第113話 告白と将来の話
「俺は……ティナのことが、好きなんだ。ティナにずっと隣にいて欲しいと思ってる。もしティナが良ければ……俺と婚約してくださいませんか!」
俺は恥ずかしくて混乱して、最後は勢いで言葉を口にして大きく頭を下げた。なんとか頑張った……これが俺の精一杯だ。
それからしばらくティナの返答を待っていると、ティナは口元を片手で覆い隠しながら、綺麗な瞳からボロボロと涙をこぼした。
「え、ちょっ、ティナ大丈夫!?」
俺は泣かれるなんて思っていなくて慌ててしまい、咄嗟に手すりから両手を離してしまった。すると途端に体が馬車の揺れに翻弄され、頭を馬車の壁に打ち付ける。
「いったぁ」
「フィリップ様! 大丈夫ですか!?」
「うん……なんとか」
俺が頭をぶつけたことで、さっきまでの緊張感が霧散してしまった。俺とティナは数秒間二人で顔を見合わせて、同じタイミングでふっと笑みをこぼす。
なんだか締まらないな……でもそれも俺らしくて良いか。それにティナが笑顔ならなんでも良いのだ。
「フィリップ様、ありがとうございます。とても、とても嬉しいです。私はフィリップ様のことを……お慕いしております。私でよろしいのでしたら、ぜひ婚約者にしてください」
ティナはまだ涙の跡を残しながら、今までで一番綺麗な笑みを見せてくれた。俺はその返事と表情に、ぎゅっと心臓が掴まれるような感情が湧き上がり、なぜか瞳に涙が浮かんでくる。
……やばい、ダメだ。嬉しいのに涙が溢れる。
「ティナ……っ、本当に嬉しい。ありがとう」
「ふふっ、それは私のセリフですよ」
「でも、断られるかもって、ずっと思ってたから」
好きな人が自分のことを好きになってくれるのって凄いことだ。そんな奇跡が俺に起こるなんて。
「私もフィリップ様には釣り合わないと、ずっと自分に言い聞かせて来ました。――そういえば、私は婚約者になれるのでしょうか? 身分が釣り合わないのですが……」
ティナはそう言って表情を曇らせた。俺はそんなティナを早く笑顔に戻したくて、慌てて口を開く。
「大丈夫だよ。そもそも俺は公爵位を継がないから」
「え……そうなのですか?」
「うん。俺はティータビア様に選ばれた使徒という立場だから、公爵になると王位継承に問題が起こる可能性が高いんだ。だから公爵位はローベルトに任せて、俺は侯爵位をもらう予定だよ。だからティナには侯爵夫人になってもらうことになるんだけど……それでも良い?」
俺のその問いかけに、ティナは何度も首を縦に振った。
「侯爵夫人も想像できないほどに凄い立場ですが、公爵夫人よりは少し気が楽になりました。やはり公爵家というのは特別だという認識でしたので……」
「そうなんだよね。だからティナを公爵夫人にすることはかなり難しかったと思う。でも侯爵なら、ティナに伯爵家へ養子に入ってもらえば問題なくできるって」
ティナは俺の言葉を聞いてそこまで驚いている様子ではないので、養子の件は予想していたのかもしれない。
俺を選ばなければしなくても良いさまざまな苦労を受け入れてまで、俺の気持ちに応えてくれたのかと思うと本当に嬉しい。
貴族家の養子になって、孤児から貴族社会に足を踏み入れるのは相当に大変だろうから、少しでもティナの負担を減らせるように俺も頑張ろう。
「私を養子として受け入れてくださる家はあるのでしょうか?」
「父上と母上が張り切って探してるから、幾つも候補があると思う。ティナが選べるのかは分からないけど、少しでも過ごしやすいところになるよう俺もお願いするよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ティナは綺麗だし礼儀作法はほぼ完璧だし、さらに頭も良いんだから養子にしたい家はたくさんあるはずだ。
「私はいつ頃まで孤児院で働けるのでしょうか」
「そうだね……ティナは孤児院で働き続けたい? それとも伯爵家に養子に入ったら勉強をしないといけないだろうし、そっちに専念したい?」
俺がそう問いかけると、ティナはしばらく悩む様子を見せていたけれど、決意を固めた表情で働き続けたいと口にした。
「今の仕事は好きなので、もし選べるのであれば働き続けたいです。しかし難しいだろうことは分かりますので、無理ならば仰ってください。その場合は仕事を辞める時まで精一杯働かせていただきます」
「分かった。それも父上に伝えておくよ。……ただこれは確定じゃないから話半分で聞いてほしいんだけど、多分通いなら働き続けられると思うよ」
この国は貴族だとしても働くことを止められることはないし、家で何もせずにいるのなら働いた方が好印象なのだ。さらに孤児院は国営で、国主導で行なっている事業。それに関わる仕事を止められるってことはないだろう。
「本当ですか! それは……凄く嬉しいです。ありがとうございます」
ティナの表情がもう一段階輝いた。そうさせたのが孤児院での仕事っていうのが少しだけ複雑だけど、仕方がないか。ティナは子供達のことを本当に大切に思ってるから。
問題は俺と結婚した後だけど……さすがに侯爵夫人となってまで、孤児院に通うのは無理だろうな。でもそうなれば、今度は経営側として孤児院に関わることもできる。
その辺はまた後で考えれば良いだろう。まだまだ時間はあるのだから。俺の成人まで四年以上はある。
「正式に色々と決まったら、また詳細を伝えるよ。いつ養子に入るのかによって仕事にも影響があるだろうし、ダミエンにも話をしないとだね」
「はい。よろしくお願いいたします。……養子に入らせていただいたら、すぐに婚約発表となるのでしょうか?」
どうなんだろう。ティナとの婚約発表は即ち公爵位を継がないことの発表になるし、さらに将来的に侯爵位をもらうことの発表にもなる。
多分準備には時間がかかるだろうな……普通は公爵家の屋敷で貴族を集めて発表するんだけど、もしかしたら王宮でやることになる可能性もある。
王位継承に問題が起こらないように、陛下と父上が色々と考えてパーティーなどを開くのだろうから。
「これも確証はないんだけど、そんな早い発表はないと思う。多分一年後とか……早くてもそのぐらいになるかな。だからそれまでは秘密にしていてほしい」
「かしこまりました。ポロッと溢してしまわないように気をつけます。……嬉しいことを話せないというのは、意外と辛いですね」
ティナはそう言って苦笑を浮かべた。俺とのことを周りに話したい嬉しいことだと、素直にそう言ってくれるティナが本当に好きだ。
「じゃあ定期的にうちの屋敷に招待するよ。そうすれば分かる人は察してくれるだろうし、ティナもうちの屋敷でならこれからのことを自由に話せるから。マルガレーテとローベルトも喜ぶと思うし」
正式に発表してないことを本人の口から話してしまうのは問題があるけど、匂わせるのは特に問題ないのだ。ただそうするとティナが今までよりも危ない立場になるかもしれないから、一人にはならないように気を付けてもらおう。
「お二人とまたお会いできるのも楽しみです」
「二人に伝えておくよ」
多分凄く喜ぶだろうな……二人は俺の想像以上にティナを気に入っていたようだから。ティナと婚約するって言ったら、かなり喜んでくれる気がする。
俺はその時の二人の輝く瞳を想像できて、頬が緩んだ。
それからも幸せな気分でティナと様々な話をし、孤児院にティナを送り届けて俺は屋敷に戻った。
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