第112話 ティナと弟妹

 食堂を出るとマルガレーテとローベルトは、ティナの両脇を陣取ってとても嬉しそうに声を上げている。二人ともいつになくテンションが高い。


「マルガレーテ様、ローベルト様、お部屋をご案内してくださるのですか?」

「うん! ぼくのへやにはたからものがあるから、ティナお姉ちゃんに見てほしいの」

「ありがとうございます。嬉しいです」

「私はお洋服を見て欲しいです。たくさん可愛いものがあります!」

「そうなのですね。とても楽しみです」


 ティナはさすが子供の扱いは慣れているようで、笑顔で二人と会話をしている。そうして四人でまず向かったのは、ローベルトの部屋だ。ローベルトはベッドの下に木箱を隠していて、そこに大切なものを保管しているらしく、今日は俺達に中身を見せてくれるらしい。


 俺も今まで存在を知らなかった木箱だ。初めて来たのにティナの影響力が凄い。この国は学校もないし、家族以外に仲良くなれる相手が本当に少ないから、二人は嬉しいんだろうな。

 たまには王宮に連れて行ってあげたら喜ぶのかな……今度ファビアン様に相談してみよう。午前中だけなら見学ぐらいはできそうだし。


「これ! いちばんのたからもの!」


 ローベルトがそう言って嬉しそうに取り出したのは、綺麗な形の魔鉱石だった。ローベルトの手のひらに乗る小さなサイズだけど、ここまで綺麗な球体なのはかなり珍しい。


「凄いね。庭で見つけたの?」

「はい! おさんぽしてたらみつけたよ!」

「本当に綺麗ですね……ローベルト様、見せてくださってありがとうございます」


 ローベルトはティナにそう言ってもらえて、嬉しそうに頬を緩めている。子供って不思議なものを集めがちだけど、ローベルトは美的感覚が優れてるかもしれない。


「お店に頼んだら装飾品にしてもらえると思うけど、仕舞っておく方が良い?」

「え、そうなの?」

「うん。この大きさならネックレスにピッタリじゃないかな。ブローチとしても綺麗だと思うよ」


 俺のその言葉にローベルトは瞳をみるみる輝かせた。


「それなら、ははうえにプレゼントする!」

「おお、それは絶対に喜ぶよ。母上に内緒で俺がお店に頼んであげようか?」

「いいの?」

「もちろん」

「じゃあ、あにうえよろしくね!」


 母上はローベルトから装飾品をプレゼントされたら……絶対に泣くな。落ち着いてて優雅な貴婦人だけど、子供達への愛情はとても大きい人だから。


「任せておいて。凄く素敵に仕上げてもらうからね」

「うん!」


 そうしてローベルトの部屋の案内は終わり、俺達は次にマルガレーテの部屋に向かった。


「ティナさん、こちらに来てください!」

「かしこまりました。わぁ、とても素敵ですね」


 マルガレーテは部屋に入った途端に、ティナの手を引いて部屋の端にあるクローゼットに向かった。

 この家では服の可愛さについて語れるのが母上しかいないので、母上よりは歳が近いティナと話ができるのが嬉しいみたいだ。


「お気に入りの服を紹介します!」


 そう言ってマルガレーテはクローゼットの扉を開けた。中はとても綺麗に整えられていて、この国にしてはかなり豪華でたくさんの服が収められている。


「あねうえは、おようふくいっぱいだね」

「女性はたくさんの服が必要なのよ」


 ローベルトの素直な驚きに、マルガレーテが少し背伸びをして澄まして答えている。そんなマルガレーテに、俺とティナは微笑ましい笑みを浮かべてしまう。


「フィリップ様、私がこんなことを言うのは不敬かもしれませんが……お二方ともとても可愛らしいですね」

「そうなんだ。二人とも俺の大好きな弟妹だよ」


 ティナが二人を、俺の家族のことを褒めてくれるのが嬉しい。皆と仲良くなってくれたら良いな。


「ティナさん、こちらのお洋服を見ていただけますか?」

 

 マルガレーテはメイドに服を出してもらったようで、ピンク色の可愛い服を両手に抱えている。お気に入りなのか、良く着ているところを見る服だ。


「とても可愛らしいお洋服ですね」

「そうなのです! 前回の誕生日にお父様とお母様が買ってくださって、セットの靴とリボンもあるんです」


 これは誕生日プレゼントの服だったのか。確かに言われてみれば、そんな記憶がある気がする。今までの誕生日はなにもできなかったから、これからは何かプレゼントをしようかな。


「セットでお召しになったら、とてもお似合いになるだろうと想像できます」

「はい! とっても可愛いんです。ちょっと待ってていただけますか? 着てきたいです」

「もちろんです」


 それからはマルガレーテが何回も服を着替えてティナに披露し、俺は完全に飽きた様子のローベルトと魔法陣魔法で遊んで時間を過ごした。


 

 ――そして昼食会が終わってから約二時間後。ティナが孤児院へと帰ることになった。俺はティナを送るために、一緒に馬車へと乗り込む。


「ティナさん、二人に付き合わせてしまってごめんなさい。今日はとても楽しかったわ。またいつでもいらしてね」

「いえ、私もとても楽しかったです。またお伺いさせていただけたら嬉しいです」

「ティナ、気軽にうちに来てくれて構わない。また会えたら嬉しい」

「公爵様、ありがとうございます。またお会いできる時を楽しみにしております」


 ティナは父上と母上と挨拶を交わすと、別れを悲しんで涙を浮かべているマルガレーテとローベルトに笑顔を向けた。


「マルガレーテ様、ローベルト様、またお話しさせていただけたら嬉しいです」

「はい。絶対にまた来てください……っ」

「また……っ、来て、ね」

「かしこまりました」


 やっぱり歳の割に大人っぽくても、感情を制御するのはまだ難しいみたいだ。ただ二人とも可愛いから問題ないけど。

 ――俺も大概二人に甘いな。


 馬車が動き出してからティナが最後にもう一度頭を下げて、公爵家の屋敷を出た。ここからは二人だけの時間だ。俺は緊張を少しでも解すために、体を固定する手すりをぎゅっと掴んで深呼吸を繰り返す。

 さっきまでは緊張も忘れて楽しんでたけど、二人きりになったら一気にまた緊張が襲って来たのだ。


「ティナ、今日は来てくれて本当にありがとう」

「いえ、こちらこそ誘ってくださってありがとうございました。とても楽しかったです」

「それなら良かったよ。二人の相手もありがとう」


 俺のその言葉にティナはマルガレーテとローベルトを思い出したのか、優しく頬を緩める。その顔がとても綺麗で可愛らしく、俺は思わず見惚れてしまった。


「フィリップ様?」

「あっ、ごめん。――あのさ、大切な話があるんだけど、聞いてくれる?」

「……もちろんです」


 俺が震えそうな声音でなんとか告げた言葉に、ティナは少しだけ緊張した様子で言葉を詰まらせながらも、いつも通りの笑顔で頷いてくれた。

 俺はティナのその笑顔に勇気をもらい、今度こそしっかりと告白するんだと心に決めて口を開いた。

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