第127話 カルフォン伯爵家
しばらくは特に大きなイベントもなく、毎日様々な仕事に追われて気付いたら数ヶ月が経っていた。そんないつも通りの毎日を過ごしていた俺に、突然重大な報告が舞い込んでくる。
その報告とは……そう、ティナが養子に入る伯爵家が決まったらしいのだ。その家はカルフォン伯爵家。ライストナー公爵家の隣に領地を持つ貴族家で、父上と母上と交流が深いらしい。俺もあまり覚えていないけど、小さい頃に何度か会ったことがあるそうだ。
今日はその伯爵家と、俺とティナの顔合わせの日。俺は伯爵家に向かう馬車に揺られながら、緊張から噴き出してくる手汗を何度もハンカチで拭っていた。俺の隣に座るティナもかなり緊張しているようだ。
「ティナ、大丈夫?」
「はい。なんとか……」
ティナの服装は母上がティナと一緒に整えたので、貴族家を訪問するのに全く問題はない。しかしそんな着慣れない服装も、ティナの緊張を高まらせているのだろう。
「二人とも、カルフォン伯爵夫妻はとても穏やかで素敵な方々だ。緊張する必要はないからな」
「そうよ。とっても素敵なご夫婦なの」
俺達の前に座る父上と母上がそう言って笑みを向けてくれるけど、それだけで解れるほどこの緊張は優しくないのだ。
「ティナ、二人で頑張ろうか」
「私で大丈夫でしょうか……嫌われたりしたら」
「大丈夫だよ。ティナは凄く素敵で魅力的だから」
「フィリップ様……ありがとうございます」
「もし何かあったら俺がフォローするし、そんなに気負わないで」
自分の緊張は気合いで押し込んでティナの緊張を少しでも解そうと奮闘し、そうしている間に馬車はカルフォン伯爵家の屋敷に着いたようだ。
門を通り抜けて少しだけ庭を進むと、すぐに屋敷のエントランス前に馬車が止まった。馬車の窓から外をチラッと見てみると、屋敷の前には伯爵家夫妻であろう二人と数人の使用人が出迎えに出てくれているのが分かる。
「カルフォン伯爵、伯爵夫人、盛大な出迎え感謝する」
「ライストナー公爵閣下、公爵夫人、ようこそお越しくださいました。さっそくですが、どうぞ中へお入りください。それぞれの紹介は応接室でいたしましょう」
「ああ、それが良いな。では失礼する」
エントランスでの会話は軽くで終わり、俺達はすぐに屋敷の中へと案内された。屋敷の内装は、俺達を歓迎してくれているのが一目で分かるほどに豪華だ。
この国が豊かになってきているとはいえ、廊下に絨毯を敷いたり生花を飾ったりするのは、まだまだ大変だろう。でもそれをしてくれていて、さらに自慢することもひけらかすこともない。これだけでこの夫妻がとても良い人達だと分かる。ティナは良い家と縁ができそうで良かったな。父上と母上に感謝しないと。
「どうぞお掛けになって下さい」
「ありがとう」
「そちらのお二人もどうぞ」
「ありがとうございます」
「失礼いたします」
カルフォン伯爵が優しい笑顔で促してくれたので、俺とティナは二人掛けの椅子に腰掛けた。さすがにまだソファーはない。しかしこの国では布張りになっているだけで、裕福であると見極めることができる。カルフォン伯爵家は貴族の中でも、かなり生活が豊かなのかもしれないな。
「最近我が屋敷でもお茶を取り入れることにいたしまして、果物もちょうど手に入ったものですから、ぜひお召し上がりください」
さらにカルフォン伯爵のその言葉で、使用人によってお茶と果物が運ばれてきた。実はお茶の葉は森で見つけて、大規模に栽培し始めているのだ。まだ数は少なく手に入れられるのは貴族の中でも高位の人達だけだけど、これから急速に広まると思う。
そんなお茶と、さらに果物まであるなんて、やっぱりカルファン伯爵家は裕福でやり手なんだな。ティナを預けるのにとても安心できる。
「おおっ、私はお茶をとても気に入っているのだ。ありがたくいただこう」
「私も独特な味にハマっているの。とても嬉しいもてなしだわ。ありがとう」
父上と母上がそう声を発したことで、カルフォン伯爵夫妻は安堵したようだ。そうして皆が一口ずつお茶を飲んで落ち着いたところで、父上が姿勢を正して俺とティナに視線を向けた。
「紹介が遅れて申し訳ない。こちらが息子であるフィリップとその婚約者となる予定のティナだ。フィリップとは会ったことがあるだろう?」
「はい。もちろん覚えております。フィリップ様、またお会いできたこと光栄でございます」
「こちらこそまたお会いできて嬉しいです。今回は大変な願いを聞き入れてくださり、誠にありがとうございます」
いくら嫁ぎ先が決まっていようとも、養子をとって親となるのは大変なことだ。俺はその決断をしてくれたことに対して、心からの感謝を込めて言葉を紡いだ。
「可愛らしいお嬢さんが娘になってくれるというのだから、嬉しい気持ちはあっても負の感情は全く湧いておりません。こちらこそ、このような機会をありがとうございます。……君がティナだね?」
カルフォン伯爵は俺に対して微笑みを浮かべた後、ティナに視線を移した。ティナはカルフォン伯爵からの言葉にかなり緊張しているようだけど、何とか笑みを浮かべて口を開く。
「はい。ティナと申します。この度は私を受け入れる決断をしてくださり、本当にありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げたティナに、二人は優しい笑みを浮かべた。
「とても礼儀正しくて可愛らしくて、素敵なお嬢さんだわ。あなたの親になれることが楽しみよ」
「本当だな。正直ここまで礼儀が身についているとは驚いた」
二人からの高評価を受けてすぐに受け入れられたティナは、安堵の表情を浮かべてさっきまでよりも自然な笑みを浮かべた。
「礼儀は教会で教えていただくことができました。しかし貴族の作法は知らないことも多いですので、教えて頂けたら幸いです」
「それはもちろんよ」
カルフォン伯爵夫妻とティナは上手くやっていけそうだな……俺はその事実に心から安堵して、緊張していた体の力を抜いた。
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