第104話 畜産開始
城壁から街の中に入ると、すぐに近くに住む人達が何事かと人垣を作った。それもこれもニワールの鳴き声のせいだ。
「ヴィッテ部隊長、ここにいると騒ぎになるから、とりあえず早く王宮に行こう」
「かしこまりました。近くにいる騎士にも応援を頼んで道を開けますので、少々お待ちください」
「ありがとう。よろしくね」
それから俺達は街の人に対して、食料となる魔物を捕まえてきたことや、その魔物を家畜として飼って繁殖させる予定であることなどを軽く話した。
その話を聞いた街の人達の反応は、一言で言えば熱狂だった。とにかく大歓迎で素晴らしいといった反応で、その仕事を請け負いたいって人が次々と手を挙げたほどだ。
これならすぐにでも畜産業が発展しそうだな。とりあえずは王宮で始めてみて、早めに平民街にも広めていこう。最初は国の支援もあってかなり儲かる仕事になるだろうし、人選が一番頭を悩ませるかも。
「フィリップ、おかえり。随分と賑やかだね」
王宮に先触れを出しに行ってくれた騎士がいたみたいで、俺達が王宮に着いた時にはファビアン様とマティアス、それからコレットさんが出迎えに来てくれていた。
「ただいま。かなり煩いよね」
「ニワールという魔物だったか?」
「はい。危険度はほとんどないのですが、額に小さなツノがありますので一応気を付けてください」
「分かった」
ファビアン様は俺の言葉に頷くと、近くの騎士に命じて木箱を一つ開けさせた。そして騎士がニワールをガシッと掴み、ファビアン様に見えるように木箱から出す。
「ふむ、そこまで大きくはないのだな。これは飛べるのか?」
「いえ、飛べません。ジャンプ力もあまりないので、低めの柵で囲えば逃げられることはないでしょう。ただ突進の力はそこそこあるので、脆い木製の柵などでは壊されてしまうかもしれません」
俺のその説明を聞いて、コレットさんはさっそく紙にメモを取っている。コレットさんは本当に仕事熱心で助かるな。
「それならば、環境を整えるのはそこまで大変ではないな」
「はい。王宮の庭を一角を借り、この後すぐにでも整えようと思います」
まずは俺が魔法を使って、土で柵を作ってしまう予定だ。それで問題がなければそのままで良いし、やっぱり木の柵が良ければ後から作り替えれば良い。
「そうか、よろしく頼む。場所が決まったら報告してくれ」
「かしこまりました」
「フィリップ、ニワールの餌はどうするの?」
「なんでも食べるだろうから、とりあえずは萎びた野菜とかになるかな。でも一番良いのはトウモとムギだから、その二つをできるだけ早く育てないといけないと思う」
ただ今回育ててるのが収穫できるまであと一ヶ月はかかる。それもそこまで量があるわけじゃないし、種としても使いたいし……森に取りに行くのが一番かな。
「パトリス、冒険者にニワールの餌となる植物を森から取ってきてもらうことって出来るかな。忙しい?」
「そうですね……王家所属の我々はあまり余裕がないのですが、一般の冒険者ならば仕事を請け負う者も多いと思います。植物ならば魔物を討伐するついでに採取も可能ですし」
「そっか。じゃあしばらくは一般に仕事を出そうかな。マティアス、王家の資金に余裕はあるよね?」
俺のその疑問に対して、マティアスはしっかりと頷いてくれた。
「資金の心配はいらないよ。最近は支出も多いけど収入も同じぐらい多いから」
「良かった。じゃあ冒険者に仕事を出すね」
「どんな作物が欲しいか教えてくれれば僕が出しておくよ? フィリップはこれからニワールを飼育する場所を作らないといけないだろうし」
俺はマティアスのそんな提案に甘えることにして、紙にいくつかの作物を書いて渡した。
「これでお願い」
「了解。じゃあ手続きしておくよ」
それからファビアン様とマティアスともう少し話をして、俺はコレットさんと共に、ニルスとフレディと騎士達を連れて畑にやってきた。
畑は中央宮殿の出入り口から割と近くにあって、利便性が抜群なのだ。その畑の隣にも空いている土地があるので、ここをニワールの飼育場所にしようと思う。中央宮殿の中まで鳴き声が届くほどには近くないし、ちょうど良い場所だろう。
「コレットさん、場所はここで良いかな」
「はい。今のところはここが一番だと思います。ニワールの世話をする者を雇い入れるまでは、庭師に世話を頼もうと思っておりますし、畑に近いほうが負担が軽減できるかと」
「確かにそうか。じゃあここに作っちゃうね」
これから数が増えることも見越して広めに作ろう。突進で壊されないよう頑丈に、絶対に乗り越えられないよう高めに。そして一ヶ所だけ扉を付けないとだから人が通れる隙間を作って……こんな感じかな。
時間をかけて描いた緻密な魔法陣に魔力を注ぐと、一瞬にして土で作られた囲いが完成した。うん、イメージ通りだ。
「本当に素晴らしいです。今の短時間で、魔法陣を一から作り上げたのですか?」
「ありがとう。コレットさんも慣れればできるようになるよ」
神聖語は全く別の言語のようなものだから、習得するまでが大変なだけなのだ。一度覚えてしまえばその後は簡単に使いこなせる。
あとは魔法陣を描く技能さえ身に付ければ、魔法陣魔法は俺と同等に使えるようになるだろう。まあその技能が難しいのは分かるんだけど。そこは正直才能の有無なので、向いていない人は諦めることも大切だ。
「じゃあ皆、ニワールを囲いの中に放してあげて欲しい。それからいくつかの木箱に土を入れて重くして、それを扉の代わりに置いておいて。扉を作ってもらうまで、隙間を開けておくわけにはいかないからね」
「かしこまりました」
騎士達が木箱を持って囲いの中に入っていき、うるさく鳴いているニワールを放していった。まだ興奮してるみたいだけど、そのうち落ち着くだろう。
「フィリップ様、これは何の騒ぎでしょう?」
「あ、皆。ちょうど良いところに来てくれた」
俺に声を掛けたのは庭師の皆だ。ニワールの鳴き声を聞いて来てくれたのだろう。
「森の探索から帰ってきたんだけど、そこで食料になる卵を産み落としてくれる魔物を捕まえてきたんだ。ここで飼育することになるんだけど、人を雇うまでは皆にも世話を手伝ってもらって良い?」
「それはもちろん構いませんが……魔物の世話なんてしたことないですよ?」
「それは大丈夫。ニワールはそんなに繊細な魔物じゃないから」
ニワールはとにかく繁殖力が高くて生命力が強いからこそ、この弱さでも自然界で生き残っていけているのだ。
飲み水と餌さえあれば死ぬことはない。さらに日差しを遮れる小屋や木、後は落ち葉などで作ったふかふかのベッドがあれば完璧だったはず。
「とりあえず、餌と水をあげようか。水は大きな桶で一日に一回ぐらい取り替えれば十分だと思う。餌は本当はムギやトウモが良いんだけど、今はあげられないから野菜の捨てる部分とか、硬くて食べられないところとか、後は最悪その辺に生えてる雑草でも大丈夫だよ。虫なんかも食べると思う。数日凌げば冒険者が森から餌となる作物を取ってきてくれるから、それが届いたらそっちをあげてね」
「かしこまりました。とりあえず捨てる野菜と雑草と虫ですね」
「うん。今用意できそう?」
「少しならばできると思います。少々お待ちください」
そうして庭師の皆と騎士達に仕事を頼み、俺はコレットさんとこれからの話をすることにした。
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