、手のひらに黒い石がのっている。
「これは何だと思う?」
その黒い石を取り上げて、サラはまじまじと見た。ガラスのような光沢、日にかざすと、ところどころに緑色に透ける部分がある……。
「これは……隕石ではないでしょうか」
「おそらく、そうだろう。この国では本格的な地質調査が行なわれてこなかったから知られていなかったが、こういった石がたくさん見つかるのなら、かなり大きな隕石衝突があった可能性がある。それがいつだったのかわかれば……」
サラはそのとき、ずっとポケットに入れていたものの存在を思い出した。衝撃的なキスのあと、すっかり記憶が飛んでしまっていたのだ。
「教授、実はこのあいだ宿泊している別荘の庭で、これを見つけたんです」
作業着のポケットから、アシュラフからもらった石を取り出し、教授に渡す。教授はさっきのサラと同じように、それを取り上げて光にかざした。
「……これは君が見つけたのか?」
「正確には、アシュラフが見せてくれました。私有地にあったものですし、彼が私たちに調査を依頼したという形にしたほうがいいだろうと言って」
「たしかに……たしかに……わかった。これは明日にでもラフィーブの研究所で分析を行なおう。それまでは持っていたまえ」
「わかりました」
サラは石をポケットに戻して、再び自分の持ち場に戻った。大きな岩の上を慎重に歩きながら、その土地の特徴を示していると思われる石があると拾っていく。裂け目や地層が見えるところがあると、デジカメでその写真を撮る。手慣れた作業なので、ほとんど考えることなく、機械的にこなしていった。そのような作業に没頭していると、周囲のことも気にならなくなる。
何時間、作業に没頭していたのだろうか。手元が暗くなり、頬に冷たい空気を感じて、サラははっと顔をあげた。そろそろ終わる時間かと思って立ち上がると、膝に痛みを感じた。思っていたより長くかがんでいたようだ。あたりはしんと静まっている。見える範囲に教授はいない。ふといやな予感がよぎる。
「ブライトン教授……?」
声は周囲にむなしく響く。少し離れたところに置いてあったはずの教授の車がない! サラは頭から血が引いていくのを感じた。
トニー、マイア、チャールズは、アシュラフの屋敷に先に戻ってすでに食事を終えていた。
「教授とサラはまだ帰ってないの?」
「ああ、そういえば二時間くらい前に、研究所からメールが来て、教授が砂漠で見つけた石を持ってきてるから、少し遅くなるだろうって」
「あら、教授があわてて研究所にかけこむなんて、よっぽどすごい物を見つけたのかしら」
「地質学の発見は九九パーセントがはずれだよ」
「それはわかってるけどね、あの教授だとその一パーセントに当たっても不思議はない。それが才能というものじゃない?」
「そうかもしれない。だから人もついてくる」
「お、噂をすれば、教授のご帰還だ」
ブライトン教授は顔を輝かせて、助手たちには目もくれずに自室へと向かった。
「あの調子じゃ、本当にすごい物を見つけたのかもしれないな。何も目に入ってないじゃないか」
「研究所に行ったのなら、おそらく分析しているところね。どんな結果が出るか、楽しみにしていましょう」
「ところで、サラは?」
「いや、見ていないけど、教授と一緒だったんじゃないの?」
「行くときはたしかにそうだったけど、研究所には行ったのかしら」
三人は顔を見合わせた。
アシュラフが屋敷に戻ると、玄関前のホールが騒然としていた。
「今回ばかりは許せないわ! あまりにも無責任よ!」
研究チームのマイアが、顔を赤くして手を振って大きな声をあげている。
「天気が急変しそうだから、出るのは危険だって、それならどうすればいいの? あのへんは砂地じゃないから埋まる心配はないとはいえ、下手をすれば氷点下まで気温が下がるのよ!」
「いったいどうしたんだ?」
興奮しているマイアではなく、横にいたチャールズに訊ねた。
「実は教授が……今日はサラと組んで野外調査をしていたんですが、珍しい石を見つけたらしく、一人で研究所に車で行ってしまったみたいなんです。それでサラが帰ってこなくて……」
「つまり、砂漠に置き去りにされたということか?」
「たぶん。それで車で迎えに行こうとしたら、急に空が暗くなって。天候の急変があるかもしれないから危険だと止められました。それにガソリンがもうほとんどゼロなんですけど、補給ができなくて、あとどのくらい動くかわからないんです」
アシュラフの顎が強く引き締まった。
「なんてことだ! ガソリンは明日、補給車がここに来る予定だが、その調査の場所は?」
「この屋敷の西側に一五キロほど行ったところです」
チャールズが地図を取り出して説明する。
「この第六休憩所のそばですね」
場所を把握するために、調査用の小屋にはナンバーがつけられている。アシュラフは地図をじっと見て、決心を下すように言った。
「わかった。私が行こう」
「え? あなたが?」
研究者たちが驚いた声を出す。
「距離はそれほど遠くない。砂漠は慣れていない者には苛酷な場所だが、私はそこで生きてきた。どんなことにも対処できる。その小屋なら、らくだで一時間かからない」
「らくだ? 危なくないんですか?」
「砂漠の生活については、私たちのほうがよく知っている。いつ動かなくなるかわからない車よりは、はるかに頼もしい。まだ風は出ていない。天気がひどくなる前に着けるだろう。ただいつ帰れるかわからないから、ブランケットと何か食べるもの、それから水を用意してくれ」
最後の言葉は、そばにひかえていた召使いに言いつけた。
召使いたちはほんの数分でそれらを用意して、アシュラフに手渡した。他の人々は彼が出ていくのを、黙って見ながらサラの無事を祈るしかなかった。
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