第116話 パン作り
まずは料理長が準備してくれたボウルにムギ粉を適量入れて、そこにその他の材料を全て投入してもらった。分量や入れる順番など細かいところまでは分からないので、もうここからは感覚だ。
「まずはすべての材料をしっかりと混ぜてほしい。固まってきたら手で捏ねるようにしてまとめるんだ」
「かしこまりました」
料理長は真剣な表情でボウルの中身と向き合っている。ちゃんと固まってるしちょうど良い分量だったかな……でも少し固まり切らない粉が残っている。
もう少し……ほんの少しだけ水を足すか。
そうして少しずつ調節しながらムギ粉を捏ねること十分、俺が知っている焼く前のパンの状態になってきた。
ただ砂糖を入れない場合はよく捏ねた方が良いと何かの本に書いてあった記憶があるから、もう少し長めに捏ねてもらう。
「もう十分かな」
追加で五分ほど捏ねてもらってから、料理長に声をかけた。パンを捏ねるのはかなりの重労働みたいで、額には汗が滲んでいる。
「かしこまりました。これで完成でしょうか?」
「ううん。ここから発酵させないといけないんだ。表面がつるんとするように固めてから、暖かい場所にしばらく置いておくよ」
この発酵の時間はレシピによってまちまちだったんだよなぁ……俺にはどれが正解なのか分からない。とりあえず何時間も待つのは大変だし、数十分かな。
「パンとは手間がかかる料理なのですね」
「そうなんだ。でもその分美味しいから期待してて。じゃあ発酵を待ってる数十分で、外にパンを焼く窯を作ろう」
現在のこの国でパンを焼くとなったらフライパンの上で焼くしかないので、ここは大変でも窯を作ろうと思っている。フライパンでも焼けはするのだろうけど、絶対に窯で焼いた方が美味しいはずだ。
「窯という設備? でパンは焼くのですか?」
「うん。パンは窯で焼いた方が美味しくなるんだ。俺が魔法で作るから、これからはそれを使って欲しい。どこに設置したら便利かな?」
「そうですね……では厨房の裏口を出た場所にお願いしたいです」
「了解」
俺達は全員で場所を外に移した。裏口を出たところには結構な広いスペースがあったので、窯を設置するのに問題はなさそうだ。
形状はドーム型にして二層構造にしよう。ドームの中に火も一緒に入れる一層構造の窯もあるけど、なんとなく分けた方が使いやすそうだ。
そしてサイズは大きめにしたい。それから材質は石だ。石にするとかなり魔力を消費するんだけど……多分ギリギリ魔力は足りると思う。最悪足りなかったら、後日作れなかった部分を付け足す形にすれば良いだろう。
そうして色々と考えながら魔法陣を組み立てていき、この国ではまだ俺にしか描けないだろうなという複雑な魔法陣が出来上がった。
「フィリップ様、さすがですね……私には読み解くことさえ難しいです」
「シリルもそのうち理解できるようになるよ。ちょっとこれは複雑にしすぎたかもしれないし」
何ヶ所か重複表現や余分な表現があるのが見直すと分かる。ただ魔力は足りそうだし、書き直すのは大変なのでこのまま発動させてしまおう。
この国では魔法陣魔法が一番得意だと言えるけど、俺もまだまだ完璧には程遠いのだ。
「うわっ、こんなこともできるんだ」
発動させて石窯が出来上がると、マティアスがそんな声を発した。
「便利だよね。でも弱点はあって、普通に石を切り出して作ったものと比べたらかなり劣化が早いんだ。だから時間があるならちゃんと石から切り出した方が良いよ」
この特性があるから、前世でも魔法陣魔法が家づくりなどに使われることはほとんどなかった。数ヶ月だけの仮設の建物には重宝されてたけど。
「ではこの窯も、いずれは作り直した方が良いのだな」
「はい。時間がある時にでも石工工房に来てもらって、同じ形で作ってもらおうと思います」
「フィリップ様、こちらはどのように使うのでしょうか?」
料理長は窯に興味津々だ。この人を見ていると、好きなことがあるっていうのは幸せだろうなと思える。俺の好きなことってなんだろうな……前世では読書だった。でもこの国にはそこまでたくさんの本がないし……
また別の趣味でも見つけようかな。魔法陣魔法や魔道具の研究をするのもありな気がする。最近は魔道具を作っている無心の時間が好きなのだ。
「下に火を入れて、上に焼きたいものを入れるんだ。今回はパンが上だよ」
「火加減はどのぐらいが良いのでしょうか?」
「うーん、結構強めでも良いと思う。でも俺もよく知らないから、そこは料理長が色々と試してみてほしい。パンはさっきの作り方だけじゃなくて、試行錯誤すればより美味しいものになると思うから、発展を期待してるよ」
俺のその言葉に、料理長は大きく頷いて拳を握った。
そしてそれからは窯に火を入れてパンを焼く準備をし、そろそろ発酵が終わった頃だろうと厨房に戻った。
「おおっ、大きく膨らんでいます!」
「ちゃんと発酵してるみたいだね。こうして膨らんでたら成功なんだ。じゃあ続きの工程だけど、パン生地の中に入ってる空気を抜きたいから、この膨らみを端から潰すように手で上から力を入れて欲しい」
この発酵したパンを潰してしまうっていうのがなんだか勿体ない気がするけど、必要な工程らしいので仕方がない。
料理長もそう思ったのか微妙な表情をしながらも、上手く潰してくれた。そして潰したパンを六等分に分けてもらって、濡れた布を被せて少し休ませる。
「休ませ終わったら、あとは形を整えてさっきの窯で焼くだけだよ。この後にもう一度発酵させたり色々とやり方はあるんだけど、今回はこのまま焼いちゃおう」
「ついに完成ですね」
これで上手く焼けたら良いんだけど。俺は緊張しつつ、パンを丸く成形している料理長を見守った。そして成形が終わったら、鉄板の上にパンを並べて窯の中に入れる。
「これであとは焼き上がるのを待つだけだよ。火加減にもよるけど、十分から二十分ぐらいで焼けると思う。焦げないように気をつけてね」
「焼き上がりはどのようになるのでしょうか?」
「うーん、多分だけど少し膨らんで、色は茶色くなるはずなんだ。焼き過ぎると焦げで黒くなるから、その手前で取り出してほしい」
料理長は俺のその言葉を聞き、窯の隙間からパンの様子をじっと見つめている。焼き上がるまでずっと観察するつもりなのだろう。
「楽しみだなぁ。パンってそのまま食べるの?」
料理長の後ろから窯を覗き込みながら、マティアスがそう呟いた。
「そのままでも食べられるけど、ジャモみたいに何にでも合うんだ。パンにトマソースを塗ってコロッケを挟んだら最高に美味しいだろうし、炒り卵とかも合うと思う」
「へぇ〜、何にでも合うんだね」
「うん。基本的に合わないものってない気がする」
パンとかコメに合わないものってあまり思いつかない。強いて言えば同じ主食になるジャモかな……でもコロッケにすれば最高に合うんだよね。
それからは皆で話をしつつパンが焼き上がるのを待ち、ついに料理長が鉄板に手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます