第111話 昼食会
「本日の昼食は、フィリップが考えた新しい料理も出る予定となっている。楽しんでもらえたら嬉しい」
皆で席に着くと父上がティナに声をかけた。そしてその言葉から少し遅れて、給仕担当の使用人が食堂に入ってくる。
「わぁ……とても良い香りがします」
「オムレツでございます」
そう、オムレツだ。この昼食会のためにうちの料理人クロードと卵が手に入るたびに試行錯誤して、オムレツを作り上げたのだ。しかもプレーンオムレツではなく、肉と野菜が入った豪華なやつ。上にはトマから作ったソースが掛けられている。
「とっても美味しいんだよ!」
「私は大好きです!」
ローベルトとマルガレーテが、この美味しさを伝えようと必死に頑張っている。そんな二人を見てティナは、優しい笑みを浮かべながら口を開いた。
「食べるのが楽しみです。こちらの黄色い部分は卵……でしょうか?」
「正解。卵で肉や野菜を包んである料理なんだ。上に掛かってる赤いのは、前に畑で見てもらったトマから作られたソースだよ」
孤児院には一度だけ卵をお土産として持っていったことがあるので、ティナは卵だと気づいたみたいだ。卵は孤児院で大好評で、皆が嬉しそうな笑顔で食べていた。
「あのトマがこちらのソースになっているのですね」
「このソースがとってもおいしいんだよ!」
ローベルトはお腹が空いたのか、そわそわして待ちきれないみたいだ。父上がそんなローベルトを見て苦笑を浮かべ、食事を始める声掛けをしてくれた。
「ではさっそく食事にしよう。光の神、ティータビア様に感謝を」
皆で祈りを捧げたら、さっそくナイフとフォークを手に取った。ちなみにオムレツの付け合わせには、いつも通りにジャモがたくさん盛られている。
……うん、やっぱり最高に美味い。肉と野菜は塩で味付けされているだけなんだけど、素材の旨味が際立って美味しいし、卵は半熟のトロトロで絶品だし、トマソースは少しだけ収穫できた香辛料も加えたので、味に深みが出ていて絶品だ。
「……っ、お、美味しいです!」
「良かった。気に入った?」
「はいっ」
ティナはオムレツを口に入れて数回咀嚼すると、瞳を見開いて驚きを露わにした。苦手な味じゃないみたいで良かった……トマの酸味や香辛料の独特な味わいは、必ずしも万人に受け入れられるものではないと分かっていたので、少しだけ心配だったのだ。
「おいしいよね!」
「美味しいですよね!」
ローベルトとマルガレーテはティナに美味しいと言ってもらえて嬉しいようで、さっきまでよりもニコニコだ。
「何度も食べたが、未だに驚くほどの味だな」
「ええ、本当に美味しいわ」
「このトマソースはどんなものにも合いそうです。例えば……コロッケなどにも」
おおっ、ティナは料理のセンスがあるのかもしれない。初めて食べるトマソースを、別の料理に合わせることに思い至れるのだから。
「コロッケにも凄く合うよ。トマソースは気に入った?」
「とても好きな味です。今まであまり食べたことがない味なので表現するのが難しいのですが……とにかく美味しいです」
ティナが好きなら、トマソースを使った料理をもっとたくさん開発したいな。やっぱり次はパスタを作るために、ムギを挽いてムギ粉を作ろう。
あと一ヶ月ぐらいでムギも収穫できるだろうし、それまでにムギを挽くための魔道具を作っておくかな。あれはそこまで複雑な作りじゃなかったから、簡単に作れるだろうし。
「ティナは食事の作法が身に付いているんだな」
俺がトマソースを使った料理に思考を飛ばしていたら、父上がそんな言葉を口にした。それに母上も頷いている。
確かに……ティナはカトラリーの使い方が上手だ。それこそ貴族の中でも綺麗だと言われるほどに。
「ありがとうございます。教会で一通り教えていただく機会がありまして、身に付けることができました」
「教会ではそのような作法も身に付けられるのね」
「はい。しかし私は貴族街の教会に異動になり、初めて教えていただいたので、全ての教会で身に付けられるというわけでは無いと思います。私は幸運に恵まれたと思っております」
そう言って微笑んだティナの様子に、父上と母上は感心しきりだ。ティナは勤勉で謙虚で心優しくて、実際に会って反対されることはないだろうと思っていたけど、反対されるどころか積極的に応援されそうな雰囲気になって来た。
「ティナは孤児院でどのような生活をしているのだ?」
「子供達の一通りの世話と、畑仕事がメインです。とても住み心地の良い場所に孤児院を設置いただきましたので、毎日楽しく過ごしております。さらにフィリップ様がお休みの日に孤児院を訪れてくださった際には、魔法陣魔法についても教えていただいています。院長のダミエンに変わり、王宮へ報告に行くこともございます」
そういえばティナの治癒魔法について、父上と母上に話をしたことはなかったな。二人には話をしておいた方が良い気がする。
「父上、母上、ティナは魔法陣魔法にかなりの才能がありまして、治癒の魔法も使えるようになっています。魔力量も多いので、重い病気や怪我も治すことができるようになると思います」
俺がそう言ってティナに視線を向けると、ティナは一つ頷いてから二人に視線を向けた。
「幸運にも才能に恵まれ、現在は治癒の力を伸ばしております」
「そうなのか。それは素晴らしいな」
「フィリップも治癒ができると聞いたけれど、同じぐらいの治癒が可能なのかしら?」
「いえ、まだフィリップ様には知識の面で遠く及びませんので、治癒できる疾患の幅は狭いです。しかしこれからも学び続け、少しでも近づけるように努力していきます」
確かにまだ俺には及ばないけど、ティナの知識を吸収する速度はかなりのものがある。一年後には俺と同程度まで実力を上げているだろう。
「素晴らしいわ。ティナさんは頭も良いのね。計算はできるかしら?」
「基本的な計算はできますが、今まであまり使ってこなかったこともあり、複雑なものは難しいと思います」
「そう。でもそこはこれから学べば良いものね」
「ああ、まだまだ時間はある」
そうして父上と母上がかなり先走って、これからについてティナと話をしていると、黙々とオムレツを食べ終えたローベルトが躊躇いながらも口を開いた。
「……ティナお姉ちゃん、もうたべおわった? ぼくのおへやにあんないしてもだいじょうぶ?」
ローベルトは話が終わるのをしばらく待っていたようだけど、さすがに父上と母上の話が長くて待ちきれなかったらしい。本当は無作法だけど、申し訳なさそうに口を開いたローベルトに全員が顔を緩める。
ローベルトは素直で無邪気で可愛いから、つい皆が甘くなってしまうのだ。まあまだ幼いし、賢い子だからそこまで心配する必要はないだろう。
「そうだな。ローベルトはティナを自室に案内するんだったか?」
「はい!」
「ははっ、そんな笑顔を向けられたら待てとはいえない。では昼食は終わりとしよう。ティナ、ローベルト達に付き合ってあげてくれないか?」
「もちろんです」
ティナが頷いてローベルトに笑顔を向けたところで、ローベルトは嬉しそうに頬を紅潮させた。マルガレーテも隣で瞳をキラキラと輝かせて嬉しそうだ。
「では父上、母上、お先に失礼いたします」
俺が代表して二人に退出の挨拶をして、ティナをエスコートしながら弟妹二人も連れて食堂を出た。ここからは子供だけの時間だ。
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