第115話 ムギ粉の生成

 それから一週間と数日後。

 無事にムギの乾燥が終わって、今は畑に一番近い会議室の中で乾燥したムギと向き合っている。部屋の中にいるのはコレットさん、ファビアン様、マティアス、それからシリルだ。


「これがムギなんだ」

「うん。天日で干して乾燥させたものだけどね。途中で雨が降って少し長めにかかったけど、基本的には一週間ぐらい干せばこの状態になるよ」

「……これを食べるのか?」

「はい。しかし先に付いている実の部分を挽いて粉状にして、さらにそれを調理したものをです」


 俺はムギ粉から作られるさまざまな料理を知ってるからこれが宝の山に見えるけど、それを知らない他の皆からは乾いた雑草ぐらいにしか見えないのだろう。


「シリル、脱穀器と製粉器の設置をお願い」

「かしこまりました。場所は真ん中で良いでしょうか?」

「うん。よろしくね」


 俺はムギを収穫してからの一週間、他の仕事をセーブしてまでこの二つを作ることに時間を割いたのだ。その甲斐あって、実用に足るものが完成している。

 脱穀器は結構手作業部分もあるけど、魔道具としては風を上手く使って、ムギの実だけを取り出せるようにしてある。製粉器は完全な白いムギ粉にはならないけど、それに近いものにはなるはずだ。


「大掛かりな魔道具だな」

「はい。もう少し小さくすることも可能ですが、作業効率を考えたらこの程度の大きさが最適だと思われます」

「ムギを平民にも作ってもらうことになったら、この作業をどこでやるのかも考えないとだね」


 確かにその問題はあるな……天日で干すところまでをやってもらって、一ヶ所に集めて脱穀と製粉をやるか。それぞれでムギ粉にまでしてもらうか。

 魔道具はそこまで難しい作りじゃないから、シリル達魔道具工房の皆でも作れるし、後者も不可能ではない。


「地域ごとに貸し出すのもありかな」

「確かにそれはありかも。降雨器はそれで上手くいってるからね」

「フィリップ様、準備が終わりました」

「シリルありがとう」

 

 マティアスと話していると準備が終わったようなので、コレットさんに一束のムギを持ってもらって魔道具に近づいた。


「この魔道具はこちらの部分に手作業でムギを入れ、ハンドルを回すと穂からムギが切り離されます。大体数十回ほど回せばほとんどが切り離されますので、その後で魔力を注いでもらって、魔力を注いだ後にも何回かハンドルを回すと脱穀は終了となります」


 コレットさんに実践してもらいながら、俺は隣で説明をしていく。ムギが貯まる部分は引き出せるようになっているので、そこを開けてもらうと……中には綺麗にムギだけが溜まっていた。良かった、成功だ。


「こうしてムギだけになったら、次はこちらの製粉器です。こちらからムギを入れて魔力を注ぎ……数十秒で引き出しに粉が溜まります。これがムギ粉です」


 ちゃんとムギ粉になってる……! 嬉しすぎる、これでパンが作れる! この粉をどれだけ切望していたか……


「凄いな。これはどんな仕組みなのだ?」

「製粉器は主に風の力で粒を粉にしています。ウインドカッターの応用と考えていただければと思います」


 前世では石を打ちつけたり、石と石の間ですり潰したりと色々な方法が開発されたけど、最終的にはこれが一番だと結論づけられた。粉の滑らかさが他の方法より優れているのだそうだ。


「この粉をこのまま食べることはできるの?」

「ううん、火を通さないとお腹を壊すよ。一番オーソドックスな食べ方がパンっていうものにすることなんだけど、このあと焼いてみるから実物を食べてみて」

「おお、それは楽しみだ」


 それからはコレットさんとシリルの手によって、全てのムギがムギ粉となった。そんなに量はないかなと思っていたけど、予想以上にたくさんの粉ができた。

 パンを焼いて余った粉はもらって帰ろうかな……家族皆にもパンを食べさせてあげたい。


「二人ともありがとう。じゃあ片付けをしたらムギ粉を持って厨房に行こう。コレットさん、厨房には連絡してくれてるんだよね?」

「はい。今回も厨房の一角を借りることができます。それから料理長も手を貸してくださるとのことです」


 料理長も手を貸してくれるのか、それはありがたい。やっぱり俺は知識はあっても、料理の腕という点ではそこまで良くないから。

 ハインツの時も一応貴族だったから、仕事の遠征ぐらいしか料理はしなかったんだよね……


「フィリップ、僕達も手伝うから早く片付けをしちゃおうよ。そのパンってやつを早く食べたいし」

「了解」


 マティアスのその言葉によって皆が動き出し、十分ほどで掃除は終わった。ファビアン様もマティアスもかなり身分が高いのに、こういう場面でなんてことはないように手伝ってくれるのが、この国を表してるなといつも思う。もちろん俺もなんだけど。

 ただ手を出さずに見守っている方が良い時はそうしてるから、二人ともその場を見極めてるんだろうけど。



 掃除が終わってから厨房に向かうと、そこには期待を込めた眼差しで俺達のことを待っている料理長がいた。


「皆様、お待ちしておりました」

「料理長、今日もよろしくね」


 最近の俺は料理長と関わることが格段に増え、前よりも親しく接するようになっている。料理長とは美味しいものを追求したいという点で凄く気が合うのだ。


「こちらこそよろしくお願いいたします。本日はムギという植物を使った料理だと聞いているのですが……」

「そうだよ」


 空間石に仕舞っていたムギ粉を詰めた袋を取り出して机に乗せると、料理長は興味津々な様子で袋の中を覗き込んだ。


「綺麗な粉ですね」

「今日はこれを使ってパンっていう料理を作るんだ。必要な材料はムギ粉と水、それから油。さらに前から作ってもらってた酵母だよ」


 本当なら砂糖を入れた方が発酵が促進されるし、油じゃなくてバターの方が美味しいし、さらに牛乳も入れたいのが本音だ。でもないのだから仕方がない。なくてもパンの形にはなるはずだ。


「かしこまりました。必要なものはそこまで多くないのですね」

「うん。とりあえずムギ粉さえあればどうにかなるのが、パンの良いところだから」


 美味しさを追求しなければ、ムギ粉を水で固めて焼いただけでパン……みたいなものにはなると思う。やったことないからどんな味になるのかは知らないけど。


「では皆様、厨房へお入りください」


 そうして俺達は全員で厨房に入り、卵の時と同じように俺と料理長が調理台の前に立ち、他の皆はそれを後ろから眺めるという位置についた。

 料理長は側から見ても分かるほどに浮かれていて、足取り軽く準備を進めている。見学の皆も瞳が輝いている。着実にこの国の人達が美味しい料理の魅力に囚われてきてるな……良い傾向だ。


 俺は美味しいパンを作ってまた皆を驚かせようと、気合を入れてムギ粉に手を伸ばした。

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