第105話 果物と香辛料
「コレットさん、今は捕まったストレス下で卵を産まない可能性が高いけど、数日したら卵を産み始めると思う。卵は手のひらに乗るぐらいのサイズかな」
俺は空間石から取り出した紙に、大体の大きさを描いてコレットさんに見せた。
「意外と小さいのですね」
「そう。そこまで殻が固いわけでもないから、割らないように気をつけて」
他の魔物でも卵を産むものはたくさんいるけど、中には鉄の棒で叩いても全く割れないような卵を産む魔物もいる。しかしニワールの卵は、人間が簡単に割ってしまえるほどの脆さなのだ。
「それから雌は卵を毎日数個ずつ産むから、その中からいくつかは数を増やすために残しておいて、他は毎日収穫して欲しい」
「かしこまりました。収穫したらフィリップ様に知らせれば良いでしょうか?」
「そうだね、執務室に知らせに来てくれる? ただ俺も明日からは頻繁にここに来る予定だから、数日は俺がいる時の収穫になるかな。しばらくはコレットさんの負担が大きいと思うけどよろしくね。そのうち人を雇って販売ルートを確保するから、そうしたら負担は減ると思う」
早めに飼育員を雇って、卵を運ぶ荷運び業者、それから販売してくれる商会を決めないと。毎日結構な数が収穫できるだろうし、王宮だけで消費するのではなく、貴族にも売れるようになるはずだ。
軌道に乗ったら平民で畜産を生業としてくれる人を探して、どんどん広めていくのも大切だ。また忙しくなるな、嬉しい悲鳴なんだけど。
「そうだ、そのうち数が増えたら、雌だけは別の場所に移してそっちが食用の卵、そして雄雌一緒にいる方が繁殖用の小屋って感じに分けた方が楽だと思う。だからそのうちもう一つこの囲いを作るよ」
「では場所の選定もしておきますね」
それからもコレットさんと、経費についてなど真面目な話を進めていると、騎士達がニワールを放し終えたようで囲いの外に出てきた。そしてそれとほぼ同じタイミングで、庭師の皆が餌と桶を持って戻ってくる。
「皆お疲れ様、今日はありがとう。騎士達は森から帰ってきたところで疲れてるだろうし、ここで解散で良いよ」
慣れないニワールの世話をしてもらったので、皆の表情は結構疲れている様子だ。その中でもまだ元気そうなヴィッテ部隊長に視線を向けると、部隊長は苦笑しつつ頷いてくれた。
「かしこまりました。ではお先に失礼いたします!」
「うん。またよろしくね」
そうして騎士達を見送ると途端に人数が少なくなり、がやがやとしたざわめきがなくなる。
「よしっ、ニワールに餌をあげようか。それが終わったら採取してきた作物の植え替えもやりたいんだ。皆、他の仕事は大丈夫?」
「はい。急ぎの仕事はありませんので、こちらを手伝えます」
「それなら良かった。じゃあ頑張ろう」
ニワールを捕まえたことで早めに戻ってきたので、まだ日が沈むまで数時間はある。急いでやれば今日中に終わらせられるだろう。
「フィリップ様、餌はこのままあげて良いのですか?」
庭師の皆が持って来てくれたのは、厨房からもらってきた廃棄予定だった野菜と、その辺に生えていた雑草だ。
「そのままでも大丈夫だとは思うけど、少し細かくした方が良いかも。その方がニワール同士で喧嘩になるのを防げると思う」
「かしこまりました」
「あと一ヶ所に置くんじゃなくて、囲いの中に広げるようにしてあげて欲しい」
庭師の皆が餌の準備を始めてくれたので、俺は皆の様子を見守りつつ、ニワールの様子を伺った。するとさっきまではあんなにうるさかったニワール達が、いつの間にか静かになっている。
……元気がないとも言える気がするな。空腹なのだろうか。
「フレディ、その桶を設置してきてくれない?」
餌を準備するのにはまだ少し時間がかかるので飲み水からと思って、フレディに頼んで桶を囲いの中に設置してきてもらった。
そしてフレディが戻ってきたところで、俺が遠隔で桶の中を水で満たすと……水に気づいたニワール達は、我先にと桶に向かっていき水をがぶ飲みしている。
「相当喉が乾いてたんだね……」
「本当ですね。飲み切る勢いではないでしょうか?」
ニワールって、俺が思っていた以上に水分補給を必要とするのかもしれない。水の確認は定期的にやらないとダメだな。
それから一度だけ水を継ぎ足すと、さすがに全てのニワールが満足したのか、桶に顔を突っ込んでいるニワールはいなくなった。
「フィリップ様、ニワールの水の入れ替えは半日に一度では足りないでしょうか」
「その可能性はあるね……最初はもう少し多くしておこうか。それで減らせそうなら減らす感じで」
「かしこまりました」
それから準備が終わった餌をニワールに与えて、ニワールが全員落ち着いた様子になったところで、俺達は今日採取してきた植物に意識を移すことにした。
「今日は果物と香辛料を採取してきたんだ。果物の方は木に生るものが多いから、かなり幅を広くして植えて欲しい。香辛料の方は野菜と同じで大丈夫だと思う」
「これは……枝ですか?」
「そう。それを地面に植えておくだけで根付いて、そのうち木になるんだ。まあしばらく時間はかかるけどね」
果物をしっかりと収穫できるようになるのは、早くて五年後ぐらいだろう。果樹は軌道に乗るまで時間がかかるし、果樹専門の農家を選定するとしたら、収入が得られるようになるまでの補償も必要になるな。
野菜を作る農家にそれぞれ果樹も育ててもらうか、果樹は専門家を育成するのか、どちらが良いか悩みどころだ。
それからは皆の頑張りで、日が暮れる前に採取してきた作物は全て植えることができた。畑を見渡すと様々な種類の作物が植えられていて壮観だ。
「ここまで増えると管理が大変になりますね。腕が鳴ります」
コレットさんは楽しそうな表情で畑を見回している。この様子なら心配はいらなそうだな。働きすぎにならないように気を付けてみておこう。
「収穫する時が楽しみだよ」
「私もです。コロッケのような新しい料理に生まれ変わるのでしょうか?」
「もちろん。美味しい料理がたくさんできるよ」
やっぱりまず一番に作りたいのは、香辛料で味付けしたトマソースで作る、ムギを使ったパスタかな。これだけあれば十分に美味しいものができるはずだ。
ヤバい……思い出しただけでお腹が空いてきた。コロッケにもトマソースを掛けたら一段と美味しくなるだろう。肉を揚げたカツも作りたい。
後はやっぱりパンだ。ムギを収穫出来たらムギ粉にして、まずはパンを焼きたい。ただパンを膨らませるには材料が足りないから、最初は硬いパンになるだろう。
今回アプルも手に入れたし、アプルを使って天然酵母を作ろうかな。作り方は分かっている。ただ成功するかどうかはまた別だけど。
「フィリップ様、こちらの実はどうすれば良いのでしょうか?」
美味しい料理の数々に思いを馳せていると、片付けを始めてくれていた庭師の一人に声をかけられた。その庭師が手にしていたのは、アプルの実だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます