#03 親友との再会

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夜に開かれるパーティー用の服を見ながら、リリアナはため息をついていた。ちょっと地味な気もするが、そもそもどの程度のパーティーなのかもわからない。そこへこの国の王子に嫁いだ同級生リリアナがやってきた。ラフィーブの民族衣装のテイストを取り入れたすばらしいドレスを持って……。そして頼りになりそうな同僚も紹介してくれた。


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 サラはホテルの部屋で荷物をほどきながらため息をついた。調査計画の発表で最初の課題はクリアできた。それなのにあの赤毛の男性があんなことを……。たしかにアシュラフ・サウードには目を引かれたけど、それはあんなに目立つ容姿をしていたからだ。映画スターにみとれるのと同じ。でも調査が始まってしまえば、もう二度と会うことはないわ。それからあの赤毛の男性にもね!


 サラは何かを吹っ切るように、トランクのふたをバタンと閉めた。

 ベッドに腰を下ろして大きく深呼吸する。これから二つ目の課題だ。夜はラフィーブの地質学研究所が主催するパーティーがあった。研究所とはいっても国立で、政府の肝いりのプロジェクトを担当しているため、注目度は高いようだ。ラフィーブ王室からも何人かが出席する。キファーフ王子の妃となったリリアナもその一人だ。リリアナに会えるのはうれしい。リリアナも自分に会うために、出席してくれると思う。でももう王室の人間なのだから、自分とは遠く離れたところに行ってしまっているのではないだろうか。

 サラはクローゼットにかけたワンピースを取り出した。ブライトン教授は意外にパーティー好きで、とにかく人脈を広げるためにも、人が集まるところにはできるだけ出てくべきという主義だ。専門研究にはお金がかかる。あらゆる組織、機関の助成金、企業や個人のスポンサーシップ。協力者は多いにこしたことはないのだ。

 持ってきたワンピースを手に取ってつくづくと眺める。アイボリーのシンプルなデザインで、これといった特徴もない。今日のパーティーに出るにはどうなのかしら……。親の社交でパーティーは慣れているが、王族も出席するというこの会は……。サラはまたため息をつきそうになった。

 そのときドアにノックの音がした。

「はい!」

 反射的に返事をしてドアを開ける。そこに大輪の花のような笑顔があった。

「リリアナ!」サラは思わず飛びついた。

「サラ! 来てくれてうれしいわ。待ってたのよ」

 リリアナは、以前よりもさらに美しく輝いている。

「プリンセスみずから部屋まで来てくれるなんて光栄だわ」

「やめてよ。クラスメートじゃないの」

「さあ、はいって。少し部屋で話ができるのかしら」

「ええ。パーティーが始まる前に話したいことがあったのよ」

 サラはリリアナを部屋に招き入れようとして、少し離れたところから、誰かがこちらを見つめているのに気づいた。

「それに、紹介したい人もいたの。マイケル、一緒に入って」

 やってきた人物を見て、サラは驚いた。さっきの赤毛の男性ではないか!

「サラ、彼はマイケル・ウルマン。スターテレビに勤めていたときの同僚なの」

「スターテレビの同僚?」

 彼は上品な笑みを浮かべている。

「ええ。彼は少しアラブ語ができるのよ。それで今回は文化交流会のコーディネーターとして参加してるの。取材も兼ねて」

 スターテレビはラフィーブで優先的な取材を許されている。オーナーの娘が第二王子の妃なのだから、当然といえば当然かもしれないが。

「それでブライトン教授の研究班がこちらにいる間は彼も滞在するから、紹介しておきたくて。何かと助けになってくれるはずよ。もちろん今夜のパーティーで、教授にも紹介するわ」

「ええ、そうね……」

「僕は何かと役に立つ男だよ。ここにいる間はどうぞよろしくね」

 事情はわかったが、なぜ私の部屋にまで連れてきたのだろう? いくら外国人向けホテルとはいえ、王子の妻が男性と二人で歩いていて大丈夫なのかしら。

 サラのけげんそうな顔を見て察したのか、リリアナがその答えを言ってくれた。

「それにあなたに知っておいてほしいこともあったの」

「そう、おもに僕の都合だけど。残念ながら君の恋人に立候補したいわけじゃないんだ。僕は女性には、そういう意味では興味ないから」

「え? そういう意味?」

「彼はゲイなのよ」

「ゲイ……」

「アメリカの会社ではみんな知ってるけど、こちらでは宗教的に受け入れられないだろうから、隠す……わけじゃないけど、あえてオープンにするつもりはないの。でもずっと話せないのもつらいから、誰かには知っておいてほしいのよね。リリアナの友人ならちょうどいいと思って」

 急に口調が変わったマイケルに面食らったが、サラは納得した。先ほどのマイケルのなれなれしさも、女性同士のような気さくなノリと思うと理解できた。

「わかったわ。カムフラージュのお手伝いくらいなら任せて」

 それに、外国にも慣れていて、リリアナの友人でもある彼のような人がいると思うと、少しほっとした。

「よかった。これで二人の紹介は終わり。あと、サラに渡したいものがあったのよ」

 マイケルが持っていた大きな紙袋を差し出す。リリアナはそこから箱を出すと、ベッドに置いて中味を広げた。

 美しいターコイズ色が目の前に広がった。優雅な素晴らしいドレスだ。

「リリアナ、これは……」

「伝統的なラフィーブのデザインを取り入れたドレスよ。そでや裾の縁取りがきれいでしょう。あなたに着てもらいたいと思って」

「リリアナ……」

 サラは泣きそうになった。自分の不安をぬぐってくれるさりげない気遣い。昔から彼女はそういう人だった。

「ホテルの美容院に予約を入れてあるわ。これに合ったアクセサリーも借りられるから、美容師と相談して好きなものを使って」

「ありがとう。でも、マイアが……」

 サラは同僚の女性のことを思い出した。自分だけそんな特別待遇を受けるわけにはいかない。

「安心して。マイア・レイノルズさんの分も予約してあるわ。ドレスもレンタルできるようになっているから。もう先に行ってるはずよ」

「ありがとう、リリアナ。何もかも……」

 言い終わらないうちにマイケルが口を挟む。

「本当ならあたしがアクセサリー選びからメイクまでやってあげたいくらいだけど、そうもいかないわよね。せいぜいおめかししてらっしゃい。リリアナに続いて、ラフィーブの富豪をゲットして玉の輿に乗るチャンスがあるかもよ」

「ばかなこと言ってないで。マイケルもいろいろ忙しいんでしょう。そろそろ行きましょう。サラも準備しなくちゃ」

 リリアナがマイケルを促して、部屋の外に出る。

「じゃあ、サラ。パーティーで会いましょう。明日からはもう調査に入るんでしょう? きょうはゆっくりおいしいものを食べて楽しんでね」

「ありがとう。とても楽しみよ」

 マイケルが最後に振り返って言った。

「ねえ、あなたたちのチームのリーダー、トニー・ライトだっけ? 彼、決まった人はいるのかしら?」

 サラが戸惑って何も言えずにいると、マイケルはウィンクして、リリアナと連れ立って長い廊下を歩いて行った。

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